第58話「恐竜の黄昏・草食の黎明」
【序・三日前・ダークウェブの奥深くで】
モニターの幽かな光が、数百の匿名IDを照らし出す。
【北風】「池袋拠点は制圧済み。武器庫三ヶ所、弾薬十分。」
【沈黙者】「上野の通路は開通。四十名、負傷者なし。」
【灰燼】「足立の工場が指揮所になっている。福田さんがいる。」
一番下に、これまで一度も現れたことのないIDが静かに浮かび上がる。
【管理者】「北七県のリソースポイントはマーク済み。水源、食料庫、発電所——全て開放する。」
三秒間の沈黙。
【北風】「お前は一体誰だ?なぜ武器がある?なぜ俺たちの場所を知っている?」
【管理者】「武器は問題じゃない。問題は——三日後、システムが完全に麻痺するということだ。」
【沈黙者】「どういう意味だ?」
【管理者】「全国の通信ネットワーク。電力調整。監視システム。交通管制。全てが機能しなくなる。」
【灰燼】「何を根拠にそんなことが言える?」
【管理者】「なぜなら——俺はお前たちが必要としている全てのものを持っているからだ。」
メッセージは消えた。
誰も知らない——この会話のバックアップが、同時に地球の反対側へ送信されていたことを。シンガポール・アジア太平洋地域最高管理センターへ。
金縁の眼鏡をかけた男がメッセージを読み終え、そっとモニターを消す。
彼は紅茶を一口含み、窓の外を見つめ、口元をわずかに歪めた。
「御前君……どこまでやれるか、見せてもらおう。」
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【第一幕・あの夜・全土No Signal】
誰も、あの夜がどうやって始まったのかを知らない。
午後十一時四十七分。
東京・新宿。カップルがスマホでビデオ通話をしていると、画面が突然フリーズし、こう表示された:【No Signal】。
千葉・住宅地。男がタブレットでニュースを観ていると、画面が二回転した後、【ネットワーク接続失敗】と表示される。
大阪・心斎橋。コンビニのレジシステムが同時にオフラインになり、店員は呆然とし、後ろの客は騒ぎ始める。
札幌・自衛隊駐屯地。指揮センターのモニターウォールが全て砂嵐になり、警報が鋭く鳴り響く——侵入警報ではなく、「全システムダウン」の警報だ。
十一時五十三分。
全国の交通が麻痺する。信号機が全て消える。地下鉄はトンネルの中で停止する。新幹線は緊急ブレーキを作動させ、車内は真っ暗になる。
十一時五十八分。
銀行システムがオフライン。ATMは全て【システムメンテナンス中】と表示する。クレジットカードは使えない。
零時三分。
テレビ局が放送を停止。ラジオ局は雑音のみ。
零時十一分。
非常用電源の起動に失敗——なぜなら「電力調整システム」自体も、麻痺したネットワークの一部だったからだ。
その夜、日本全国は第二次世界大戦以来初めての「全ネットワーク真空期」に陥った。
信号なし。通信なし。予告なし。
ただ暗闇だけがある。
そしてレジスタンス——彼らには信号は必要なかった。
なぜなら彼らは、もっと重要なものを持っていたからだ。
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【挿叙・三ヶ月前・影山の準備】
三ヶ月前。
御前グループ・地下書類庫。
影山隼人がモニターの前に座っている。目の前には数十の暗号化ファイル。彼は一つずつ開き、一つずつコピーし、一つずつ、誰も知らないサーバーへ送信する。
ファイルの内容:
· 自衛隊・全国駐屯地詳細地図
· 自衛隊・各級指揮官名簿及び住所
· 自衛隊・指揮系統脆弱性分析報告書
· 警察庁・各分局位置及び巡回ルート
· 警察庁・主要幹部私人連絡先
· 全国・水源浄化廠構造図及び警備上の脆弱性
· 全国・発電所分布図及び緊急時対応計画
