第96章:総括(14):負け犬の言い訳と、冷静なる自己分析(その5)
・・・ぼくは、数字に弱い子供だったが、同時に、
「整理整頓」も、まったく苦手な子だった。
なんつたって、あなた。
いまでも、愛車ん中は、ゴミだらけだし、そのぉ・・・
書斎の中も、本棚以外は、そりゃきったないんでございます♪
・・・コレじゃあ、
恋人を助手席にのせたり、
部屋に招き入れることはできませんなぁ(笑)。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ぼくは、
幼少期から、「身支度」も苦手。
体育の授業に臨むときの「着替え」もそうだったし、
小学校の「帰りの会」・・・つまり、「ホームルーム」が終わって、ランドセルに教科書やノートや筆記用具や、
配られた、「来月用の給食の献立」のプリントを、しまいこむのも、モタモタして・・・
いつもいつも、「ビリっかす」。
担任の神田晴子先生(= 故人)からは、
「のろま」「うすのろ」と揶揄されていた。
・・・ちなみにぼくは、
いまも、昔となんら変わることのない、
せっかちな側面はあるものの、基本・・・
「うすのろ」なオジサンである♪
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
小学校の中学年・・・つまり、
3年生・4年生のころには、
「小島」という20代後半の、若い女教師が、ぼくらの担任になった。
・・・とても冷たい表情で色白の、能面のような印象の人で、
およそ、「あたたかみ」というものが感じられない、
ぼくの「恩師」の中でも、
嫌な記憶しかない教師だった。
小島先生はぼくに、よく、算数の「居残り」を命じた。
ぼくに、「アドバイス」や「ヒント」をくれることもなく、
ただひたすら、無言の「鉄仮面」のような面持ちでもって、
まるで、マネキンか人形が有するような、
「動かないガラス玉のような眼」で、
ただぼくを冷たく見おろし・・・
「正解の答案」をぼくが書くまで、帰宅することを許さなかった。
・・・そこに流れていたのは、
乾いた荒野や砂漠に吹くような・・・
「相互不信の不毛な風」であった。
☆ ☆ ☆ ☆
ぼくは・・・いまもそうだが、
「筆算」による、整数の四則・・・
つまり、足し算・引き算・掛け算・割り算が苦手だった。
いわんや、小数による、ソレをや。
分数の計算も不得意だったな。
家庭での、今度は父による「算数のスパルタ教育」と並んで、この、
「小島式・個別の居残りスパルタ課外授業」もまた、
数少ない、
小学校時代における・・・
「トラウマ記憶」
「悪しき思い出」となっている。




