勇者の黒い一ページ
その名の通り勇者の黒歴史。
魔王討伐後のさらに災難後の出来事。
最終改訂12/18
神の祝福を受けた。
そして魔王を討つほどの強大な力を得た。
そのおまけとして、年を取りにくくなった。
その後苦難の末、魔王を倒し平和な日常を取り戻した。
子供も生まれ、順風満帆の老後生活の夢を描いて暮らしていこう。
そう思っていた矢先に呪われた。
―――――― ※ ――――――
年を取らない。
あまりにもひどい結果だった。
俺は平穏な生活が望みだった。その望みだけを胸に、必死になって旅を続けた。
ただそれだけだった。
だから魔王を倒した後、自分が勇者であるという事を隠して生きようとした。肩書きなんてものを望んで旅を続けていたわけでは無いからだ。地位なんてものも必要ないと思っていた。
呪われた数年後、同じ場所で暮らし続けていると、次第に村人達の視線が変なものを見るような物へと変わっていく。外見が初めて見たころから一切変化をしないからだ。
次第に俺が何者かと疑惑を抱くようになる。
気付けば、同じ場所で暮らし続ける事が不可能になっていた。
人は人に持ち得ないものを望む。
力然り、寿命然り。どこで聞きつけたのか、俺が不老と知った者達に命を狙われるようになった。その血肉を食らえば、同じ加護を得られると信じた一部の馬鹿者どもがいたからだ。即座に返り討ちにしたのは当然の事だ。
その後数年は荒れた暮らしをしていた。
魔物の残党狩りと称した八つ当たり。盗賊の掃討と称した憂さ晴らし。等等。
しばらくすると当り散らす対象が減ってしまった。
周囲を見渡してもゴロゴロしていたはずの対象が、今では身を隠すようになったからだ。
次に選んだのが旅の途中で出会った、色々と恨み連なる相手。魔王討伐に向かう途中で散々迷惑を掛けられた相手だったので、心置きなく罠を仕掛けて嵌める日々。
やつらは各国の中央の人間に目をつけられていたようなやつらだったし、問題は無い。ついでに言えば能力を最大限に有効利用したから証拠は一切残っていない。
王国的にも内部の毒を取り除けて万歳だろうし、俺的にも溜飲が下がって万々歳だった。
そんなちょっとしたイベントを楽しんでいる途中で地形を一部変えたりしたのは、手っ取り早く問題を解決するためだ。
依頼の内容の煩雑さにイラついていた訳ではない。決して八つ当たりとかそんなものでもない。
証拠としてその山にあった貴重な薬草を、きちんと崖下に植え替えておいたから問題はまったく無い。力をフル活用したので生育環境の問題も一切起きていない。時折、周囲をちょっとした風が吹き荒れたりとかするぐらいの問題だ。
その草を持ち込んで一財産築いたなんて事も、あっても言わないぞ。
―――――― ※ ――――――
さらに数年後。
とある学校の教科書に、この時期の世界状況はこう記された。
『純白の社会』と。
事の起こりは、魔王が倒されてから数年後に端を発する。
まず最初に、大きな騒動を起こして世間を騒がせていた魔物や魔獣が何時の間にか討伐され尽くされていた。
その後、世間を騒がしていた夜盗や盗賊といった賊のほとんどが一掃されていた。
この事に世間の人々は感謝の言葉を吐くより、いい知れない恐怖に震え上がるほうが多かった。なぜなら、その賊を討伐した人物が一切姿を見せなかったからだ。
そんな討伐された賊の中には幾人かの生き残りは存在したのだが、皆が皆、うわごとのように「闇が、闇が迫ってくる」とか「ヒィィ、ゆ、許してくれぇ」など半ば錯乱した状態で見つかっていた。
このことも世間がこの賊を討伐した人物に、素直に感謝の念を抱くことを阻んでいた。
そんな世間が別の意味で騒然としていたとき、別の場所で事件はまたも起こっていた。
最初の事件は、某王国の朝議でのこと。
その書類は、気付けば議会用の書類の一番上に用意されていたのである。
書類の内容を読み進めるうちに、皆が揃って顔を青ざめさせたそうだ。
それも当然の事であろう。上層部の不正を告発する文書だったからだ。その上、内容も恐ろしいほどまでに事細かく記されているのである。
これらの書類の裏を取った王は、その書類の人物を処断したのである。
そしてその被害は拡大の一途をたどり、最終的には大国一国を含めた計4国にまで及んだそうだ。国数は少ないように感じるかも知れないが、その書類に残された人数は二桁を超えたそうだ。
