平和な日常を望んだら……
……本編が行き詰った
楽しんでいただけたら何よりです
最終改訂11/5
この間、久しぶりに勇者がやってきた。
あの旅が終わってから幸せな家庭を築いたと仲間の一人から聞いていた。子供も生まれたと聞く。
そんな人間が何故ここにやってきているのかと疑問であったが、それ以上に驚くことがあった。
幸せのはずの人間が、一目見て分かるほど黒いオーラを背負ってやってきたからだ。
旅の中でもこれほどまでに落ち込んだ姿を見た事は無い。
何時に無い落ち込みように俺は驚いた。
そして聞いたんだ。
一体何があったんだ、と。
話を聞いて驚いた。
魔王を倒したら、平凡で平和な日常に戻るんだ。
そう言って旅を続けていた勇者に降りかかった災難に、俺は思わずありえないとつぶやいた。
俺の名前はエルド。一時期勇者と共に旅をした仲間である。
―――――― ※ ――――――
なあ、エルド。聞いてくれ。
あの旅の後、俺はミレアと一緒になったんだ。これは知っているだろうな。
子供も生まれた。かわいい男の子なんだ。
いや、女の子がいいな、とかバカを言っていた過去は忘れてくれ。
だから、女の子だった場合べたべたに甘やかすとかそんな過去の話しを掘り返さないでくれ。
ああ、いや。話が逸れた。
そんなこんなで暮らしていたんだが、時折腕を見込んで色々と頼まれることがある。街道を襲っている魔獣の退治とかを。
あの日もそんな依頼を受けて村から出かけたんだ。
その出かけた先で、不思議な少年に出会った。
その街道に突然現れたその少年は、どこか不思議な気配を纏っていたんだ。
彼は突然聞いてきた。
魔王を倒したお前は、この後何を望むんだ。
俺はこの質問に、いつものように答えたんだ。
身の丈にあった平凡で平和な日常を望むと。無理やり託された魔王討伐という使命は果たした。これからはこんな日常から脱し、最初のころにあった平凡な日常を取り戻し、そしてどこかの静かな村で妻を娶って老いて死んでいく。これからはこんな人生を送るんだ。
お前達にもそう言っていたからこの質問の答えは簡単だった。
そう答えた俺に彼は言った。
それはいい望みだね。
彼はその言葉には、心のそこから同意してくれていた。
皆からは色々と言われたけれど、そんな普通に同意してくれる相手はあまりいなかったから嬉しかったのもあった。
その望みも半分くらいは叶っていたからそれも言ったんだ。だからこれ以上は望みは無い、と。
はっはっは。だがどうやらこれがまずかったらしい。それまでは良かったんだが、そういった後、ヤツの気配が変わったんだよ。
何て素敵で平凡な小憎たらしい望みなんだ、って。そんな自分を弁えた返答を素直に返してくれた君にとっておきのプレゼントをあげよう、と裏がありそうな満面の笑みで言われたときにようやく分かった。
どうやらとてつもない地雷を踏んだようだ、と。
何故か背中に流れる汗がヒヤリと感じられた。
激しく嫌な予感しか浮かばない。
目の前に立っているのは、見た感じどこまでも普通の少年だった。だがその気配は普通の少年などではなく、とてつもなく強大な力を持った猛獣と敵対しているようだった。
だがこんな少年に怯えたなんて知られたら……と考えもしたが、それ以上に本能が言っていた。
即座に逃げろ、と。
そう。俺はその本能に従い、即座に逃げればあんな事にはならなかった……と思う。
ヤツがすんなりと見逃してくれたら、だが。
どう足掻いたところで結局は同じ結末を迎えたのしれないが、それでも何かが違っていたと思う。いや、思いたい。
で、結局どうなったかと言うと……
俺は逃げ切れるはずも無く――――呪われた。
もはや笑い話と言えるだろう。
ぼろぼろにされた挙句、呪われたんだからな。
本当に笑った場合は即座に排除してやるが。
次に出会ったらヤツを討つ事に俺は一切躊躇ったりはしない。次に会うときこそヤツの最後だ。
そう思っていたのに、ヤツは言ったんだ。
ようやく最後の役目は終わったから、これで心置きなくここから立ち去れる。
はっきり言って意味が分からなかった。
何を言っているんだ、と聞けば、ヤツはこれからこの世界から立ち去ると言ったんだ。
さらに意味が分からなかった。
この世界から、という言葉を信じるなら他にも世界があるのか。そう問いかけたら「さてね」と笑いやがったんだ。畜生!!
