魔王の苦手
うーん。予定と大幅に違う……
最終改訂12/18
私は何にも動ずる事は無い、と言われていた。
冷静沈着。
そう評されるにふさわしい行動を見せていたから。
それはかつて、何かに動ずる姿は王にはふさわしくない行動だ、と誰かに言われたからだ。
だが私には現在、ものすごく苦手な存在がある。
表情に出すことなく、今にも逃げ出したい気持ちを抑えて対面した相手。
私は、本気で、苦手なのだ。
――――あの、ガシュガルだけは。
―――――― ※ ――――――
「ご機嫌麗しゅう、我が敬愛する陛下」
何故か熱い視線で見つめられる。
ごめんなさい。逃げて良いですか、と視線で横に立つメティアに問いかける。
が速攻、小さく首を横に振られダメだしされた。
視線が『我慢してください』とはっきり言っている。
今にも逃げ出したい思いを隠しつつ、頑張って対応を続けた。
私が魔王としてこの玉座に座してから、どれほどの時が過ぎたか。
様々な魔族と接してきたが、これほどまでに苦手と思うような相手はいなかった。
いつもいつも対面するたびに、何故か私に熱い視線を送ってくるのだ。さっぱり意味が分からない。さらに言えば、対面するたびに何故か私の背筋を這う汗が大量に発生するのだ。さらに意味不明である。
考えても頭を捻っても答えは出なかったので、以前メティアにそれとなく聞いてみた。
ガシュガルのあの視線の意味を。
そしたら視線をそらされ、さあ、と一言。
あれは知っていた。知っていて言おうとしなかったのだ。
私は必死の思いで質問をしたのに、行動で拒否された。
などというやり取りがあったのを思い出しながら、勇者についての報告を聞き続けた。
私は現在、彼に『勇者を、敵対すると見せかけて鍛えよう作戦』を決行してもらっている最中なのだ。
本来であれば自分がこっそり出向いて云々という事もしたかったのだが、現在絶賛呪われ真っ最中のせいでこの城からは一歩も出れない状態なのである。
仕方ないので信頼の置ける者達に色々と頼んで、勇者達を鍛え最終的にはここまでたどり着けるぐらいの実力を付けさせ、そして導いて貰っていた。
私には現在、表の守護と裏の守護がいる。
意味不明だろうから簡単に説明すると、現在幅を利かせている表の守護者達は人間の殲滅派。全てを滅ぼし全てを支配する。その理念の下あちこちで街や王国に魔物たちを向かわせている。
こちらに関しては、私の守護者、と銘打っているが実質はまったく違う。権力を握っているのは宰相のアヴィドだ。私の役割はただ玉座に座して力を供給するだけ。
逆に裏の守護とは、現在目の前にいるガシュガルやメティアだ。他にも幾人かいるのだが、彼らには裏で色々と動いてもらっている。表と裏の守護する者達との実力差だけでいえば、メティアたちに軍配が上がるだろう。だがアヴィドには従う配下が数多くいる。
…………望む望まざるに関わらず、従う者達が。
一言で魔の領域、と言ってもここは広大な場所だ。住むものの考えもそれぞれ。アヴィドの考えに賛同の意を示さなかった一族もいくつかあった。アヴィドはそういった同胞にも容赦はしなかった。
だからメティアたちに、出来うる限りそういった者達の護衛を頼んでいたのだ。
そして―――
そんな彼らが、私の事を純粋に思ってくれているのは理解している。思ってくれているからこそ力を貸してくれている。それを知っていても私は、この計画を止めようとは思っていない。
勇者と戦った後こうして帰ってきて報告をしてもらっているのだが、その内容を聞く限り彼は順調に成長をしているようだった。最初のころはまったく太刀打ち出来なかったガシュガルを、今では撃退出来るほどの実力を持つほどになったという。
仲間の存在のおかげもあるのだろうが、それでも確かに勇者は力をつけていた。もともと素質はあったのだから当然の事だろう。
「順調に成長を続けているようだな。良かった」
ほっとしたように言うと、その発言にガシュガルは目を光らせたが、私はそのことには気付かなかった。
「陛下。窺いたい事があるのですが……」
「何だ?」
「勇者のために何故ここまで手を掛けるのですか?」
率直にそう問われて、逆に慌てた。どう答えよう。
①「私を倒してもらうために強くなってもらいたいのだ」
うーん。ここまでストレートに言ったら、即座に勇者を殺しに行きかねない。
②「強い勇者と戦ってみたいのだ」
微妙。それならば急ぐ必要は無いのでは、と問い返されたらアウトだし。
③「なんとなく」
まったく以て答えになっていないところが素晴らしい!
