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EARTH Online  作者: 甘太郎
60/70

第60話「平穏な日常の向こう側」

【始まり:目覚めと違和感】


すべての人が、同時に目を開けた。


世界は元通りになっていた。


東京の街並みは傷一つなく戻っている。

コンビニの自動ドアは普段通りに開閉する。

通行人は何食わぬ顔で通り過ぎていく。


しかし、どこもかしこも、微妙な「違和感」をまとっていた。


---


福田は池袋の街角に立っていた。


自分の手のひらを見下ろす。

そこに傷はない。汚れもない。

しかし手のひらの奥深くには、まだ温かな感触が残っている——

何か光るものを握っていたかのような。


あのピンク色の海を思い出す。

心に響いたあのメロディーを思い出す。

「一緒に帰ろう」というあの言葉を思い出す。


「さっきのは……」

彼は独り言ちた。「さっきのは……夢だったのか?」


少し離れたコンビニのテレビがニュースを流している。

アナウンサーが言う。「今日は晴れ、お出かけに最適です……」

福田はそれを聞きながら、ふと笑った。

なぜなら——自分はまだあの夢を覚えていることに気づいたからだ。


それで十分だった。


---


【世界各地・マンデラエフェクト】


この「違和感」は、日本だけのものではなかった。


アメリカ・ニューヨーク

一人の大学生が図書館で『スター・ウォーズ』の脚本をめくっている。

彼は眉をひそめた。

「待って……この台詞……」

「確か『No, I am your father』だったはず……」

「なのにここには……『Luke, I am your father』って書いてある?」


ネットで検索する。

十のサイト、十の説。

どれが「原本」なのか、誰にもわからない。


イギリス・ロンドン

一人の老婦人がキッチンに立ち、時計を見つめている。

「変ね……お茶の時間……」

「確か四時だったはず……」

「なのにカレンダーには五時って書いてある……」


紅茶を淹れ、窓辺に座る。

一口含む。

そして笑った。

「まあいいわ。何時でも、お茶は温かいものね。」


中国・北京

一人の小学生が宿題をしている。

手を止め、教科書に載っている慣用句を見つめる。

「お母さん、この慣用句……こう書くんでしたっけ?」

母親が近づいて見る。「そうよ、ずっとこう書くのよ。」

小学生は首を振る。「でも……別の書き方だったような気がする……」


オーストラリア・シドニー

一人の野生動物写真家がカメラを置いた。

彼はちょうどカンガルーの跳躍を撮影したところだ。

しかし写真を見返して、彼は固まった。


「カンガルーの跳躍……」

「確か、別のリズムだったはず……」

「なのに写真に写っているのは、俺の記憶と違う……」


彼は首を振り、撮影を続ける。

「気のせいか。」


一人ひとりが、微妙な「違和感」を抱えて生きている。

苦しみではない。

恐怖ではない。

ただ——パズルのピースが、一枚足りないような感じ。


しかし不思議なことに——

誰一人、それで打ちのめされる者はいない。

誰一人、それで狂ってしまう者はいない。


心の奥底で、彼らは皆知っているからだ。

一枚足りなくても、構わない。

大事なのは、残っているものたちが、まだここにあるということ。


---


【平心湯・日常】


そして東京の片隅では、この「残ったものたち」が、とりわけ色濃く息づいていた。


午後二時。平心湯の入り口。


空気には味噌汁と炊きたての白いご飯の香りが漂っている。

いつもの静けさではない。

一種の忙しくも温かな喧騒だ。


入り口には短い列ができている。

宿泊客を待つ列ではない。

「愛心弁当」を受け取る、地域の住民や生活に困っている人々の列だ。


「今日はゴボウと鶏肉だよ、栄養バランスばっちり!」

山田師匠が笑顔で弁当箱を手渡す。

中村婆さんは隣で受付を手伝い、手際は熟練のそれだ。


「ありがとう!」

「また明日ね!」


弁当を受け取る人々の表情は、決して「施される」というものではない。

それは家に帰るような安心感だ。

まるで家族が自分のために用意してくれた弁当を、手渡されているかのよう。


