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俺はまっすぐ走った。畑を超え、小道を渡り、小さな用水路を飛び越えようとした。そこで見たことのない物が目に入る。
用水路の手前あたりに機械的な何かが施設を囲うように張り巡らされているのだ。太いワイヤーのようなものだろうか、用水路を超えるため跳躍した俺は同時にその機械も飛び越えた。
何も起こらない。しかし安心して着地し歩を進めようとした瞬間、不可視の網が顕在化した。現れた網は同時に弾性を取り戻し、網に突っ込んで引き延ばしていた俺を勢いよく跳ね返した。
嫌な予感がする。施設を取り囲んでいるその機械をあらゆる場所から飛び越えてみる。結果は同様、テニスボールかバドミントンのシャトルのようにはじき返され、無様に地面に転がった。これは明らかに前回の脱走時にはなかったものだ。この施設の何かが、前回とは変わっている。
だが先の一件で思い出した。壁を越えた、明確な目的を。
俺は前回、解毒剤を入手するために壁を越えたのだ。解毒剤、そう呼ばれるものを求めていたことは思い出したが、それが何かは皆目見当もつかない。
解毒剤、ということは我々は何かに侵されているのだろうか。遅効性の毒物の類であろうか。それとも何かしらの精神汚染でも受けているのだろうか。
しかしその、解毒剤とやらを入手しなければ、たとえこの施設を脱したとしても俺に未来はないということだけは分かる。解毒剤は、施設内からはアクセスできない。壁を越え、施設の裏に廻った所に隠されている。だから前回は壁を越えたのだ。
あれは、この施設としては不自然に厳重な保管がされている。そういう意味では、あの不可視の網も不自然である。言うなれば、この施設が本気になっているという凄みを感じる。