表情を変えることなくどう答えようかと必死に考えをめぐらせていると、ガシュガルが何かをつぶやいたような気がした。
「何か言ったか?」
「いえ。それほどまでに勇者を気にかけるのは、何かを期待されておられるからでしょうか?」
さすがにこの言葉にはドキッとした。だがまだ計画は始まったばかりなのである。こんなところで叩き折られるのは好ましく無い状況だ。
「何故にそんな事を思ったのだ?」
疑問に疑問を返すのは卑怯だと思いつつも、それでも何とかいい答えを考え出すための時間稼ぎには必要な事だった。
「あまりにも突然の事だったからです。陛下がこんな事を言い出したのは。我らとしてもアヴィドの横行は目に余る物と捉えておりますが、それは陛下自信が動けば解決できる事でしょう。何故……」
「私がここから動けないと分かっていてそれを言うか?」
その一言に、ガシュガルは痛ましそうに顔をしかめた。
それを見て私は、逆に良心の呵責に苛まれる。本来ならば私も自分自身でこの事態を解決しようと思えば出来た。だが、もうそれにも何の感心も無かったのだ。
それら全てに、何の意味も見出せなくなっていたから。
「それにこの城の中での私は、玉座のお飾り程度の認識だ。今更そんなのに口出しされても誰も享受の意を示さないだろう」
ガシュガルは顔をしかめ、メティアは目を閉じた。その言葉どおりだという事は、彼ら自身分かっていたからだ。
「それに、彼らはあまりにも人側も魔物たちも、そしてそれ以外の多くのものをも傷つけすぎた。今更私達がこの問題を解決させたところで、どうこうなるという時期を大きく逸脱してしまった。それに、既に女神に勇者は見出され旅立った。時期を逸してしまったのだ。もう遅いのだ」
静かに語られた言葉に、二人はうなだれていた。というか、激しく落ち込んだと言った方が正しいだろうか。
事実をそのまま言っただけで、さすがにここまで落ち込まれるとは思ってもいなかったから、逆に私が非常に焦った。
「い、いや。お前達を責めているわけでもなんでもないのだ。ただこれ以上被害が広がらない事が私の今現在の最大の望みであって……(ああ、さらに暗くなった。えーと、えーと)……。お前達を信頼していないとかそんな事はまったく無いのだぞ。むしろこんな私の力になってくれている事に感謝しているのだ」
最後の言葉にようやく顔を上げた二人は、少し暗い顔をしていたが先ほどまで背負っていた暗い影はもう見えなかった。
その事にほっとしたが、まだ気を緩めるには早かったようだ。
「その信頼には最大限応えようとは思っております。ですが、まだ質問には答えてもらってはおりません」
……誤魔化されなかったか。
「ああ、いや。ええと、何だったかな……(どうしよう)……」
「何故にそこまで勇者を気にかけるか、ということです」
そのとき、とっさに頭にひらめく言葉があった。
「女神の祝福も受けたのだ。そんな人物が何らかの行動を起こしてくれれば、アヴィド達もそちらに視線を向けてくれるだろう。そうすればこちらとしても何かと行動が起こしやすくなってくる。そう言う意味では期待しているのだ」
「期待、しておられる……のですか」
どこか呆然とした様子のガシュガルに、逆にメティアはやっちゃった的な表情で自らの主を見つめた。
そして当の本人はガシュガルの様子を見て、この答えではどうやらいけなかったのかと思い、改めて言いなおした。
「彼の芳しい成長ぶりには、近くで見ているお前にも分かるように大いに期待出来るだろ。それにあれだけの実力を兼ね備えてくれたのならば、アヴィドたちの餌としては願っても無いことだ」
その言葉に全てが納得いかないまでも、どこか安心したようだ。
そんな彼の様子に、ホッとしたついでについポロッと本音が漏れてしまっていた。
「それに彼らの成長振り(を見学するの)は楽しみだし、勇者の活躍する姿は(私の計画を実行してくれる意味合いで)頼もしいからな」
その言葉を言った瞬間メティアに焦ったように視線を向けられ、はて、と内心首を傾げる。
意味がさっぱり分からなかった。
逆にガシュガルは無表情で、
「そ、そうですか。……ならば、全力で…………」
後の方はあまりにも小声だったために聞こえなかった。
何故か不吉な笑みを浮かべるガシュガルに、内心でさらに首を傾げる。
そんな二人を見つめるメティアは、額に手を当て深いため息を一つ。
その後、勇者に対するガシュガルの猛追は、筆舌に尽くしがたいものとなった。
メティアはそんな彼らを見て、合掌したとかしないとか。
考えてみれば、一切分かっていない魔王を絡めて話を進めて行けばこうなる事は仕方の無い事を、今悟りました。
ここで一つ補足。
ガシュガルは究極の魔王ラブです。そして魔王が勇者にラブと勘違い(?)しています。