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落ちこぼれ少女の災難9


(うぅ……。なんでこんな事に〜〜っっ!!)


 内心ここから逃げ出したいのは山々だが、そんなことが出来るはずもなく、覚悟を決めて冷めた紅茶をぐぃっと飲み干し、離れた所に立つアルドにざっと向き直るシア。


「さて、と。試験方法どうすっかな〜お前んトコ、実戦経験どんくらいなんだ?」


 ふ〜むと顎に手を添え、問いかけるアルドに、


「う〜ん?他の人達は知らないけど、私は入学試験と初試験で魔物倒しに行ったくらいしかない、よ?」


 小首を傾げて答えるシア。



「……それはつまり、全くの無経験……って言いません?」



 と、後方から穏やかに冷たい空気が忍び寄る。


「ひゃっ!?」


 それにびくりと身体を震わせ、


「し、仕方なかったんです──っ!?ごめんなさい〜〜っ!!」


 腕を擦りつつ謝るシア。


「無経験ね〜。育て甲斐あって面白そーだけど、そーすっと模擬実戦試験くらいかぁ?出来んのって」


 頭をぽりぽり掻きつつ呟くアルドだが…


「うーん…でも、見たいのはお前の実力だからな〜。学院の他のヤツらは、どこまでいってんだ?」


 しばし思案した後、再度シアに問う。


「え?他の人?んと……この前の学期末試験の課題は確か、『スノー・ティリアを護る守護龍の、角か鱗を採取せよ!』だったと思うけど」


 懸命に思い出しながら告げるシアに、


「ほぉ〜随分とスパルタだなぁ、そりゃ。この時期のアイツにゃ、か〜なり手こずるってのに」


 にんまりしつつ告げるアルド。


 スノーティリアはシェリティリアの別名で、王城の裏手に三つ連なる山の最高峰に咲き誇る、この国を象徴する白き花。

 この国の宝とも言うべきその花を、まるで花の化身かとみまごうばかりに美しい、白き守護龍、フェイニッシュスノードラゴンが静かに護っている。


「っ!?む、無理だからねっ?私にそんなのっ!この時期スノーティリアは蕾を付け始める大事な時期だし、ホワイトガーディアンのフェイニッシュスノードラゴンだって、開花に合わせて産まれる子フェイドラがいるハズだから、警戒心が通常の三倍増しくらいだしっ!」


 その笑顔の奥の嫌なものを敏感に感じ取り、先に先手を打つべく早口で告げるシア。断固拒否!とまでに頭をぶんぶんと左右に振っている。


「……まぁ、アレを一人でってのはいくらなんでもムボーすぎだろ。それにそれじゃわざわざ、俺が試験官やる意味ねぇだろが」


 そんなシアにやれやれと肩を竦め、


「オールマイティーに無制限で、魔法対決でもするか」


 ぱしっと拳を打ち合わせ、告げるアルド。



「……それって……私とアルドで、戦うってこと……?」


 恐る恐る問いかけるシアに、


「ご名答〜!」


 にやっと笑ってアルドが告げる。


(そっ……そんなの、更に無理難題じゃないのっ!!)


 アルドの提案のあまりの衝撃に、開いた口が塞がらないシア。


「魔法は自由。勝敗はそうだな、互いに行動不能に出来たら、でどうだ?」

「……それ、明らかに不利なの、私だよねっ!?」


 にやにやしたまま条件を述べるアルドになんとか反論したものの、このままでは本当に対戦で試験が始まってしまいそうで、


「っ!シェダ様!アルド(この人)止めてくださいっ!」


 助けを求めて後ろを振り返り訴えるが、


「──いいんじゃないですか?実力を見るには丁度良いやり方じゃないですか。それに試験を終えた頃には、(私に対する)染み付いた貴女の敬語が、削ぎ落とされているかもしれませんしね」


 にっこりしたまま、もの凄いことを口走るシェダ。


(っ!咄嗟に出ちゃうんだもん、仕方ないでしょ〜っ!?……もしかして、地味に根に持つタイプなの……?シェダ様って……)


