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落ちこぼれ少女の災難13


「──さて、そろそろ結果を報告するとしましょうか」


 先程とは場所を移して、秘密基地の地下一階にあるシェダの部屋で。


 ソファーに深く腰を下ろし、手に持っていたカップをソーサーに戻して、にっこりとシェダが告げる。


 それだけでブラウンの落ち着いた色調の、きちんと整頓された部屋に、エフェクト効果の如くキラキラした光が満ちる。


 天使の微笑みを浮かべ、まるで神からの御言葉を告げられるかのような、神聖な緊張が周囲を満たす。


「………………」


 ごくり、その光景を喉を鳴らして魅入るシアだが、


「……その状態で聞かれるのですか?」


「えっ!?……えぇとあのっ」


 小首を傾げて問いかけるシェダにドキリとするシア。


 シェダのその問いかけは、当然だった。


「……そんなイジメてやるなって。昼飯食って一回落ち着いちまったから、ビビってんだろ。今にも逃げ出しそうだかんな。捕まえとかねぇと」


 脱兎の如く逃げ出すぞ──と、含み笑いを隠すことなくアルドが告げる。


「──しっ、仕方ないじゃない!大体、アルドが邪魔しなかったらちゃんと聞けてたもんっ!」


 それに抱きすくめられたまま、頬を恥ずかしげに赤く染めてシアが抗議するが、アルドの言っていることは本当なので強く言えない。


 結果を聞きたくない訳では決してない。どちらかと言えば聞きたいのは山々なのだが、今までの事を思うと、とても゛良い結果″だとは思えないのだ。


 しかしそれは本来なら、いつもの事でしかないハズで、後込みすることもなく慣れたものとして捉えられるハズなのだ。


 だが、シアの直感が告げている。


 ゛良い結果″ではないと告げる心は真実(ホンモノ)なのだと。


 それが、今シアが逃げ腰になってしまっている理由である。


「……ではまぁ、結果を報告しますが……」


 苦笑しつつ呟いて、コホンと咳払いし、シェダはにっこりとした顔をシアに向けて、告げた。


「──おめでとうございます。合格ですよ」


 ──オメデトウゴザイマス。ゴウカクデスヨ


「………………………」


 シェダのその言葉を、ぽかんとした顔をして脳内で無意味に繰り返すシア。


「!──ぃよっしゃあああぁぁっ!!」


「っ!?えっ?えぇっ!?」


 そんなシアをぎゅっと抱き締め、歓声を上げるアルド。


 それに驚いて声を上げるシアだが、まるで自分のことのように喜ぶアルドに、じわじわとその実感が沸き始め……


「──ぜんっぜん、よっしゃ、じゃなああぁいっ!!」


 人のことを抱き上げてクルクル回して喜んでいるアルドに、大出力の声を上げて鉄拳を食らわし、倒れるアルドとは対照的にシアは空中でくるりと身体を反転してシェダが座るソファーの横にふわりと降り立つと、


「ほんっとうなんですかっ!?私が、試験、合格なんて!?」


 ソファーの縁に手を掛け、ずずぃとシェダに詰め寄る。


「本当ですよ。……まぁ、少々条件は付けられましたが。なにはともあれ、これで晴れてアルドの影武者ですね」


 そのにっこりとした笑顔は崩れることなく、いっそ清々しいくらいで。


「──これから『影武者』としても宜しくな、シアリート♪」


 もう復活したのか、にんまりとした表情(かお)でアルドが嬉々として言葉を紡ぎ。


「──────────」


 シアは目眩を覚えつつもなんとかその場に踏み留まるが、ぱくぱくと動く口からは言葉は出ず。


 しかし、まるで宣告のように告げられる言葉は、それだけではなかった。


 口をぱくぱくと動かすだけで言葉を発することも出来ないシアに、にっこりしたまま、シェダは更なる宣告をする。


「……あぁ、それと。シアが影武者として認められる為の条件なのですが……満場一致で、『学院首位卒業』と言うことになりましたから」


 頑張ってくださいね、と天使の如く微笑むシェダ。


「…………………っっ!」


 今度こそ、失神する勢いで一気に底辺まで突き落とされる。


 『学院首位卒業』(そんなこと)、自分に出来るハズがない──……


 例え天と地がひっくり返ったって、出来はしない。


 だが、満場一致で決定されてしまった条件を、いち市民であるシアリートが、覆せるワケもなく。


 その条件(決定)は、なす術もなく肯定(認知)される──……


 抗うことは、赦されない。



「……〜〜〜っ!ぜ、……絶っ対!ムリぃ〜〜〜〜〜〜〜っっ!」



 それに、これでもか!と言うくらいにシアは叫んだ。


 ガクガクと震えるだけで絨毯の上にペタリと座り込んでしまった、役立たずな身体の代わりに。


 どうしても、叫ばずにはいられなかったから。



 しかし、その叫びは虚しくこだまして消え去り。




 この日、落ちこぼれの少女は、自身最大にして究極の、『災難』に見舞われることとなったのだった──……




 ……*……*……*……




「まぁ、そう怯えることはないと思いますよ?──建前みたいなものですから」


 落ち着いたのを見計らって、シアの目の前に湯気の立つマグカップが差し出される。


「……ありがと……」


 それを礼を言って受け取る。


 が、直ぐ様俯き、甘い香りを運ぶココアがなみなみと入ったマグカップを見つめる。


(……こんな顔、見せられないもんね……)


