ハジマリ
この物語は真実への1ピースである。
貴方はこの中で、世界の絶対保守者であるモノの名前を見るだろう。
貴方はこの中で、世界の絶対捕食者であるモノの名前を見るだろう。
決してそれを忘れるなかれ。
ハジマリはなんだったのだろう。俺は村の牢屋の中でそう考えた。俺は何も悪いことをしていないのにここに閉じ込められている。そして、周りにいる人間もそうだ。よく見知った村の皆。全員が全員、ここに理不尽に閉じ込められているのだ。
ただ、人と言う存在は恐ろしい。人はこのような理不尽な環境でもだんだんと適応して、そして最後にはその中で優劣をつけたがる。だからこの牢屋の中にも一種の「ボス」的存在の奴がいる。そんな器の小さいボスなんて俺には関係ないが、この牢屋に何人も人が入っている限り、どうしてもかかわらなくてはいけない時が出てくる。
「おい、新入り! お前はなんでこの牢屋に入れられたんだ?」
そんな事を考えていると、牢屋のボスがそんなことを俺に向けて言ってきた。俺は極力かかわりたくなかったのでその言葉を無視することにした。
「おい、そこのガキだよ。聞こえねぇのか?」
聞こえている。ただし、応える義務もつもりもない。何故ならそんな無駄な事をして、こんな所に順応するより、今ここからどうやって脱出するかを考えた方がよっぽど有意義だからだ。
しかし、ここの牢屋に適応してしまった人間にはそんな考えは生まれないのだろう。ボスの横にいた1人の男がこちらへと歩いてきた。見た目はひょろひょろしていて弱そうだが、見ていた限りでは、ゴマのすり方がものすごい上手らしく、今の立ち位置につけたのだろう。
「ボスはお前に聞いてるんだよ! 返事くらいしたらどうだ!?」
俺はその言葉も無視した。いや、無視したと言うよりは本当に頭に入って無かったのかも知れない。
この鉄格子に囲まれた牢屋からどうやって脱出するか。石畳の床や、壁を削って脱出を試みるか。見回りに来た人間を倒し、格子の隙間から鍵を入手して脱出するか。やり方は色々ありそうだが、どれもこれも上手くは行きそうにない。
「テメェがここに入れられた理由をボスは聞いていらっしゃるんだよっ!」
ひょろい男は、そんな性格で人一倍プライドが高いのだろう。俺がちょっと無視しただけですぐに俺の腹をつま先で蹴ってきた。もちろん俺は避けるつもりも何もなかったので、もろに腹に蹴りを貰い、そのまま石畳へと倒れこんだ。しかし、ひょろい男は止まらない。
「テメェ! ボスの言葉を何度も無視しやがって! さらに俺の事も無視するとは良い度胸じゃねぇかよっ!? えぇっ!?」
地面に転がって何度も何度も蹴られながらなんとなく思い出す。俺がここに連れられた理由。
もともと村は平和なところだった。全員仲良く過ごしていて、村の皆でリンゴを育てて、それを売って必要な日用品を集めていた。そしてある日、俺たちの育てたリンゴを国王に献上するチャンスが舞い込んできた。これで国王に認められればこの村ももっと栄えると考えて、皆で頑張った。
いつも以上にしっかりと水の管理をして、いつも以上にしっかり土の管理もして、いつも以上にしっかり実を守り、いつも以上にしっかり収穫をした。
その甲斐あって、リンゴは国王にとても気に入って貰えた。しかし、それが問題だったのだ。
この村はゲイルザー王国の支配下だ。そして、そこの国王であるシャルルマーニュ・ゲイルザーは独占政治を行う、いわば絶対王政の国だ。
そのシャルルマーニュ・ゲイルサーが俺たちの村のリンゴを気に入ったのだ。放っておくはずがない。すぐに国から大量の兵士や機械が送り込まれ、リンゴを色々な街に出荷できる体制にされた。村人はと言うと、商品の管理の邪魔になるから出ていけと言われ、皆路上に迷うことになってしまった。