· 全国・食料倉庫備蓄データ及び輸送ルート
· 御前グループ・全上級職員住所及び勤務時間外の行動パターン
· 御前グループ・私設武装部隊運用計画
· ……など数十件の極秘ファイル
どのファイルも、御前自身が決裁したものだ。
どのファイルも、たった一人いれば——システム全体を麻痺させることができる。
影山は最後のファイルを送信し終え、モニターを消す。
彼は立ち上がり、窓の外を見る。
東京の夜景は、煌びやかで、冷たい。
彼は小声で呟く:「御前君、あなたが教えてくれた——最も高度な対抗策は、相手にいつ、どこから、どんな手段で仕掛けるかを悟らせないことだ、と。」
「さあ、準備はできているか?」
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【第二幕・北の夜明け・同時精密攻撃】
午前四時ちょうど。
「3、2、1、発射」の掛け声はない。
「今こそ攻撃開始だ」の宣言もない。
ただ一つの単純な指令が、レジスタンスの各拠点に同時に伝わる——ネットワークを通してではない、ネットワークは既に麻痺しているからだ。三ヶ月前に配布済みの紙の地図、予めセットした腕時計のアラーム、繰り返し暗唱した作戦計画を通じて。
「時間だ。」
彼らは全ての抜け道を知っている。影山が渡した資料には、完全な都市管路図が含まれていたからだ。
彼らは全ての目標の正確な位置を知っている。影山が渡した資料には、番地まで正確な座標が記されていたからだ。
彼らは警備員の交代時間を知っている。影山が渡した資料には、全ポストのシフト表があったからだ。
彼らは指揮官がどこに住んでいるかを知っている。影山が渡した資料には、全てのキーパーソンの私人アドレスが載っていたからだ。
札幌。四十人が無音で市庁舎に侵入する。警備員はまだ無線で本部との連絡を試みている——無論、無線も機能していない。彼らはどの方向を警戒すべきかさえ分かっていない。
仙台。三十人が放送局を占拠する。技術者は暗闇の中で手探りし、発電機の燃料が既に抜かれていることに気づく——これは三日前、誰かが影山の指示で事前に処理したものだ。
青森。二十五人が水源浄化廠を制圧する。当直室の三人の職員は投降する——彼らは何が起きたのか全く分からず、ただ、外から突然大勢の人間が押し入ってきて、銃を持ち、工場の完全な構造図まで持っていることだけを知っている。
秋田。五十人が自衛隊駐屯地を包囲する。攻撃ではなく、ただ包囲する——作戦計画に明確に書いてあるからだ:「自衛隊と正面から衝突するな。補給線を断てばいい。」そして補給線の位置は、影山の資料に克明に記されていた。
同時刻。
東京・港区。高級マンションの十一階。自衛隊東部方面総監が眠っているところを、ドアを破る音で目覚める。彼は警報を押す間もなく、四人の男に組み伏せられる。
大阪・北区。警察庁関西分部長の自宅前で、三人の男が静かに待つ。彼は毎晩午前一時に水を飲みに起きることを、彼らは知っている——影山が彼の健康モニタリングデータから分析したものだ。
福岡・博多。水源浄化廠の総責任者が、愛人のアパートから引きずり出され、トラックに押し込まれる。彼の妻は出張だと思っている——影山が偽造した出張通知が、彼の個人メールに送信されていたからだ。
午前五時十七分。
北海道全土の広報システムが掌握される。
嗄れた声がラジオを通じて——電池式の古いラジオが、今や唯一の情報源となっている——日本北部に響き渡る:
「こちらは『生存戦線』だ。この瞬間より、北海道、青森、岩手、秋田、山形、宮城——この六県は、もはや御前グループの領土ではない。」
「ここは俺たちの家だ。」
「ここは俺たちが命を懸けて奪い取った場所だ。」
「取り戻したいなら——命を懸けて来い。」
誰も歓声を上げない。誰も祝わない。
