第43章:人生最後のクラス会(7):1996年、鬼怒川温泉ホテルでのクラス会(その4)
・・・ぼくは、なんだか非常にうれしかった。
卒業以来、
このクラス会に参加するまでの苦労や屈辱感がぬぐいとられ、
そして、かなりの程度「癒される」結果になったからだ。
(やはり今回、勇気をふりしぼって、この同窓会に参加してみて正解だった。圭司さん(= 加藤君)やぼーや(= 弓井君)に誘われるままに、いやいやながら、なかば強引に、この会場へ来たわけだったけれど、実際来てみて、本当によかったよ・・・。収穫はあったもんな。)
藤田先生は、
「当時のみずからの罪の重さ」
「やりすぎ、行き過ぎた熱血教育」
を、心から猛省なさっていた。
そして内心ひそかに、ぼくをずっと気にかけ、
なんとかこのとき、国家公務員になって立ち直っていたぼくの努力と粘り強さ、サバイバル精神などを認め、過去の罪に対する、ぼくへの申し訳ないと思う気持ちと、素直に喜ぶ心が入り混じった複雑な心境で、ぼくを迎えてくれていたのだった。
そして、一方のぼくは・・・
ぼく自身がそういった「事実の重さ」を理解し、受け入れることができた、この瞬間の尊さを、しずかにかみしめていた。
みんなも、ぼくの行く末や、運命のなりゆきをを気にしてくれていた。
ぼくは・・・
当時、みんなや先生を呪い、うらみ、憎み続けていたことを、この夜、心の底から後悔した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(・・・あつし君、ありがとな。ぼくが先生に言いたかったことを、文言は短かったけれども、君がすっかり、ぼくの代わりに告げてくれたようなものじゃないか。ぼくは、君のような優しさと思いやりと、そして友情あふれる友達が、わが3年6組にいたことを、誇りに思うよ・・・。)
この時点・・・こと、ここにいたってぼくは、
先生や、クラスのみんなの冷たく、よそよそしい当時の扱いや態度を、
はじめて、心から許すことができた。
・・・そうしているうちに、いつしか場の空気は、元のなごやかでおだやかな雰囲気を取り戻していった。
このあとぼくらは、
バイキング形式の温泉ホテルの夕食をたのしみ、
めいめいが温泉につかって、日頃の仕事の疲れを癒し・・・
すがすがしい笑顔で、また他日の再会を約束し、
帰宅の途へ着いたのである。




