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「よろしいのですか? お声をかけなくて」
「ああ、良いんだよ。………心配をかけて、済まないね」
城の外れにある離宮から、聞きなれた艷声が聞こえてくる。
「やあっ、もっと強く抱いてください。好き、好きなの、ライオネス様ぁ。もう、何処にも行かないで!」
「可愛いよ、ナナリー。俺はずっと一緒にいる。もう二度と離さない!」
そこには前国母たるナナリーが、前国王そっくりな男と絡み合い愛を囁いている姿があった。
ライオネスは悲しげな微笑みを、共にいたブルーネに向け城を後にした。弟達に最後の挨拶を出来なかったのは、仕方がないと諦めて。
「もう行こうか、ブルーネ」
「はい。ライオネス様」
この国スキエーヒは、少し前に国内が混乱状態にあった。
真実と思っていたことが、嘘に変わったのが昔のことのように思えた。
◇◇◇
賢王と呼ばれたライオネスには、王命で結ばれた王妃ナナリー(元侯爵令嬢)がいる。
ピンクブロンドの真珠のような艶の髪と、透き通る肌を持つ可愛らしい女性だ。うるうるの瞳は新緑の鮮やかさがある。
だが3年経ても子が出来ず、ブルーネ(元伯爵令嬢)が側妃として入宮することになった。
ナナリーの父アソームは軍務大臣で、派閥の力も強く、少なくない発言力を持っていた。
彼が協定を結んだことで、周辺国からの平和を勝ち取ったと言っても過言ではない。
そのせいで側妃の話は難航した。
アソームは次代の国王の祖父となり、陰から実権を握ろうと画策していた為、可能な限り側妃の話を退けた。
ナナリーが駄目ならば、親戚筋の女子を宛てがおうと思っていたから(現在は皆幼く、3、4年の時間が必要だった)。
出来れば、娘に何としても子を生させたい。
その時間を稼ぐ為に、ブルーネ・アジャール伯爵令嬢を指名したのだ。周囲を煙にまくように。
今の所、年回りが近く婚約者や夫がいないのは、彼女くらいだったから。
下手に隣国の姫や貴族等を呼ばれ子を生されれば、アソームの計画が崩れかねないから、国外からの話ははね除けた。
ブルーネには瑕疵がある。
だから一度は、議会で反対された。
けれどアソームがごり押しした。
「娶ってみなければ解らないだろう? それに一度は陛下の婚約者に指名された身だ。資質に問題はあるまい」
貴族達の顔を睥睨し、威圧をかけるアソーム。
側妃にしたい前提条件が違うのに、彼は譲らない。そして彼に強く言える者もいなかった。
………1か月後、ブルーネが側妃として城にあがった。
◇◇◇
「申し訳ありません、陛下。私ではお役に立てませんのに」
水色の髪を揺らすブルーネは、初夜の晩悲しげにライオネスを見つめた。
彼女の紺碧の瞳からは、涙が溢れ出す。
「よく来てくれた。……………会いたかった、ブルーネ。泣かないでおくれ。私の方こそ、済まない。またこんな伏魔殿に君を戻してしまった」
ブルーネは首を横に振る。
「いいえ、謝らないでください、ライオネス様。私は貴方様にお会いしたかったのです。………もし明日死んでも悔いはございません」
「ブルーネ、君は………」
ライオネスは優しく彼女を抱きしめた後、情交を交わすことなく手を繋いで床についた。
◇◇◇
かつて二人は、相思相愛の婚約者だった。
しかしライオネスの両親が、視察中賊に刺殺され亡くなり、若くしてライオネスが即位した。
その時彼は12歳で3つ下の弟がいたが、両親と同じ場所で殺害されてしまった。
そこで彼を支えたのが、当時から軍務大臣のアソームだった。
そんな中で、婚約者のブルーネが倒れた。
医師の見解によると、長期的な毒投与の可能性が指摘された。
ブルーネは3日3晩意識不明で、生死をさ迷った。
その際に内臓に損傷が残り、特に妊娠は困難だろうと診断された。虚弱な状態は現在進行形である。
その後に婚約解消と、ナナリーが王妃になることが決まったのである。
毒を盛っていたのは、長く勤めるブルーネの侍女アニスで、罪を告白した後、牢獄で服薬自殺した。奇しくもブルーネに盛っていた毒と同じ物だった。
「アニス、どうしてこんなことに…………。ああ、ライオネス様。不甲斐ない私のことはお忘れくださいね。うっ、ひっく」
ブルーネは体の不調と、信じていた侍女の裏切り、そして愛するライオネスとの婚約解消で、暫く床で臥せっていた。
彼女の家族は愛する娘を守る為に、警備を強化し片時も離れることなく過ごす。
そして社交界から人知れず、一家は姿を消したのだ。
◇◇◇
ライオネスは何度も見舞いに行ったが、ついぞブルーネに会うことは叶わず時が過ぎた。次第に多忙な執務で時間も取れなくなり、身動き出来なくなっていく。
彼も親兄弟を亡くし、ブルーネも失いかけて、ただただ必死に生きているだけで時間が過ぎていた。
けれど王妃になったナナリーは、不満を溜めていた。