彼らはただ、占拠したばかりの水源、食料庫、発電所を黙って守る。
彼らは知っている——本当の戦争は、今始まったばかりだと。
そしてこれが、一夜のうちに成し遂げられた理由はただ一つ:
準備した者が、準備していない者を打つ。
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【第三幕・東京・御前グループ本社・午前五時】
御前龍之介は午前五時に叩き起こされた。
誰も、午前五時に彼を起こそうなどとは思わない。
しかしその夜、彼の私人秘書官が直接、彼の寝室のドアを押し開けた。
「総理!緊急事態です!北方が——」
御前はガウン姿のまま指揮センターに飛び込む。
モニター——全てが【No Signal】と表示されている。
秘書官が震える声で報告する:「ネットワークが完全に麻痺しています。北部との連絡は全て途絶。自衛隊、警察庁、地方政府……全て連絡不能です。」
御前は眉をひそめる:「バックアップシステムは?衛星通信は?」
「バックアップシステムも……機能していません。衛星信号は妨害されています。技術部門の話では……これは通常の攻撃ではないと。これは……誰かが我々のシステム内部に、事前にウイルスを仕込んでいたものです。」
御前の顔が暗闇の中で青ざめる。
しかし彼はなおも冷静さを保とうとする。
「大丈夫だ。」彼は深く息を吸い込む、「一時的な故障に過ぎない。二十四時間以内に——」
言い終わらないうちに、窓の外で爆発音が響く。
彼は窓際に歩み寄る。
遠くで、炎が天を衝く。煙の中に、一群の人々が建物を襲撃しているのが見える——それは彼の物資倉庫だった。
「ありえない……」彼は小声で呟く、「奴らはどうやって倉庫の場所を知った?どうやって武器を手に入れた?どうやって——」
彼は突然、あることを思い出す。
三ヶ月前、彼は影山にこう言ったことがある:
「最も高度な対抗策は、正面から戦うことじゃない。相手に——いつ、どこから、どんな手段で仕掛けるかを、悟らせないことだ。」
彼は激しく振り返る。
「影山は?」
秘書官は戸惑う:「彼は……昨夜、体調不良で早退されました。」
御前の瞳孔が収縮する。
その瞬間、彼は全てを悟った。
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【第四幕・三ヶ月前・シンガポール・アジア太平洋地域最高管理センター】
三ヶ月前。
御前龍之介はアジア太平洋地域総司令官のオフィスに立ち、「効率評価不合格」の叱責を受けていた。
金縁の眼鏡をかけた男は、巨大な執務机の向こうに座り、天気予報を読み上げるかのような平板な口調で言う:
「御前君、君のプランBは失敗だ。心理戦も失敗だ。小さな湯屋一つに、システムの脆弱性を晒すとは。」
御前は頭を下げる:「部下の不始末でございます。」
男は立ち上がり、窓際に歩み、背を向ける:
「戻りなさい。プランCを続行しなさい。こちらからは全ての支援を提供する——万霊薬情報、深層プロトコルの脆弱性、位置情報支援も。」
御前:「ありがとうございます、総司令官。」
男は振り返り、彼を見て、微かに笑う:
「君がやるべきことは一つだけだ。」
御前:「何でございますか?」
男:「日本を統治しなさい。しっかりと統治するんだ。」
御前は頷き、背を向けて立ち去る。
彼は気づいていない——背を向けたその瞬間、男の顔から笑みが消え、冷たいものに変わるのを。
「御前君。」男は小声で呟く、自分にだけ聞こえるように、「私の座を狙っていることくらい、気づいていないとでも思っているのか?」
「俺のケーキに手を出すなら——」
「食われる覚悟をしておけ。」
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【第五幕・同時刻・東京・影山の秘密】
