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『魔王と勇者』のその前は……  作者: 白樺 小人
勇者と旅の裏側
6/12

料理は美味しいものが一番

本編12話の料理話から発展したお話です。


最終改訂12/18




 それは一般的でありふれた理由だった。

 彼女が付いてきた理由。

 それはよく聞くようなありふれた理由。


 助けてくれた男に惚れたから。


 そんなお話でもよく語られるようなありふれた理由で、彼女は俺達の旅に付いて来た。


 その助けた相手が元暗殺者だったとか、それも勇者である俺を殺しに来ていた相手だったとか、その対象に何気に彼女も含まれていたとか、旅の途中で返り討ちにして無理矢理仲間に引き入れた相手だったとか。

 前後した過程は他にも色々あるが、そんな事は彼女にとって重要では無かった。


 一番重要なのは自分を助けてくれた相手。そして一目ぼれした相手。



 それに尽きたのだろう。



   ―――――― ※ ――――――



 彼女の料理には毎度驚かされる。

 と言うか、はっきり言って殺される。魔物に倒される前に、彼女に殺される。

 皆一同、彼女の料理だけは避けて通りたいと思っていた。


 好いた男のため、という理由は立派である。

 向上心のための素晴らしい原動力である。


 だが残念な事に、結果がまったく逆になっているのが報われないところだ。


 動機は立派なのに、結果が残念過ぎた。

 初期の彼女は、まったく料理と言うものを知らないお嬢様だった。

 そんな彼女の料理は、初めから威力のある殺人兵器だった。

 初めて料理というものをしたとき、雑草から毒草や薬草と、草の名の付くもの全てが放り込まれたスープを作成してくれていた。

 あれはもう伝説にしてもいい程の、阿鼻叫喚な出来事だった。


 当時はそう思っていたのだが、その伝説を覆すほどのモノが、その後に存在していた。




 ―――ある日の出来事①


「で、今回はどういった料理なのか…………な」

 思わず引きつる顔。

 他のメンバーの顔も同じように引きつった表情をしていた。


 真っ白の液体。

 見た目はシチューのようにも見える。



 だが。しかし。そこまでだった。普通なのは!!