なぜならこの愛心弁当は、もうこの地域の日常であり、ずっと続いているからだ。

列に並ぶことは、すでに習慣となり、温かな儀式となっている。


---


大門前。


阿楽が古い自転車を漕いで、門の前に止まる。

琪琪は後ろの席に座り、手には保温箱を抱えている。


「次の配達先は?」阿楽が尋ねる。

琪琪はタブレットを見る。「公園の裏手の陳おじいさん。足が不自由だから、届けてあげる。」


「しっかり掴まって!」

阿楽が力強くペダルを踏む。

自転車は陽光の中を一筋の弧を描いて走り去る。

琪琪の髪が風に揺れる。


彼らは世界を救いに行くわけじゃない。

ただ弁当を一つ届けるだけだ。

しかし彼らの笑顔は、陽光よりも明るい。


---


カウンターの中。


加美は眼鏡をかけ、電卓を手にしている。

目の前には、できたてのチョコレートが一皿。


「今日の食材コスト……うん、氷河グループから届いた野菜は無料提供だから、30%節約できたわ。」

彼女は計算しながら、チョコレートをきれいに並べていく。


「これは従業員用に置いておいて、これは弁当の付け合わせに回そう。」


彼女は振り返り、カウンターの後ろの空いた場所を見る。

いつも猫バスの抱き枕を抱えていた場所。

今も、空いたままだ。


加美の眼差しが、一瞬和らぐ。

しかしすぐに、仕事モードに戻る。

「天神様……新しい味を試しに来てくださいね。」


---


【帰ってくる人々】


人混みの中に、いくつかの見慣れた姿があった。


ピーター・チャンが歩いてきた。

カジュアルなスーツを着て、両手には仕入れたばかりの高級食材が入った箱を二つ抱えている。


彼がここを訪れるのは久しぶりだ。

実は、なぜ自分が初めて東京に来たのか、もう覚えていない。ただ——ここに来るべきだと感じるだけだ。


彼は阿楽と琪琪を見つけ、表情がすぐにほぐれ、嬉しそうに笑う。

「おい、阿楽!今日の米は俺が新しく仕入れたやつだ、試してみてくれ!」


彼は騙されかけた投資の危機を覚えていない。

あの偽りの会議への招待も覚えていない。

ただ——ここが自分が支援したい場所だということだけを覚えている。

ここが、家だ。


---


アーサー・ペンドラゴンが入ってきた。

手には古美術品ではなく、数本のワインだけを持っている。


彼はあの偽りの考古学的発見を覚えていない。

一族伝来のネックレスを追い求めた偽りの手がかりも覚えていない。

ただ——友達に会いに来ようと感じただけだ。


彼は氷河剛史の娘・千雪と婿・翔太が手伝っているのを見て、歩み寄り肩をポンと叩く。

千雪が驚いて声を上げる。「アーサー!またわざわざ会いに来てくれたの!」

翔太も笑顔で迎える。「ここの温泉が恋しくなったんじゃないか?今夜一緒に浸かろう!」


アーサーは手にしたワインを軽く掲げる。「ああ、それに合わせて持ってきたんだ。」

彼はワインをカウンターに置く。その動作は自然そのもので、まるで家に帰ってきたかのようだ。

ここが、帰る場所だ。


---


石原夫人が列の後ろで配布を手伝っている。


彼女は自分の温泉に戻り、温泉連盟のリーダーを続けている。

しかし毎週火曜日には、必ず平心湯に来て手伝う。


彼女は連盟の仲間たちと助け合い、時には食材を融通し、時には人手を貸す。

笑顔で住民たちに挨拶をする。まるでかつての、何気ない日常のように。


彼女は脅迫された恐怖を覚えていない。

あの力を抜かれた指輪のことも覚えていない。

ただ——ここが自分が守りたい場所だということだけを覚えている。

ここが、仲間だ。


---


誰も過去の傷について口にしない。

誰も騙された詳細について話さない。

ただ、一種の「ずっとこうだった」という自然さがある。


まるで彼らはずっと以前から、ここで出会い、ここで助け合ってきたかのように。


---


【厨房・神跡】


厨房の中。


調理場はあの頃と同じ。

鍋や杓子もあの頃と同じ。

壁には山田師匠直筆のメニューが貼ってあり、文字は少し色褪せているが、誰も貼り替えようとしない。


御前龍之介はエプロンを着け、手に握り飯を握りしめている。

その動作はとても集中していて、儀式のようだ。