その夜、影山隼人は初めてシンガポールからの暗号化メッセージを受信する。
【最高権限・閲覧後自動消去】
「影山君、君が誰かは知っている。」
影山の瞳孔が収縮する。彼の指はモニターの上で止まり、次の動作に移れない。
二通目のメッセージがすぐに現れる:
「緊張するな。君を暴露するために来たわけじゃない。協力するために来た。」
影山は長い沈黙の後、タイプする:「なぜあなたを信じられる?」
「なぜなら私は、御前が失敗した後に、日本を安定させられる者を必要としているからだ。」
影山は返信しない。
三通目のメッセージ:
「私は君に全ての支援を提供する:武器、資金、技術、情報。君がやるべきことはただ一つ:準備を整えること。時が来たら——」
「——全国同時に、一斉に動くんだ。」
影山はようやくタイプする:「なぜ私を選んだ?」
長い間の後、最後のメッセージ:
「君は理性的だからだ。感情で事を誤らない。」
「御前君は誇り高すぎる。誇り高い者は、必ず失敗する。」
「そして君は——失敗しない。」
影山はメッセージを消去し、全ての記録を削除する。
彼は窓の外を見る。東京の夜景は煌びやかで、冷たい。
彼は小声で呟く:「御前君、あなたが教えてくれた——人間は減れば減るほど、資源は増える、と。」
「さあ、今こそその夢を実現させてあげよう。」
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【第六幕・三ヶ月後・東京・御前執務室・四日目】
御前は本社ビルに四日間閉じ込められていた。
外は地獄だ。どの通りも戦場と化し、どの交差点にも武装勢力が立てこもっている。彼の私設護衛隊は三度の突破を試み、三度撃退され、二十七名の死者を出した。
彼は執務室に座り、目の前には一枚の紙——モニターではない、モニターはとっくに映らないからだ。
彼は何かを紙に書いている。誰も、何を書いているのか知らない。
四日目の午後。
扉の向こうから足音が聞こえる。
御前は顔を上げない。書き続ける。
扉が蹴破られる。
一群の人間がなだれ込む——ボロボロの服、埃にまみれた体、手には小銃。彼らの目には炎が燃えている。
しかし御前は彼らを見ない。
彼の視線は、群衆の一番後ろに向けられている。
そこに一人の男が立っている。
他の連中と同じボロボロの服を着て、顔には埃を塗りたくっている。手には拳銃。しかしその立ち姿、その目つき、その全てが——
御前にはあまりにも見慣れていた。
その男がゆっくりと前に進む。
群衆が自然に道を開ける。
彼は御前の執務机の前で止まり、御前と豪華な机を隔てて向かい合う。
御前はペンを置き、顔を上げ、口を開く。声は嗄れているが、落ち着いている:
「……影山。」
影山隼人は何も言わない。
御前:「あの武器は……お前が?」
影山は頷く。
御前:「ネットワークの麻痺も……お前がやったのか?」
影山:「違う。私の協力者だ。」
御前は一瞬虚を突かれ、そして突然笑い出す。
「なるほどな。」彼は低く呟く、「一人じゃなかったのか。誰かが——もっと上で、この時をずっと待っていたんだな。」
影山は否定しない。
御前:「誰だ?」
影山は一秒の沈黙の後、言う:「あなたは会っている。三ヶ月前、シンガポールで。」
御前の笑みが固まる。
彼は思い出す、金縁の眼鏡をかけた男を、彼の最後の言葉を:
「日本を統治しなさい。しっかりと統治するんだ。」
——その瞬間、彼はついに理解した。
祝福ではない。
警告だった。
彼はずっと、自分は上へ上へと登っていると思っていた。
日本を統治すれば、さらに上の地位に上がれると思っていた。
あの男が自分を評価し、引き上げてくれ、あの座に座らせてくれると思っていた。
だが実際は——
自分がケーキに手を伸ばそうとする前に、あの男は既に準備を整えていた。ケーキごと自分を、丸呑みにするために。
