落ちこぼれ少女の災難11
(うぅ〜〜っ。やられた、ハメられたぁ〜〜っ!!)
校門前。脇の茂み。
あんなことがあった後で、カラミスと同じ教室で授業を受ける気にはとてもじゃないがなれなかったので、自主学習ということにして邸の自室に戻ることにしたのだが。
始業ベルが鳴った時点で校門内に入ってしまっていたシアは、しまったという顔をして、自身の失態に深々とため息をついた。
一度授業が始まると次の休み時間まで、学院に張られた結界により門扉が全て自動で強制施錠される為、学院から出ることが出来ないのだ。
学院にいる者達を守る為の安全措置だとわかってはいるのだが、今この時こそこのシステムが疎ましく思えた日はないだろう。
次の休み時間まで、校門脇の茂みでやり過ごそうとしたのも、いけなかったのかもしれない。
──そこには、既に先客がいた。
それも、学院にはまったくと言っていい程似つかわしくない人物が。
アルドユーク・ヴァナデイ。
このシェリティード唯一の、大魔導師。
その大魔導師様が、まさか学院の茂みで白昼堂々、この寒い中寝こけているとは誰も思うまい。
いや例え寝こけていたとしても、それだけなら、まだなんとかなったかもしれない。
見なかったことにして、その場をそっと立ち去ればいいだけなのだから。
問題なのは、シアの今の状況だった。
勿論、シアも迅速かつ性急に、その場を立ち去ろうとした。
もうこれでもか!ってくらい秒速で。
しかし、その時点で既に遅かったのだ。
起こる前ならいくらでも対処が取れるものと違って、出会ってしまえば避けられない、自然災害と同じなのだ。
この、アルドユークという男は。
その目に捉えた瞬間、シアの懸命な回避行動も虚しく、抱き枕よろしくあっさりと抱き寄せられてしまったのだった。
そうなってしまえば大人と子供、いや幼女では、力量に絶対的な差がある。
シアに逃げ道、もとい拒否権は、既にないといっていい。
(寝ぼけるにも程があります〜〜っっ!!あぁもぅっ……)
だらしなくにやけながら寝ているアルドの顔を恨めしそうに睨み、胸中でぼやくシアだがすっぽりアルドの腕の中に収まってしまっていて、今更逃げることは不可能だと早々に諦め、深々とため息をつく。
冬になり始めた寒空の中、まさか外で昼寝する羽目になるとは思いもしなかったが。
しかし、寒さに凍えることはない。防護魔法が施してあるのだろう、アルドに抱き寄せられた瞬間、肌に感じていた冬の外気は遮断され、春の陽だまりのような温かさに全身が包まれる。
本来なら、そんなことに魔法を使っているのを怒りたい所だが、凍死するよりマシである。
仕方なくその身をアルドに預け、茂みに身体を横たえるシア。
「……もっと、ふっくらしたのがいい、って言ってたのに」
怪訝そうにぼそりと呟いてそっとアルドを伺うが、その黒の瞳は閉じられたままで、起きる気配はない。
(……まぁ、たまにはこんなのもいい、かな)
それにほっと胸を撫で下ろし、場違いな春の陽だまりの中、シアはそっとその瞳を閉じるのだった。
……*……*……*……
(……えぇっと──、どういう状況なんだ?こりゃ)
授業終了のベルが鳴る少し前に眠りから目覚めたアルドは、黒の瞳をぱちくりとしばたき、自らが抱き締めている少女、シアを見やって頭を掻いた。
確かに、シアに会いに(もとい強制捕獲に)来たのは間違いないのだが。
シアが登校する時間を狙って来たハズが空振りに終わってしまったので、休み時間を利用して探そうかと思い、それまでは木陰で惰眠を貪ろうとしたまでは覚えているが。
それが何故、傍らで静かに寝息を立てているシアを抱き締めている、なんて状況になっているのか、アルドにはさっぱりわからなかった。
夢の中で懐かしい人に出会い、その手を伸ばしたのは覚えているが──……
(……まさか、さっきの夢、こいつだったのか……?いや、まさかな……)
と、アルドが思考を巡らせていると、授業終了のベルが鳴り響き、
「……う……?」
小さな呻き声を上げ、もぞもぞとシアが身動ぐ。
「……まぁ、目的は果たせそうだし、良しとするか」
それを見つめながらにやりと呟き、
「おーい、シア。起きろって。授業終わったぞー?」
ふっくらした頬をつつきながらアルドが声をかけるが、
「……んぅ……?……あと、5……分──……」
むにゃむにゃと呟いて、シアはその小さな身体を丸める。
その際、無意識に温もりを求めて小さな手が空をさ迷い、目的の物を見つけたのか自然とアルドの胸元にすりっとシアの頬が擦り寄せられる。
(……ふっ。まるで猫だな……)
その仕草を、苦笑しつつも微笑ましく見つめる。
その顔はアルドが今まで見たこともないような、至福の笑みを宿していて。
起こすのは少々気が引けたが、アルドにしても折角目的を達成することが出来るのだ。この機を逃すワケにいかない。
「あと5分、じゃねぇ。起きねーとまた待ちぼうけ食らっちまうっての」
言いながらアルドはシアの頬をぺちぺち叩いて、なんとか起こそうとしてみるが、
「んん〜……?やぁだ〜……」
その攻撃から逃れる為か、可愛らしい寝言を呟き、シアはその顔を更にアルドの胸に埋める。
(──くそぅ、可愛いな!このっ。……だが、やられっぱなしのアルド様じゃねぇぜ)
シアのその仕草にうっと一瞬思考を停止しかけるが、なんとか持ち直して不敵な笑みを浮かべる。
「………………(すー、すー)」
規則正しく寝息を立てるシアをそっと抱きすくめ、その耳元に唇を寄せて、含みある声音で告げる。
「あんまり起きてこねぇと、狼さんが襲っちゃうぜぃ?」
「────っ!?」
その途端。
ばちっ!と音がしそうな勢いで赤と紫の瞳を開いたシアは、
「──ひゃあぁぁあぁぁっ!?」
赤面しつつ叫んで若干パニックになりながらも、的確に、その小さな手を思いっきり振り切ったのだった。