不正を行っていたと噂された人物は気付けば証拠の書類を目の前に突きつけられ、次々と処断されていった。他にも不正がまったく知られていなかったはずの人物でさえ、見事なまでに証拠書類をまとめて用意されていたそうだ。
この事実には、さすがに不正を行っていないものですら恐怖を覚えたという。
この事件は先の賊の一件も相まって、世間を震撼させるのに十分な威力を持っていた。
気付けば小さな悪、とも呼べるようなものでさえ恐ろしくて行えない雰囲気が出来上がっていたのである。
それ以上に恐ろしいのは、その証拠を揃えた人物はその姿を一切見せることなく、それらを全て行った事であろう。
そうして世間は数年、この静かな平和を恐々としつつ過ごしたのであった。
さて、この話に深く関わるもう一つの話があった。
某皇国の皇太子の下に、他の国同様に官職達の不正を記した書類が届いた時の事。
彼はその書類を最初は流れるように読んでいたのだが、中ほどまで読み進めたと思った瞬間、その動きを止めた。
そして何かに思い巡らせるような様子を見せたかと思うと次の瞬間、彼は顔を真っ青にして書類を再び最初から読み進めていったのである。
家臣の皆は次代の賢帝と称えられている皇太子の常に無い様子に、心配そうに視線を向けた。
彼は長い時間をかけて書類を読み終えた後も、その後じっと動かずそのままの姿勢で10秒ほどはいたそうだ。
そして顔を上げ告げたのはたった一言。
「この書類に載っている人物を全て処断しろ」
ただそれだけだった。
その言葉に家臣達は皆、常ならばそんな処断を下さないであろう彼の今回のありえないほどの思い切りの良さに皆は驚いた。
「お、お待ちください。さすがにそれは色々と問題が発生するのでもう少しその決定をお待ちいただけませんか?」
「いや、今すぐだ」
そう言いきった彼の顔色はかなり青ざめていたが、はっきりと言いきった。
その姿は常に冷静沈着を以て政治に向き合ってきた彼にはありえないほど動揺していた。
後に近くでそのやり取りを見ていた者達の一人が、そう同僚にこぼしていたそうだ。
さすがにこの何時に無い決断の早さに、いぶかしんだ一人は聞いた。
「最近世情を騒がしている出来事がある事は聞き及んでおります。よもやまさか我が国にまでその被害が及ぶとは予想だにしておりませんでしたが。ですが一つお聞きしたい事がございます。何故にこうも容易くその書類を信ずるに値する物として扱うのですか。よもやまさかとは思いますが、その書類の作成者にお心あたりがおありでしょうか?」
その問いに、彼は何かを考えるように目を閉じ、そして静かに聞き返した。
「……ある、と言ったらどうする?」
そのあまりにも真剣な表情に「いえ。出すぎた事を……」と言って、彼らもそれ以上問い詰める事はしなかった。これ以上追求してはならない雰囲気を察したからだ。
会議を終わらせて部屋に戻った皇太子は、深い深いため息を一つ吐いた。
皇太子はあの場でそれ以上は何も語らなかった。と言うか語れなかった、と言うのが本音だろう。
かつての知り合いの一人から聞いていたのだ。
勇者に起こった悲劇とその後の暴走劇。
まったく何も知らない他人が聞けばただ笑い話になるような話しだったが、実際目の前に証拠を突きつけられたら信じないわけにはいかなかった。
あの書類。文字を幾分かいじっていたためにすぐには誰の文字か分からなかったが、読み進めるうちに気付いたのだ。
あの証拠書類を書いた犯人が勇者である、と。
彼の現在の状況はさっぱり分からないのだが、無節操に暗躍して各国の黒い部分を虱潰しにつぶしまくっている事は確かのようだった。
「まったく……ん?」
椅子に座り考えをめぐらせていたとき、机の上に一枚の紙が置かれている事に気付いた。何気なくその紙を取り、そして固まった。
「ど、どこで見てたんだ!?」
あたりを見回すも他人の気配は一切しなかった。
その紙には、決断早かったな、とたった一言。
それを読んだ彼はただ乾いた笑いを上げつつ、会議の時に読んだ書類の最後の部分にあった一言を思い出していた。
こんな人事はどうだい?
そんなことを書いて何人かの名前が上げられていたが、あれは彼なりの優しさなのだろうか、と首を捻った。そしてそれは、側近が呼びに来るまで続けられていたそうだ。
突貫工事のように書き上げた勢いのまま……。
どうしよう(;一_一)