 何故か鍋から漂ってくるのは、酸っぱい匂い。

 そんな匂いの充満している場所のはずなのに、何故彼女だけは普通にしていられるのだろうか。

 たぶん料理をしていたから、鼻が慣れてしまったせいだろうと思うのだが……。


 この匂いだけで涙がこぼれそうになる。

 と言うか、もう色々アウトだろ。

 森の奥から帰ってきた仲間達も、この惨劇の舞台に涙目になっているものもいる。

 臭いか状況か。おそらく両方だろうが。

「こ、今度はどんな料理が……用意、されて…………」

 そう言って一人倒れた。


 合掌。






 …………なんて事があった。

 これも思いだしたくない出来事の一つだ。

 他にもあったなぁ。

 口に含んだ瞬間、胃から逆流する感じを覚えたスープ。




 ―――ある日の出来事②


 普通、スープは飲み込む物である。

 見た目は普通のありふれたスープのようだった。臭いも普通だったように思う。

 だが口に含んだ瞬間、体が飲み込む事を拒むかのように逆に胃酸が逆流してくる感覚が。

 視線を周りにに向けると、他の皆も同じなのか真っ青な顔色で、必死に何かに耐えるような素振りをしていた。

「どうですか?」

 一人だけじっと元気に待つ彼女だったが、今、口を開けば確実に吐く。

 他の皆と視線が合い一つ頷くと、皆全力でその場から四方に散らばって走りだした。

「へ?」

 当事者は皆の突然の行動に、ただ呆然と立っていた。






 …………といった事もあった。

 もう、どうコメントすればいいのか判断に悩む出来事だ。


 色々騒動が起こるような旅を続けていたが、その中でも彼女の料理の腕の上達は皆の生死に大きく関わっていた。


 食材を全て使い切って食うに困ったあの日々が、皆を強い決意を抱かせ、そして突き動かした。


 皆頑張って料理を教えた。努力はしたんだ。普通の材料を用意し、料理の得意なメンバーがそれぞれ作り方を教えていった。

 ……が、結果は惨憺たるものだった。


 もうはっきり「俺達を殺す気か?」と言ってやりたくなった。


 その料理内容については、大きく割愛させてもらおう。というか、思い出したら思い出ついでに余計なものまで逆流しそうだったから。

 簡単に説明すれば、逆転料理人から恐怖の料理人に進化し、殺人料理人にまで腕を上げた。


 魔物に投げつけたら一撃死したのを見た瞬間、皆が恐怖に震えた思い出もあったなぁ。


 一番衝撃的な思い出は、あれだな。

 魔王を倒し騒動が鎮静化した後、仲間内でパーティを開いた。

 仲間達もそれぞれの道を選んで新しく旅立つ前に、名残惜しい気持ちを振り切るためにも一度顔をあわせておこう。そんな軽い気持ちから開催されたパーティは、賑やかで楽しいものになるはずだった。




 ―――〆の出来事


「あ、私もいくつか料理を作って持って来たんですよ」


 にこやかに彼女が言った瞬間、場が凍った。


「…………だ、誰かそれ(、、)を見たか?」

「いや、俺は知らんぞ」

「俺達が来たときにはもう全部並べられていたのだが……」

 口々に隣り合った者達と囁き合う。情報交換が囁きながらされるが、誰一人としてどれがそうなのか知らないようだった。

「遠慮せずに食べてくださいね」

 そんな彼らの様子に気付くことなく、彼女はさらににっこり笑って言った。


 どの料理だ、と聞く勇気のあるものは誰もいなかった。

 言った場合、強制的に食さねばならぬ権利が発生するからだ。


 数多く並んだ皿の中から、無害な料理を選び取る。


 これがどれほど困難な事か。

 初期の彼女の料理の腕であれば、見た目だけですぐに分かった。中期であれば臭いで何とか判断できた。後期はささやかながらも、色や食材が一部おかしい事で気付けた。


 だが今回並んだ料理は、どれも美味そうな見た目と臭いで溢れかえっていた。


「さ、遠慮せずに。楽しい食事を始めましょう」

 皆は引きつった笑みを浮かべながら、各々『これは無害だ!』と思う大皿から料理を少量ずつ自分の皿にとり、しばし睨み合い。


 ……何時までにらみ合っていても何も始まらない。

 覚悟を決め、一口。


 ……普通に美味い料理だ。

 そう安心していると、バターン、と倒れる音。

 恐る恐る音のする方を振り返ると、あちこちで泡を吹いて倒れている者達が。






 ……………………。

 ロシアンルーレットに敗北した者の末路は…………もう、お分かりだろう。

 最強を誇っているはずの竜族の者ですら、悶絶して倒れていた。

 楽しい食事会だったはずが、恐怖のロシアンルーレット食事会となり、和気藹々とした楽しい会話が成される変わりに、恐怖に震える悲鳴が響き渡ってた。


 後に、皆は彼女の栄誉を称え、一つの称号を与えた。


 『悪意無き暗殺料理人』と。


 不名誉名誉はあえて問わず。

 はっきりと言えば不名誉に近いが、皆は彼女にぴったりの称号だと頷きあったのはいい思い出である。




 その後、彼女は胃の頑強な旦那を捕まえた。


 というか意中の男をようやく捕まえることに成功した。

 ヤツも前職が毒も扱うような仕事だったので毒の耐性は大いにあったはずなのだが、彼女の料理だけは何度かに1回は確実に気付け料理を食さねばならない事態に陥っているそうだ。


 そんな日常を送っていたとしても、幸せならばそれでいいのだ。





 死ななければ…………それで、いいのだ。





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