さて、君には不老の呪いをプレゼントしてあげたよ。これから君が何を成し、この世界に何をもたらすのか。それは自由だ。自由に生きてくれていい。平凡を望む君に非凡な日常をプレゼントだ。
愕然としたよ。
その究極の嫌がらせのような呪いは一体何なんだ。
いっそ野垂れ死にでも魔獣にうっかりとかでも自殺でもどうとでもなるぞ、と考えているとヤツはその考えを読んだかのようにさらに言った。
もしわざと死のうと考えて実行した場合、君には更なるプレゼントをあげよう。それはね、不死の呪いさ。
はっきり言って、生きた地獄に突き落とされた気分だった。
うきうきしたように言ったヤツをはっきり言って叩きのめしたい気分だったが、叩きのめされていたのは俺の方だった。
……動かない体が、あれほどまでに恨めしく感じた事は無かったよ。
その呪いは解き方があるが……教えてやらないよ。
教えろ!!と言ってもヤツはそれ以上何も答えようとしなかった。ただ一言、時が来れば解けるだろうさ、と訳の分からないことを言っていたが。
その後ヤツは笑いながら、非凡な人生を満喫してくれ、と言ってその姿は溶けるようにして消えたんだ。
その消える姿を見て、二重の意味で驚いた。
そんな風に消えていく魔法はこの世界には存在しないし、その上変化したヤツの姿だ。後姿しか見えなかったが、それまで黒髪だったヤツの髪色が青銀髪に変化していたから。
そうしてヤツは消え去った。
痕跡を何一つ残さずに。
ああ。お前も知ってのとおり魔法を使った後、必ず何らかの痕跡が残るだろ。だがそんな痕跡は一切残っていなかったんだ。
文字通り、消え去ったんだよ。気配何一つ残さずに。……この世界から。
――――君は、果てに何を掴むのだろうね
最後に、そんな言葉が風に乗って聞こえた気がした。
―――――― ※ ――――――
その話を聞いた直後はあまりの内容に、話しの全てを信じられなかった。
それまで女神の祝福のおかげか年を取りにくかったが、それでも一応成長をしていた勇者を知っている。それ以上に勇者を叩きのめす事の出来る存在がいたこと事態、信じられなかった。
だが、しばらくして再び訪れた勇者の姿を見て驚いた。
5年も経ったのに、外見が一切変化をしていないのだ。
髪は伸びる。ひげもまた然り。
だがその姿に『老い』というものが訪れる事は決して無かった。
不老の呪いという、平凡な日常を望んでいた男に降りかかった非情な現実。
そしてその後、彼はどうなったのか。
あまりの結末に勇者はその後数年、荒れた生活を送る事になる。
その後の数年はあまりにもひどかった、というか何というか……その……、一言で言えば、凄まじかった。
あまり突っ込まない方がいい事を色々としていた。
……気持ちは痛いほど分かるが、それはやりすぎと思ったのは仲間達の共通の意見だ。
魔王を倒してから約20年後――――
勇者は名を変え、偽りの情報を世間に植え込み……。
そうした苦労の末、今ではかつて世界を救った勇者の姿は、元の姿からは想像もつかない人物が出来上がっていた。
こうして世間には、現実の勇者とはかけ離れた存在が広く知れ渡る事となっていた。