 胸中で呟き、ココアをひとくち口に含んで、ほっと息を吐く。


 まさか、試験結果を聞いただけで泣き出すとは、自分自身でもびっくりだった。


 影武者をやらなくてはならなくなったのは勿論嫌だが、更に首位卒業なんてとんでもない難題を勝手に押し付けられたことにも、頭を抱えたくはなるがなにも泣く程のことでもない。


 それに、よくよく考えれば解ることだ。


 それが建前であることも。


 別の真意が働いているということも。


 試験結果がシアにとって良くないモノだということは、初めから解っていたのだから。


 泣くなんて要素は、ひとつとしてないというのに。


(あぁ、もぅ!恥ずかしいよぅ〜〜っ!……なんで私、涙なんて……そ、それに、なんかこの二人には泣き顔ばっかり見られてる気がする……)


 各々の場面を思い出し、羞恥で更に顔を真っ赤にして縮こまるシア。


 表情(かお)には出ていないが、頭の中では恥ずかしさで今にも死にそうなくらい悶えている自分がいる。

 最も、そう思っているのはシアだけかもしれないが。


(……他の人となら、こんなこと有り得ないのに……。この二人には、乱されてばっかり……)


 胸中でぼそりと呟いて、瞳だけをちらりと動かし、シェダとアルドを見やり……


「!?えぇっ??」


 驚きに声を上げる。


「…………………(ずぅ〜ん)」


 そこには、まるで屍かと思うくらいに落ち込んで体育座りをしている、アルドの姿があった。


 真っ黒だった髪は今や逆に真っ白で、どよんとした空気を背負っていて、その内カラフルなキノコでも生えてきそうだ。


「……どうせ……俺なんて……」


 時折ブツブツ何事か呟いているが、それら全てに覇気がなく、まるで何かの抜け殻のよう。


「どどどっ、どうしたのアレっ!?」


 ぐるん、そこから速攻で視線を外し、シェダに掴みかかるくらいの勢いで突進し、慌てて訊ねるシア。


 勿論、シェダの後ろにこっそり隠れるようにして。


 その顔は驚きと恐怖と戸惑いが入り交じっていて、先程まで泣いていたせいで目元の腫れた顔なんて見せられない、なんて言っていた時の比じゃないくらいの表情(かお)をしているのだが、かまう様子はない。


「……まさか、泣かれる程嫌だったとは思ってなかったようで……。かなり、打ちのめされてしまったようです」


 そんなシアに苦笑しつつ、肩を竦めて告げるシェダ。


「……まぁでも、調度いいんじゃないですか?自由過ぎるアルドに、妥協する事を教えるいい機会ですから」


 次いでにっこりと、物凄いことを告げる。


 その後ろには、真っ黒オーラが漂っているのがありありと見える程で……


(……あわわ。なんかすんごい溜まってたっぽい。……で、でもアレはそんなつもりでしたんじゃないし……っ!)


 ヒヤリ、冷たい冷気を放つシェダからそろりと離れつつ、


「で、でも!……その、泣いちゃったのは、あの……私にも、どうしてだか、わからなくて……」


 恐る恐るアルドの方に近付きながら告げる。


「……影武者をやるのは、やっぱり今でも嫌だけど……。でも、すっごく嫌って訳じゃなくて」


「……そ、そりゃ初めはいきなりだったし、アルドは強引だし、なんで私が?って思ったけど……」


「……影武者やりたいとか、そういうのじゃなくて……」


 俯いたまま、ごにょごにょとシアは続ける。


「……もうちょっと、だけで、ほんとに……あと少しだけでいいから……」


「……一緒にいたいな、って思ったから」


 ぎゅうっ、マグカップを握り締めて告げるシアは気付かない。


 屍状態だったアルドが、一気に回復してキラキラした目を向けていることを。


「……それが理由じゃだめかなぁ?……ってえぇ!?」


「〜〜〜っ!シアリートおおぉ〜〜〜っ!!」


 シアが言い終わるやいなや、待ちきれないとばかりに、がばちょと抱きついて歓声を上げつつ頬擦りするアルド。


 その顔はまさに充電完了、生気満杯でつやっつや!である。


「ちょっ?なんっ、えぇっ??──こっ、零れるっ!」


「そーかそーかー!引き受けてくれるか!俺、すっごく嬉しいぞ〜♪」


 いきなりの事に驚き、わけがわからないながらもシアが慌てて声を上げるが、いつもの如く勝手に納得して話を進めるアルド。


 もう完全に、いつものアルドだった。


「……おやおや。もうこれで完全に、逃げ道はなくなってしまいましたね」


 そんな二人を見つめ、くすくすと微笑むシェダ。


「えぇっ!?な、なにそれ?どういう──」


 アルドの抱き締め攻撃を受けつつなんとかシェダの方にシアが顔を向けると、


「えっ………」


 そこには、まるで悪戯が成功したみたいなしたり顔を隠しもせずこちらに向けて笑うシェダの綺麗な顔があって。


(……ま、まさか……)


 その顔にたりっと頬に冷や汗を垂らしつつ胸中で呟く。


(……は、……ハメられたの、私っ!?)


 するとシアの考えていることが分かるのか、堪えきれないとでもいうように肩を震わせ口元を覆うシェダ。


「〜〜〜っっ!ひっ、ひどいです〜〜っ!」


 今だ抱き締められたままシアが抗議の声を上げるが、


「あははははっ!」


 用意周到な、シェダの高笑いが響くのみであった。



 結局何処にも転べないシアなのだった。






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