一粒一粒の米が均等に押し固められ、一つ一つの握り飯がしっかりと形作られている。


彼の隣には、六歳の小さな男の子が立っていた。


髪は柔らかく、目はキラキラと輝いている。

御前トヤだ。


彼がいつからそこにいるのか、誰も知らない。

しかし御前龍之介の記憶の中では、彼は幼い頃からずっと、そばにいた六歳の息子なのだ。

一緒に起きて、一緒に朝ごはんを食べて、一緒に握り飯を捏ねる。


その感覚は、いわゆる——マンデラ・エフェクトと呼べるものかもしれない。


小さな男の子も小さなご飯の塊を手に取り、御前の動作を真似て、真剣に捏ねている。

「パパ、こうやって捏ねるの?」


御前は息子を見つめ、目が潤んだ。

しかし彼は優しく微笑む。

「そうだよ、そうやって捏ねるんだ。うちの子は本当に上手だな。」


彼は償っているわけではない。

彼は父親であることを、もう一度学び直しているのだ。

この世界で、彼は失った宝物を取り戻した。


山田師匠が通りかかり、御前と子どもを見て微笑む。

「御前、今日の握り飯の形、とてもいいね。」


彼は御前を、ただのとても誠実な仲間、平心湯の支援者としか思っていない。

御前がかつて何の会長だったか知らない。

ただ、今の彼が誰であるかを知っているだけだ。


御前はうなずく。

「そうですか……彼に、どうやって想いを捏ね込むのか、教えているんです。」


---


【仲間・帰る場所の感覚】


午後四時。


入り口に見慣れた足音が響く。

客のノックではない。

家族の帰宅だ。


教授、氷河剛史、椎名律子、そして数人の弁護士チームの同僚たちが入ってきた。

彼らは手にファイルを抱え、また、運ばれてきたばかりの新鮮な食材の箱もいくつか持っている。


「入ってもいい?」などとは聞かない。

彼らは当たり前のように入ってくる。まるで自分の家に帰るかのように自然に。


「今日の愛心スーパーの運営報告書です。」教授が書類を卓袱台の上に置く。

「氷河グループは来週、また米と油を一批送ります。」氷河は上着を脱ぎ、それを何気なくハンガーにかける。

「法律相談の時間枠はもう確保しました。毎週水曜の午後、低所得者向けに無料で提供します。」椎名がパソコンを開く。


彼らは卓袱台の周りに座る。

阿楽がちょうど自転車から帰ってきて、琪琪が飛び降り、議論に加わる。


「来たんだな。」阿楽が笑顔で挨拶する。

「ああ、会議だよ。」氷河が阿楽にペットボトルの水を差し出す。


誰も不思議に思わない。

なぜならこの光景は、もう毎日の日常だからだ。


---


卓袱台の周りで、リラックスした話し合いが行われる。


「愛心スーパーの価格設定は、もう少し下げられないか。みんなが尊厳を持って買えるように。」教授が言う。

「物流面では、御前さんが前に提案してくれたルートの最適化がとても効果的で、二割ほど時間が短縮できました。」椎名が補足する。


御前は厨房でそれを聞き、手が一瞬止まる。

口元がわずかに上がる。


彼らは「未来を計画」しているのではない。

彼らは「今この瞬間を守っている」のだ。


この得難い家を守るために。

この、伝えていくことのできる温もりを守るために。


教授は周りで忙しく働く人々の姿を見渡し、そっと言う。

「いろんなことを経験して……初めてわかったよ。ここが本当の家なんだな。」


氷河もうなずく。

「だから俺は、この感覚を伝えていきたい。」

「言葉で伝えるんじゃない。この弁当で、このスーパーで、この日常で。」


琪琪の愛能指数の画面——

数字が跳ねる。


78%……82%……87%……91%……


91.7%。


「危機が去った」からではない。

なぜなら——

人間が、自ら愛を選び始めたからだ。

そして、それを続け、日常にしているからだ。


---


【天神だけがいない】


日々は続く。


平心湯はある種の「中心地」となった。

権力の中心地ではない。

温もりの中心地だ。


教授と氷河はここで会議を開き、資源配分を議論する。

椎名はここでデータベースを構築し、物資の一つ一つの行き先を記録する。

御前はここで料理を作り、まだ苦しんでいる人々に届ける。

阿楽はここで彫刻を彫り、その作品を必要としている人々に贈る。

琪琪はここでデータを分析し、誰一人取り残されないようにする。