 なんとも言えない表情で、口をパクパクと動かすシアだが声は出ず…


 これではどちらにしろ、助けは望めなさそうだ。


「シェダ、審判はお前に任せる。ヤバそーになったら止めてくれ」

「まったく……。こんなやり方しなくても、いくらでも力量を量る機会はあるでしょうに」


 にやりとしたまま告げるアルドに、やれやれと返すシェダ。


「えっ!?それってどういう……」


 シェダの言葉の後半部分を漏らさず聞き取り、訊き返そうとしたシアだったが、


「──で?腹は決まったかよ?チビッ子」


 挑発的なアルドのその声に、


「っ!──失望したって、知らないんだからねっ!」


 きっ!とアルドを睨み付け、声高に告げるシア。


「はっ!なんだよそれ」


 それにくっとアルドが笑った所で、


「──それでは、試合開始っ!」


 シェダの静かな声が響き、実技試験が始まった──…



 ……*……*……*……



(なにで来るか分からないから、取りあえずは、アルド様の出方を見るしかないよね……)


 試験開始を告げられてから早五分──…



「………………」

「………………」



 微動だにせず、互いを見やっているシアとアルド。


 四方の照明が揺れる中、訪れた沈黙を最初に破ったのは、


「──なんだよ、来ないのか?」


 緩やかに自然に立ったままの、余裕綽々のアルドの声だった。


(〜〜っ!よっく言う!私が仕掛けられないの、知ってるクセに〜〜っ!)


 それにきっ!と睨んだだけで、こちらも何の構えもなく立ったまま、突き刺すような鋭い視線だけを向け続けるシア。


 大体、この試験に意味なんてない、とシアは思っている。

 かたやこの国唯一の大魔導師様、かたや学院の落ちこぼれでは、結果はやらずして見えている。


 しかし、ここで引き下がるワケにはいかない。


 完全にアルドの挑発に乗った形ではあるが、アルドが何を考えているのか知りたくなったというのもあり、それに加えて大魔導師様とまみえる機会など滅多にないので、良い勉強になると考えたが故だ。


 それに──……


「来ないなら仕方ねぇ、こっちからいくか」

「!」

(──来るっ!)


 肩を竦めて告げるアルドに、思考を断ち切ってぴくりと反応するが構えたりせず、静かに、前だけを見据えるシア。


「我が前に立ち塞がりし彼の敵を、消し炭の如く焼き尽くせ!灼熱、紅蓮龍牙!!」


 アルドの滑らかな詠唱が始まると共に周囲が灼熱の如く熱い空気に満たされ、赤々と燃え盛る熱気の中、詠唱が完了するや生まれた紅蓮の炎が、シアに向かって龍のごとく牙を剥く。


(通常魔法だっ!)