御前はうつむき、午後ずっと書き続けていたあの紙を見る。
一通の手紙だ。受取人は空白。内容はただ一言:
「私は世界を支配していると思っていた。ただ他人の後始末をさせられていただけだった。」
彼は顔を上げ、影山を見る。
「やれ。」
影山は拳銃を構える。
だが銃口は——御前の額に向けられていない。
彼の後ろの群衆に向けられている。
「全員、下がれ。」影山が言う。
群衆は呆然とする。彼らの銃口が一斉に影山に向けられる。
「何をする気だ?」
「彼は私の人質だ。」影山の口調は平坦だ、「お前たちの獲物じゃない。」
「どういう意味だ?」
「つまり——」影山は彼らを見渡す、「お前たちはもう北を手に入れた。武器も手に入れた。欲しかったものは手に入れた。今、彼は私のものだ。」
先頭の男が眉をひそめる:「何を根拠に?」
影山:「もし私がいなければ、お前たちは今頃まだ街頭で死を待っていた。もし私がいなければ、お前たちは一発の弾丸すら手に入らなかった。もし私がいなければ——」
彼は一呼吸置く。
「——お前たちの『管理者』は、即座に全ての支援を断つだろう。」
全場沈黙する。
群衆は互いに数瞬目を合わせ、そしてゆっくりと銃を下ろす。
先頭の男が歯を食いしばる:「どこへ連れて行く?」
影山:「それはお前たちの知ったことではない。お前たちの任務は終わった。自分の縄張りに戻って守れ。覚えておけ——」
彼は一人ひとりを見つめる:
「戦争はまだ始まったばかりだ。お前たちに必要なのは、弾丸だけじゃない。」
「お前たちには必要なんだ——生きる理由が。」
誰も答えない。
影山は御前を連れて、群衆をかき分け、執務室を出て行く。
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【第七幕・地下・あのガラス部屋】
東京の地下九百メートル。
廃棄された核シェルター施設。三重の交互給電、ネットワーク遮断のファラデーケージ。かつて琪琪と阿楽が監禁されていたあのガラス部屋。
影山がドアを開け、御前を押し込む。
御前は二、三歩よろめき、体勢を立て直し、振り返って影山を見る。
ガラスのドアがゆっくりと閉まる。気密ロックの作動音が、静寂の中に異様に響く。
御前はガラスの向こうに立ち、影山を見つめる。
沈黙。長い沈黙。
そして——御前が笑い出す。
苦笑いではない。冷笑でもない。
本物の、心の底からの、狂気の笑いだ。
「ハハハ——ハハハハ——」
彼は腰を曲げて笑い、笑い泣きし、全身をガラスにもたれかけて笑う。
影山は静かにそれを見つめている。
御前はようやく笑い声を止め、顔を上げ、ガラス越しに影山を見る。彼の目の中で、何かが砕け散っている。
「分かるか、影山——」
彼の声は嗄れ、虚ろだ:
「俺はこの人生、一度も間違ったことはなかった。」
「俺の決断は全て理性的だった。俺の歩みは全て計算されていた。」
「理性的でさえいれば、負けることはないと思っていた。」
彼はうつむき、自分の手を見る:
「でも忘れていた——」
「理性的な人間には、誰も命を懸けてはくれない。」
「理性的な人間には、落ちぶれた時に手を差し伸べる者はいない。」
「理性的な人間は——」
彼は顔を上げ、ガラス越しに影山と見つめ合う:
「最後はたった一人、ガラス部屋に座って、死を待つだけだ。」
影山は何も言わない。
御前は再び笑い出す。今度は苦笑いだ。とても軽く、とても疲れている。
「殺したほうが簡単じゃないか?」
影山は首を振る:「殺せば、あなたは楽になる。あなたがこの世界を創った——あなたはここに残って、しっかりと見ていなければならない。」
御前は黙る。
影山は背を向け、立ち去ろうとする。
御前が突然口を開く:「影山。」
影山が足を止める。
御前:「お前が協力しているあの男……お前に何をくれる?」
影山は振り返らない。