加美はここでチョコレートを作り、平心湯を訪れるすべての人に分け与える。


しかし、一人だけ、いない人物がいる。


いつも猫バスの抱き枕を抱え、いつもカウンターの後ろでアニメを見ていた人——

天神だけが、ずっと帰ってこない。


あの席は空いたまま。

あの抱き枕は、寂しげに隅に置かれたまま。


誰も尋ねない。

なぜなら誰もが心の中で知っているからだ——

彼は必ず帰ってくる、と。


ただ、それがいつなのか、わからないだけだ。


---


【終幕:ただいま】


ある夜のこと。

卓袱台の周りには、阿楽、琪琪、加美、御前、教授、氷河、椎名、千雪、翔太、ピーター、アーサー、石原夫人……

ほとんど全員がいた。


トヤはもう奥で眠っていて、甘い夢を見ている。


窓の外の星はとても明るい。

卓上の茶は少し冷めかけている。


御前がふと口を開く。

「みんな……店主は今、どこにいるんだろう?」

(彼はまだ天神を店主だと思っている。)


誰も答えない。


加美がうつむく。

「彼は言った……『現実は、お前たち自身で書き換えるのだ』って。」


琪琪がそっと言う。

「もしかしたら……もう私たちだけで歩いていけるって、彼は思っているのかも。」


阿楽はあの閉ざされたドアを見つめる。

「でも……」

彼は言い終えられない。

なぜなら自分でも、何を言いたいのかわからないからだ。


ただ——

あの人に一言、話してほしい。

どんな言葉でもいい。


そして——


ドアが開いた。


全員が同時に顔を上げる。


ドアの外に、一人の人物が立っていた。

猫バスの抱き枕を抱えている。

あの、いつもと変わらぬ服を着ている。

あの、いつもと変わらぬ優しい笑みを浮かべている。


彼は敷居をまたぐ。

まるで、これまでの何気ない日常のように。

まるで、ちょっと出かけていただけかのように。

そっと言った。


「ただいま。」


部屋の中が、一瞬静まり返る。


そして——


加美が一番に飛びつき、彼の腰に抱きつく。

阿楽は笑い、目が赤くなる。

琪琪は指数の上昇を感じるが、画面を見ず、ただ静かに微笑む。

御前は立ち上がり、深々とお辞儀をする。


そして、全員が——

全員が声を揃えて、一番嬉しそうに、一番楽しそうな声で、彼に向かって言う。


「おかえり!!」


その声は部屋中に響き渡る。

笑みを帯びて、温かくて、そして「やっと帰ってきた」という喜びに満ちている。


天神は中に入ってくる。

卓袱台の、ずっと空いていたあの席に腰を下ろす。

見渡す。笑顔の一つ一つを見つめる。


そして——

彼も笑った。

まるで子どものように。


「いやー、すまんすまん、」彼は猫バスの抱き枕を抱え直し、真面目な顔で言う。

「新幹線が混んでてさ。」


全員が一瞬、固まる。

そして——


部屋中が爆笑に包まれた。


加美は笑いすぎて涙を流す。

阿楽は膝を叩いて笑う。

琪琪は口元を隠し、肩を小さく震わせる。

御前までもが、思わず笑みをこぼす。


だって——

こんなこと、ありえないのに。

でも、彼が言いそうな言い訳だ。

一番平凡で、一番日常的で、一番「神様らしくない」言い訳。


だからこそ——

彼は、家族なのだ。


窓の外、星々がきらめく。

屋内は、変わらぬ温もりに満ちている。


琪琪の愛能指数の画面——

数字が、そっと一つ跳ねる。


100%。


世界が完璧になったからではない。

なぜなら——

家が、完成したからだ。


---


琪琪は夜空の、ある特定の方角を見つめる。

そこには、三つの星があり、他の星よりも優しく、リズミカルに瞬いている。

彼女は、とても短い信号を受信する。


「愛能指数 100%……確認。」

「兵器放棄の進捗状況……確認待ち。」

「我々は待つ。地球が真に平穏を取り戻すその日まで、我々は土産を携えて戻る。」


琪琪はその通信をしまう。

口元に、自分だけがわかる微笑みを浮かべて。


阿楽が尋ねる。「どうした?」

琪琪は首を振る。

「何でもない。ただ……今晚の星は、なんだか友達みたいだなって。」


---


【第一季・終わり】

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