 その全てを余すことなく瞳に焼き付け、炎の龍が自身に到達する秒を計ってから息を吸い込み、シアは静かに言葉を紡ぐ。


「動から静へ。始まりから終わりへ、有から無へ。……空遮断消」


 背後からでは炎に照らされて分かりにくいが、シアの身体が仄かに光り、確かに魔法が発動したのをシェダがその目に捉えたが、


「シアっ!」


 一足遅かったようで、シェダが声を上げた時には、シアのその小さな身体は炎の龍に呑み込まれ──



 紅蓮の炎龍が、ぼしゅっという音と共に忽然と消え失せる。



「なっ!?」


 その現象に驚き、椅子を蹴り飛ばさん勢いで立ち上がったシェダは両の目を見開く。


 シアがいた場所は今や、白い蒸気がもうもうと立ち籠めていて、先を見通すことは出来ない。



「……へぇ。上手いこと逃げられたみたいだな」


 遥か彼方の前方から、姿の見えないアルドの声が聞こえ、


「……流れに溶ける、白煙の昇り。周常空定」


 静かに紡がれた言の葉に、蒸気がふわっと一掃され、紅蓮の髪をなびかせて、先程と変わらぬその場所に、シアがそっと姿を現す。


「……確かに私は、シアが龍に呑み込まれたのを、この目で見たハズなんですが……」


 立ち尽くしたまま瞳をしばたき、なんとか声を絞り出したシェダに、


「……俺も正直、喰ったと思った」


 苦笑しつつアルドも告げ、


「……なにしたの、お前?」


 シアの元まで歩み寄り、その瞳を覗き込みながら問う。


「……うー、ちょっと前髪焦げたぁ〜」


 と、アルドの問いはスルーしてくるりと背を向け、チリチリしている前髪をつまみ上げつつ、唸るシア。


「こら。逃げんじゃねぇよ」

「ひゃっ!?」


 それに誤魔化されてやらんとばかりに、アルドは後ろから手を伸ばすと、その小さな身体を捕まえる。


「〜〜っっ!こ、こんな近くにいていいのっ!?まだっ、試験続行中だと思うけどっ!?」


 自らを捕らえる腕を振りほどこうとしながら、


(だっ、だからちかっ、近すぎ〜〜っっ!!)


 心臓をバクバクと高鳴らしつつ、それが悟られないようにシアは声を上げる。


 離れているならまだいいが、近付かれすぎたり抱き締められたりすると、どうしても昨夜の事が頭をよぎり、瞬時に恥ずかしさが込み上げてきて、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。


 落ちこぼれ街道まっしぐらだったお陰?で、学院で友達と呼べる者は皆無に等しく、まともに話せる者も少なかったせいで対人関係等、色々なことに面識がないのだ。


 そんなシアにとって、アルドの行動は素直すぎて、心臓に悪いことこの上ない。


(簡単に人に抱き付きすぎ〜〜っっ!)


 そろそろ感覚容量限界で、パタッと倒れてしまいそうなシアに、


「ん〜〜?たぶん試験、もう終わりだと思うぜ?──なぁ?シェダ」


 抱き付いたままの状態で、シアの反応に苦笑しつつシェダに訊ねるアルド。


「──そうですね。初見でアレですと、どれだけこちらの肝を冷されるかわかりませんし。何より」


 と、シェダも苦笑しつつ二人に歩み寄ってきて、


「貴女のキャパシティが、もう限界のようですしね」


 いっぱいいっぱいなシアの頬を、悪戯っぽくちょんっとつついて告げる。


(っ!!も、もぅダメ……)


 それに完全に許容オーバーで、ふぅっと意識を飛ばすシア。


「──と言うのは冗談ですが、本来なら力量的になす術もなく完敗する所を、無効化するなんて凄技をやってのけたんですから、シアの特出しすぎているその力を、認めないワケにはいかないでしょう?」


 と、にっこり告げるシェダに、


「シェダ、冗談になってねぇ。気絶してるぞ、こいつ」


 完全に意識を失ったシアを抱き止めつつ、呆れ気味にアルドが告げ、


「やれやれ。これでは先が思いやられますね」


 それを見やって肩を竦め、ため息混じりに呟くシェダ。


「でも、今回は良くやったと思いますよ。質疑応答は文句無しで完璧でしたし。──お疲れ様でした、シア。今はゆっくり、その疲れを癒してくださいね」


 そう言いながらシアの頭をそっと撫で、優しい眼差しを向ける。


「ま、こいつにしちゃ頑張った方だな。色々面識ないわりに」


 静かに目を閉じているシアを抱え直し、にやりと告げるアルドだが、



「問題は、ここから先、か……」


 すっと表情を神妙なものに変え、シアの紅蓮の髪が黄金色に変わる様を見つめながら告げる。


「──ま、今考えてても仕方ねぇか。取り合えず、こいつこのまま届けてくるわ。今日中に帰るって言ってたし」


 ふぅと息をつき、いつもの表情(かお)に戻ってそう告げるアルドに、


「……お願いします。ですが、アルド」


 苦笑しながら頷いて承諾し、次いでにっこりとシェダは告げる。


「くれぐれも、面倒事だけは、持って帰って来ないでくださいね?」


 その後ろに冷気が漂っているのが見えるか見えないかくらいの鋭利さで付け足されたその言葉に、


「……へいへい。わかりましたよっと」


 うんざりしつつ呟いて、アルドは無詠唱でその場からたちまちに姿を消す。


「………………」


 それを見送ってからうーんと伸びをし、


「さてと。私はその間に一仕事しましょうかね」


 ひとつ呟いて踵を返し、転移を行う為テーブルへと戻って行くのだった──…




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