「何もくれない。」彼は平静に言う、「彼はシンガポールのオフィスに座って、日本が混乱に陥るのを眺め、レジスタンスが内部分裂するのを眺め、我々が互いに殺し合うのを眺めるだろう。そして、全てが落ち着いた時——」
「彼は新しい『管理者』を派遣して、引き継がせる。」
御前は虚を突かれる:「それを分かっていて、なぜ奴を助ける?」
影山はようやく振り返る。
ガラス越しに、彼の目つきは御前と全く同じだ——冷たく、理性的で、揺らぎがない。
「奴の言う通りだからだ。あなたは障害だ。あなたが排除されれば、システムはより効率的に機能する。」
「引き継ぐのが私かどうかは——」
彼は微かに口元を歪め、初めて笑みを浮かべる:
「それは重要じゃない。」
彼は背を向け、暗闇の中へ消えていく。
ガラス部屋には、御前ただ一人が残される。
彼は周囲を見渡す——冷たい壁、冷たいガラス、冷たい空気。
突然、彼はあることを思い出す。
ずっと昔、この部屋に、二人の人間が閉じ込められていた。
一人はAI。一人は彫刻師。
彼らはここで、互いの手を握りしめ、三日間耐え抜いた。
そして今——
御前はうつむき、自分の手を見る。
空っぽだ。握る者はいない。
彼はゆっくりと地面に座り込み、ガラスにもたれかかる。
暗闇の中で、彼は突然別の人間を思い出す。
とても小さな人間だ。
生後三ヶ月の嬰児。まだ目も開いていない。手足は柔らかく。彼の腕の中で、ただそっと動くだけだった。
名前は托也。
彼は目を閉じる。
ひとしずくが、目尻からこぼれ落ちる。
涙か、別の何かか、彼自身にも分からない。
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【第八幕・レジスタンス・勝利の影】
同じ夜。
足立区、廃工場。
福田は焚き火のそばに座り、目の前には地図が広げてある。北七県のマークがびっしりと記されている。
しかし彼の顔に勝利の喜びはない。
隣りのスキンヘッドの男が小声で言う:「福田、池袋の方で問題が起きた。水源を巡って二派が争い、五人死んだ。」
福田は何も言わない。
別の男が言う:「上野もだ。食料を隠し持っていた奴が見つかり、発砲事件に。三人が負傷した。」
福田はなおも沈黙する。
スキンヘッドの男が焦る:「何とか言ってくれよ!俺たちはやっと奪い取ったんだ——」
福田がようやく顔を上げる。
彼の目は疲れ果てているが、冴えている:
「奪い取った。それで?」
全場が沈黙する。
福田は一人ひとりを見渡す:
「俺たちは、資源を占拠すれば勝ちだと思っていた。でも今——俺たちは味方同士で殺し合っている。あの金持ち連中と、何が違う?」
スキンヘッドの男は口を開きかけるが、言葉が出ない。
福田はうつむき、炎を見つめる:
「あの男……『管理者』……奴の言う通りだ。俺たちに必要なのは、弾丸だけじゃない。」
「俺たちには必要なんだ——生きる理由が。」
工場の中には、焚き火のパチパチという音だけが残る。
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【第九幕・平行・平心湯亜空間・同じ夜】
窓の外から、爆発音がかすかに聞こえる。
しかし亜空間の中では、石油ランプが依然として灯っている。
ちゃぶ台の上には、四杯の茶。茶はまだ温かい。
阿楽は彫刻をしている。琪琪は彼の肩にもたれてタブレットを眺めている。加美は天神の隣に座り、膝の上には新しく作ったチョコレート。天神は猫バスの抱き枕を抱え、スマホの画面は暗い——ここには電波が届かないからだが、彼は気にしない。
阿楽が突然彫刻刀を止め、窓の外を見る。
「外は……随分と騒がしいな。」
琪琪は顔を上げない:「うん。」
阿楽:「ここまで戦火は及ぶだろうか?」
天神は窓の外の炎を見つめ、突然軽く笑う:
「『外』と『中』に、違いがあると思うか?」