今までリンゴを収穫して生きてきた俺たちが急に投げ出されても生活なんて出来るはずもなく、結局は工場化してしまった村の廃棄品をむさぼり生活することしかできなかったのだ。工場裏から出される、ただ形が悪いと言うだけで捨てられたリンゴをもとに俺たちは頑張って暮らしていた。しかし、リンゴを持っているとそれだけで兵士は俺たちを捕まえてきた。
「国王様の管理していらっしゃるリンゴを盗むとは、貴様死にたいらしいな」
そう言われ、最初は1番皆のために一生懸命に動いてくれたお兄さんが連れてかれた。俺は子供だからということで皆から守られ、結局最後の最後まで捕まらなかった。最後の最後まで捕まらなかったことで、解ったことがあった。工場にされたのは村長の家だ。それは皆知っていた。だけれども、国の兵士が来てから村長を見た人はいない。その事を捕まる前に1人のおじいさんに話した。
「村長さん、見えないけど何か知らない?」
「あいつは村を売ったんだよ……自分の利益のためだけにね」
つまり、村長が村人全員を犠牲にして甘い蜜をすすっている。これは絶対に許せないことだった。村長の子供である炎谷守羽とは友人であったが、そんなことは関係ない。どうにかして村長を殺してやろうとも思った。
そして、俺が捕まる日が来たのだ。
村長の木と呼ばれる村で1番大きな木。俺と守羽が約束をした場所。
「たとえ村に何が起ころうと、俺はお前の事をここで待つよ」
「たとえ村に何が起こっても、絶対ここで会おうね」
そう、そう言っていたのに、あいつはまだあの工場の中にいる。許さない。許されることではない。
そう思いながら、村長の木を見上げていた。すると、突風が吹き、リンゴがひとつ落ちてきた。俺はそれには一切触れなかったが、近くで俺を凝視していた兵士が言った。
「リンゴを落とすとは何事か。貴様、ただで済むと思うなよ」
集まってくる兵士に俺は殴られ、蹴られ、縛られ、罵られ、そして最後には牢屋に叩き込まれた。
そうだ、これが俺がここに連れられてきた理由だ。
ガスッガスッと俺の脇腹を蹴る音が響く。俺はなんとなく牢屋をぼーっと眺めていた。
「このっこのっ! まだ黙ってるのか、この糞ガキがっ!」
「やめろよ! もう喋れなくなってんだよ!」
ひょろい男が激昂して蹴り続けていると、他の男がそれを制した。もうかれこれ5分ほど蹴られ続けている。ぱっと見、もう動けないのは当然のことだろう。しかし、俺はこのタイミングを図ってくれた男の考えを無視して立ち上がった。そして、この牢屋に来てから初めての言葉を発した。
「なるほど、この牢屋はただ閉じ込めるだけじゃなく、精神を摩耗していくためにも存在しているのか。どおりで馬鹿が多い」
こう吐き捨てた瞬間、ボスが立ち上がった。恐らく俺を殴り飛ばしでもするのだろう。それもそれで良い。もしかしたらそれで何か良いアイデアが浮かぶかも知れない。そう考えて俺はボスを睨んだまま立っていた。そして、ボスがそのこぶしを振り上げても睨んだまま動こうとはしなかった。しかし、次の瞬間――
「やめないか! 大人げないのだ!」
そう声が響き、俺はついその方向を見た。
新緑の帽子に新緑の衣、全身新緑かと思いきや、胸に斜めにまいているベルトや腰についている3本のベルト、そしてサーカスのピエロの様な靴は茶色だった。しかし、魔法使いの様な帽子から覗かせる目や髪はまた緑色で、その男は異様な存在感を放っていた。
この男との出会いが、俺の今後の人生を大きく変える事となった……。