メティアさん、語る
区切り部分で時期が変化してます。
前半が『苦手』のすぐ後。たぶん勇者の旅の初期~中盤入る前ぐらい
後半が、勇者の旅も後半ぐらいに差し掛かった頃です。
「おのれ、勇者め。陛下の信頼を一身に受けおって」
さらにブツブツ勇者への恨み言を呟き続けるガシュガルの隣を歩きながら、こっそりとため息を一つ吐いた。
先ほど対面を果たした後、ガシュガルの不穏なつぶやきと共に会話を終えたのだが、陛下にはほとんどが耳に届いておられないようで、内心ホッとしたのはここだけの話である。
当人はガシュガルの視線の意味が一切理解できないらしく、首を傾げて悩んでいたのを知っている。
理解する必要は一切無いです。むしろ一生理解しなくて良いです。
以前、ガシュガルの態度が理解できず悩んだ末に私に直接聞かれたのであろうが、あえて答える事はしなかった。というか正直、答え難い質問をしないで欲しいと思ったのは内緒だ。
最初のうちのガシュガルは普通だった。いや、変人であるのは変わり無いのだが、ここまで偏愛するほどの変人では無かったと思う。何をどう間違えたのか、何が原因なのか私は詳しくは知らないし、知ろうとも欠片ほども考えていない。どう考えても禄でもない話だと思っているからだ。陛下が神の祝福を受けている事も知らないはずなのに、盲目に敬愛している。とりあえず敬愛で間違い無い事にしておいて欲しい。
そんな変人でも……いや、変人だからこそ、恐ろしいほど陛下に対しての勘は鋭いのである。
うっかりガシュガルの本当の事を教えた場合、陛下もそれまでとは同じ対応はし辛いだろう。というか、陛下も平静で対面する事は難しいだろう。そうなった場合、確実にその事を言った人物が次のガシュガルの攻撃の対象になってしまう。
あんな奴でも実力はあるのだ。……最近は勇者には普通に返り討ちにされているが、変態だが、陛下をこよなく愛しているが、それでも実力がある事だけは確かなのだ。
陛下はとにかく非常に鈍い。
もう悲しいぐらい究極に鈍いのが玉に瑕だが、そのおかげで周りがガシュガルに恨まれることも無く済んでいる。
陛下の外見は、それはもう、うっとりするほど見目麗しいお方だ。
一部の者達は、陛下の外見を指して『歩く凶器』とまで言わしめた代物だ。
そんな有望株筆頭の存在である。女性一同、陛下には一通りモーションは掛けた。必死にアプローチをするものもいた。
斯くいう私もその中の一人である。遠まわしながらも、争奪戦に参加していた口である。
だがそれら全ては、かすりもせず見事なまでにスルーされて終わってしまっていた。
陛下のすぐ側まで果敢に挑んで行った猛者もいたのだが、逆ににっこり微笑まれ→落ちて→終了。
手を変え品を変え女性は皆挑んで……はかなく散っていった。
そんな悲しい努力の果てに、皆は悟った。
陛下は、隣に並び立つ存在ではない。
あれは観賞用なのだ、と。
そう考えればまだ救われる。というか、誰が横に並んだとしても、自分の存在が霞む事この上ない事態に発展するのは目に見えていた。
そうなるよりはもういっそ諦めて、眺めて拝むほうがいいだろう、というのが女性一同の共通意見となった。
空しい努力の日々を思いだし、時折連れ立って飲みに行っているのは女達だけの特権である。
「陛下は、勇者の活躍する姿が頼もしい、とまでおっしゃったのだぞ。それではまるで恋でもしているようではないか」
まあ確かに、捉え方を変えればそうとれなくも無い。だが陛下の事だから、言わなかった部分もあるだろう。何も知らない者が聞けばそう取れなくも無いが、事情を分かっているはずのお前が……いや、突っ込むのは止そう。
陛下のことだからおそらく、本当の事は全て話してはおられないはずだ。無理に問い詰めたとしても、必要な時にならなければ決して話しては下さらないだろう……。
「この間なんかも、勇者の様子を楽しそうに見ておったのだぞ」
私もそこにいたのだが、確かに楽しそうだった。準備していた罠に見事に引っかかってくれていたから。
高さ5メートルほどの落とし穴に引っかかった彼を見た瞬間、何ともいえない気持ちになった。さらにそこから地下迷路を作るほどの力の入れよう。
勇者達に用意するイベントは、最近になってさらに手が込んできていた。内容が内容で無ければ、私もガシュガルの気持ちは分からなくも無い。
ガシュガルの場合は、陛下が用意してくれた、と言うだけで罠でも喜んで向かって行きそうだが……。
「おまけに、毎回勇者にプレゼントなるものまで用意している始末」
それも知っている。
歴代魔王陛下が適当に宝物庫に放り込んでいた物を、一生懸命選んでいるのを見ていた。
陛下曰く、イベントには重要アイテムが必要だろ、と。
お供ついでに初めて宝物庫に足を踏み入れたのだが、そこに収められている品はいささか偏りがありすぎた。価値のありそうな物から用途不明な代物まで。
で、何故に最初に選んだのがコケシなんですか、陛下……。
というか、以前の魔王は何を考えてそんな物を宝物庫に入れていたんですか!?