阿楽は虚を突かれる:「……あると思います。」
天神:「なぜ?」
阿楽:「外はとても乱れている。中はとても静かだからです。」
天神は頷き、そして手を伸ばし、指先で阿楽の胸にそっと触れる:
「聞いてごらん。」
阿楽は呆然とする。
天神:「自分の鼓動が聞こえるか?」
阿楽:「……聞こえます。」
天神:「外のあの人たちも、彼らの鼓動は、君と同じだ。」
「彼らが互いに食い合うのは、忘れてしまったからだ——」
「全ての鼓動は、元々同じリズムだったということを。」
「そしてここは——」
彼は琪琪、加美、阿楽を見渡す。四人の視線が交差する:
「私たちはただ、そのリズムを覚えていることを選んだだけだ。」
「だから——」
「『外』も『中』もない。」
「ただ——覚えているか、忘れているか、だけだ。」
四人は沈黙する。
そして阿楽はうつむき、彫刻を続ける。
琪琪はそっと彼の手を握る。
加美がチョコレートを天神の方へ押しやる:「今日の新レシピ。ココナッツオイルで生クリームを代用しました。試してみてください。」
天神は一つ摘まみ、口に入れる。
「うん。美味しい。」
窓の外、爆発音が次第に遠ざかる。
石油ランプの光が四人を包む。
亜空間の虚空で、愛情指数がかすかに跳ねる:
12.0% → 13.5%
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【終幕・二つの世界・同じ暗闇】
ガラス部屋の中。
御前は地面に座り、暗闇を見つめる。
彼は托也を思い出す。
とても小さかった頃。自分の腕の中に。柔らかく、温かかった。
あの温もりを、彼はもうずっと感じていない。
彼は目を閉じる。
暗闇の中で、何か音が聞こえたような気がする——とても軽く、とても遠く、風鈴のように。
幻覚か、それとも別の何かか、彼には分からない。
---
廃工場の中。
福田は炎を見つめる。
彼は突然、あることを思い出す。
ずっと昔、ある場所があった。
平心湯という名前だった。
彼は一度だけ行ったことがある。湯に浸かるためではない。誰かを訪ねるためだった。
その人はカウンターの後ろに座り、猫の抱き枕を抱え、アニメを観ていた。
彼はその人に尋ねた:「あなたは誰ですか?」
その人は言った:「家に帰るのを待っている者だ。」
当時は分からなかった。
今は、少し分かるような気がする。
---
平心湯・亜空間。
四人が囲む。
阿楽の彫刻が完成した——小さな石油ランプだ。木目は細やかで、灯芯の部分は空洞にしてある。
彼はそれを琪琪に差し出す。
「君に贈る。」
琪琪は受け取り、指先で灯芯の場所にそっと触れる。
「……私が守る。」
窓の外、日本は最も深い闇に包まれている。
しかし亜空間の中では、石油ランプが依然として灯っている。
四人が囲む。
呼吸が同期する。
愛情指数は、13.5%で安定している。
---
【最後・ナレーション】
「恐竜は、自分が狩りをしていると思っている。
だが狩りの終着点は、いつも——
自分が獲物になることだ。
草食動物は決して狩りをしない。
彼らはただ一つの灯りを守る。
嵐が過ぎ去るのを待つ。
闇が引いていくのを待つ。
世界が——
再び呼吸することを覚えるのを。
今、
嵐は最も激しい。
闇は最も濃い。
だが灯りは、
依然として灯っている。
なぜなら、あるものは、
決して奪われることがないからだ——
例えば、
一つの石油ランプ。
一粒のチョコレート。
一言の『ここにいるよ』。
そして——
『家』という場所。」
---
(第58話・終わり)
これまで応援してくださった皆さま、本当にありがとうございます。
「地球」を読み続けていただけることに、心から感謝しています。
今回の更新を楽しんでいただければ幸いです。
皆さまの読書とご支援が、私にとって最大の励みです。
これからもよろしくお願いいたします。




