2.こんな私でも。
授業のあと、珍しく先生が私に話しかけてきた。
「お願いがあるんだけど、隣の席だから五十嵐さんに学校のこと教えてあげられる?」
一瞬ピクリと肩が動いた。
なんで私が……。
だが、先生の言うことを聞かないわけにはいかない。
「え、はい。わかりました」
「私も教えてあげていいですか?」
「え!」
後ろを振り向くとありさがいた。
「あ、ありささん……」
ちらっと先生のことを見ると先生は嬉しそうに頷いていた。
「よろしくね。玲奈ちゃん」
ありさはそう言って微笑んだ。
ありさとは中学生のとき同じ学校だったから知っている。だけど、初めて話すのに、ありさってすごい。こんなんじゃ、誰とでも仲良くできちゃうじゃん。羨ましい。
ありさの凄さに私は驚いた。
「うん。よ、よろしく。ありささん……」
私は思わず下を向いて言った。
ありさ、嬉しそう。
「よしっ、行こっか」
「は、はいっ」
ありさは私を押しながら、悠也のところまで駆け寄った。
「五十嵐裕也さん。私、川崎ありさっていうの。学校の案内をするね」
そしてありさはチラッと私を見た。
「あ、私もしますっ!」
私は急いで頭を下げた。
悠也はぽかーんと口を開けている。
「ありがと、俺ちょうどトイレに行きたかったんだよな、教えてくれよ。他の教室も」
言いながら悠也は席を立ち私達のところへ来た。
「わ、私も案内しよっか?」
友花は悠也の腕をつかみ、頬を赤らめて言った。
「ううん。大丈夫だよ」
そう言って友花が掴んでいた手を引き離した。
友花の顔はどこかせつなく、私の背後から鋭い視線を感じた。
友花さん、もしかして悠也のこと……。
私はそう思いながら、ありさのあとをついて行き、廊下を出て私の教室を見た。
みんながこそこそと何かを話している。いやな気持ちと同時に「あ」と思った。今は悠也の席にはみんないて、私の席がほとんどいや、ないように見える。
「私ってあんな存在なんだ」
私はぼそっと言った。
「あんな存在って?」
「見えない存在。――って、えっ!」
振り返ると真後ろに悠也が立っていた。
「ゆ、悠也さんっ!?」
近いっ。
私は目をつぶろうとした。
「相澤さんはしっかり見えているよ?」
「えっ!」
つぶろうとした目がぱっとあく。
「ほら、ここにいるじゃん」
悠也は私を指さした。
そりゃ、ここにいるけど!
でも、自分から「見えない存在」なんて言ったとしても、そんなの当たり前。だっていてもいなくても、何も変わらないんだから。
涙が出そうになった。
胸が苦しいように痛い。
「っていうか、俺から見たら相澤さん、めちゃくちゃ良く見えるよ?」
え。
「五十嵐さん、トイレいかなくていいの?」
ありさが悠也に言う。
「あ、行く!」
悠也は私から離れ、ありさのところに行った。
「ここだよ」
ありさはトイレを指さした。
「ありがとな!」
悠也は言い、トイレへ向かった。
びっくりした。至近距離だったから、心臓が止まるかと思った。
私はありさのところに駆け寄った。
ありさはトイレの近くにある窓から遠くを見ていた。外は男子たちがサッカーをして遊んでいる。
「男子たち元気だね」
勇気をだして言った。
だが、ありさからの返事はない。
やっぱり、だめか。
ありさの方を見ると斜めに見える校庭ではなく、まっすぐ、ずっと向こうを見ていた。
ありさの横顔はきれいでどこか悲しそうだった。まっすぐ見ているありさの目はとても綺麗だった。
「玲奈?」
「えっ!」
ありさに不意に話しかけられびっくりした。
「なーにぼーとしているの?」
た、確かにぼーとしてた。
ありさに気を取られてた。
「いや、別に。っていうか、玲奈って呼び捨て?」
「だめだった?」
ありさが首をかしげながら私に問いかける。私は急いで首を振った。
「いや、そうじゃない! ただ、そうやって言われるの初めてだったから……」
思わず下を向いた。
「そ」
ありさはその一言で前を向く。
惹かれちゃったかな?
「じゃあ、行こうか」
後ろを振り返ると悠也がいた。
ありさはその場を離れ私の腕をつかみ歩き出した。そして、私もその後をついて行った。
ありさは優しい。
こんな私でも話しかけてくれるんだ。
――こんな私でも。