手に入れた勇者もその当時、何とも言えない表情で悩んでいた。あの顔は、おそらく遠くへ投げ捨てるか地に叩き付けるか、どちらにしようか悩んでいたようにも思う。
手に入れてすぐに発覚したのだが、実はそのコケシは呪われていた。
勇者以下、彼の仲間の容貌の整った人物は、そのコケシに絡まれていた。(どうやらそのコケシは面食いだったようだ)
そして引き離そうとした哀れな少年は、反対に同じコケシ姿に変えられていた。(これはさすがにかわいそうに思った)
どうにかこうにか勇者はそのコケシを引き離すことには成功したのだが、諸々の事情が重なり手放すことは不可能だった。(ちなみに、コケシにされた少年は3日ほどそのままだった)
その事を知った私は、陛下に「さすが陛下です。ああなる事を予測されていたのですね」というと、陛下は「何の事だ?」と逆に聞き返された。詳しく話しを聞くと、どうやら呪われている品だとはまったく知らなかったらしい。
さらによくよく調べてみると、何とも言いがたい事実が発覚した。
その道具が収められていた『宝物庫』の方に、どうやら問題があったのだ。
現在は魔王城の宝物庫として使われているのだが、以前はまったく別の用途で使われている部屋だったらしい。
一番初めは物置として使われていた、と聞いた。そこまでは普通の部屋だった。
だが次に使われたのは、数代前の魔王の時代。
当時の魔王の『引きこもり専用部屋』として使われたそうだ。
というのも、数代前の魔王の時代。
当時の魔王陛下の部下は無能な者ばかりで、余計な苦労を強いられていたらしい。
ついでに言えばその当時、人間との関係も相当悪くなっていたそうで、諸々のっぴきならない状況が相当なストレスとなっていたらしく、彼はある日、唐突に物置だった場所を改築し自分の引きこもるための部屋を作ったそうだ。そしてその部屋に引きこもって、散々恨み辛みを吐き出していたという。
その姿はさながら怨念の塊のようだった、と当時を知るものは言っていた。
だが部下達としては引き篭もられたままだと仕事が立ち行かなかった。苦肉の策として、様々な珍しいものや宝石などを扉の前に献上し、出てきてもらっていたそうだ。その献上されていた物を、そのままその部屋に置きはじめたのが宝物庫の始まり、と教えてもらった。
そこまでは別段どうでもいいのだが、その部屋は良くも悪くも数代前でも立派に魔王陛下の、相当な怨念の篭った部屋である。どうやらその怨念が変な方向に働いたらしく、そこに収められた数々の貴重な品物は、数日収めただけで呪われた品物に進化するというのが今回改めて発覚した事実だ。
果たして、貴重な品があるにも関わらず宝物庫に誰もあまり近寄らない理由が、こんなところで発覚したのは僥倖と捉えていいのだろうか……。
あと蛇足なのだが、その後の勇者に渡すアイテムは必死に陛下が呪いを解いて用意していた、というのはここだけの話しにしておいて欲しい。
ガシュガルの「こうなったら全力で勇者を叩きのめしてやる」などといった不穏な発言を聞き流しながら、今後の展開に頭を悩ませるのだった。
―――――― ※ ――――――
ガシュガルの不穏な発言からどれくらい年月が経っただろうか。
あの不穏な発言はガシュガルも全力で実行しているのだが、現在の勇者には効果が無くなっていた。
確かに陛下の言葉どおり、現在ではアヴィドも勇者の動向に視線を向け、そして色々と手を下している。やつらは本気で勇者達を殺そうとしているのだが、それを撃退出来る程の実力を持っていた。
私達の努力も実ったのだとしみじみ思ったのだが、絶対にガシュガルにだけはばれないようにしよう。現在のガシュガルは、勇者と聞いただけで挑みに行くような暴走したやつになっていたから。まあ、現在の勇者もそのおかげもあってか、ガシュガルを全力で叩きつぶす事が出来るから問題はないか。
それにしても、と思う。
最初のころは、本当に勇者を鍛えていた。ガシュガルも立派にその役目を果たしていた。
だが何時ごろからだろうか。おかしな方向に向かいだしたのは……。
そうそう。
陛下も何故コケシをまず最初のアイテムに選んだのか謎だったのだが、最近なってようやくその真意が掴めた。
某王国においてそれが非常に重要な物だった、というのはもはや笑い話に近い。勇者も半ば持っていた事すら忘れ掛けていたのだから。呪われた品、という事でまた一騒動あったがここではどうでもいい話だ。
それよりも言いたいことがある。
そんな後半に必要になるようなアイテムを、何故一番最初に渡すんですか!?
話を元に戻そう。
最近は確実に目的が変わってきていた。
勇者一行も今ではかなりの実力者揃いになってきていたので、今更何かをする必要も無くなっていた。私達の方では時折必要な物をこっそり用意する事ぐらいだけだ。特に何かをしなくても、アヴィドが頑張って相手を用意してくれているのでこちらの負担は激減していた。勇者、その調子でヤツ等を叩きのめしていってくれ。
だが陛下は相変わらずイベントと称した罠を用意し続けるのだ。
かつてこれらは勇者一行を招待し勇者を鍛える事が最初の目的だったのが、今では罠にかかった勇者一行の賑やかなやり取りを眺める、に変わっていた。
そんな一行の様子を眺める陛下の表情は相変わらず無表情ながらも、どこか楽しげな雰囲気だった。確かに面白いですけどね。手加減間違えて、うっかり生き埋めにされかけたときとか。
ともかく、側で見ていたから分かる微妙な雰囲気の変化だが、はっきり言って楽しんでいる。
……陛下。
一体、何をしたいんですか?
―――そして。
今日も、勇者を鍛えると称した勇者虐めを眺める陛下を、私は後ろに控えて眺めるのであった。