大好きな父からは、執務などしなくて良い、その場にいさえすれば良いと言われていた。パーティーや社交などには恙無く参加していたが、王妃教育が中途半端な為に、王妃の執務は側近が熟していく。
幼い時から王太子妃はブルーネに決まっていたので、ナナリーは教育を受けている最中である。全てが完璧と言われていたブルーネに比較されているようで、やる気がでない。否実際に、陰口のような物言いも聞いたことがあった。
そもそも彼女は王妃になりたいと言うよりも、ライオネスのことが好きなのだ。
精悍な体躯に深赤の鋭利な瞳が、自分に向くだろうことをずっと願っていた。手に入らないと思っていた男を、ブルーネから奪った形になったが、どんな風に愛してくれるのかを考えるだけで恍惚としていた。
だが現実には甘い言葉もほぼ皆無で、義務のように軽い抱擁と口づけし、子種を挿入するだけ。それも週に一度あるかどうかだった。それでも彼は睡眠を削り、役割を熟していたのだが、甘い生活を期待していたナナリーが満足できる筈もない。
「こんなの全然違うわ。ライオネス様は、私のことを愛していないの? やはりブルーネのせいなのね。許せない!」
彼女には国を統べる王を支える心構えなど皆無で、ライオネスの重圧や現在の立場、役割などを知ろうともしなかった。彼なりにナナリーを大事にしていることさえも。
ある意味、自らお飾りの如く成り下がっていく。
この頃から彼女は、勝手な嫉妬心からライオネスを裏切り護衛騎士との逢瀬を重ね始めるのだった。
◇◇◇
見目麗しい護衛は、生家にいた時から彼女に遣えていた者で、5人が5人ともタイプが違うイケメンだ。
少年のような、線の細い可愛い小悪魔系。
口調厳しめの、理知的で黒縁眼鏡の仕事できる系。
直感主義、筋肉ムキムキの格闘系。
男女かけねなし、博愛主義のナルシスト系。
甘やかしてくれる、ちょい年上の髭ダンディー系。
タイプは違えど、騎士なだけあり皆逞しい。
最初は小悪魔とだけだったが、気づけば全員と関係を持っていた。
さすがのナナリーも、避妊薬を欠かさず飲んでいたのは言うまでもないが。
「みんながいてくれて、良かった。そうじゃなかったら、寂しくて泣いちゃってたよ」
満面の笑みで彼らに感謝するナナリー。
満足そうに頷く護衛達。
彼女が奔放なのは、昔から親の力が働いていたせいだ。愛娘を懐柔出来るように、賢く教育しなかったのが今になり裏目にでたアソーム。
今の彼女は、王宮の支配下にある。
けれど想像力のない彼女は、全てが自分中心に動くと信じていた。
彼女の護衛達も、護衛である自分達に疑いの目を向けられていることに気づくことはなかった。護衛が傍にいるのは当たり前だからと、言い訳も考えていた。
◇◇◇
そんな状態であるナナリーが、妊娠することはなかった。
もしかしたら妊娠の気配があったかもしれないが、避妊薬により間引かれた可能性もある。それほど頻繁に事に及んでいたのだった。
そんな最中で、かつてのライオネスの婚約者が側妃になったと言う。自分のことは棚にあげ、当たり前のように苛立った。
自分に関心の薄いライオネスが、唯一愛し合った女が来る。他者と体を重ねても、自分がライオネスを愛している気持ちは、今も色褪せてはいないのだ。
「せっかく生き残れたのに。よっぽど殺されたいのねブルーネ」
歪んだその笑みは護衛達も見ていたが、その顔さえも可愛らしいと思われていた。
◇◇◇
ブルーネが入宮し、数週間が過ぎた……………。
「ごきげんよう、ブルーネ様。陛下のご寵愛はいただけているのかしら?」
「ごきげんよう、王妃様。陛下には、いつも気にかけていただいております。なにぶん虚弱なもので、申し訳なく思っております」
「あらぁ、そうなの。それより、子は孕めそうかしらね? 貴女が側妃になった意味は、それだけなんだから」
「それは………申し訳ありません。可能な限り頑張る所存です」
「そうね、お願いするわ」
ふんっと、不機嫌さも隠さずナナリーはその場を後にする。ブルーネは側妃らしく頭を下げ見送る。
虚弱なブルーネが閨ごとを熟すだけで、体の負担に繋がることは見ただけで解る。
肉感的なナナリーに対し、ブルーネには無駄な肉一つなく頬は痩けてさえいるのだから。
空のように美しい水色の髪と、透き通る程白い肌で紺碧の瞳の組み合わせは、水の妖精のように神秘性が感じられる。誰も触れることのできない、女神のように。
美しく健康な身からすれば、羨ましくなどない筈なのに何故だかイライラが募る。
(あの女が子を生すことはない。恐らく閨ごともされてはいない筈。………所詮時間稼ぎにお父様が呼んだ女なのに、こうも気にさわるのはどうしてなの?)
ナナリーは無意識下で、自分が嫉妬していることに気づかぬようにしていた。
そうでなければ、ライオネスのブルーネへ向ける優しい視線や閨ごともないのに共寝する二人の間に、自分が入り込めぬ絆があることに気づいてしまうからだ。
父の指示は一つ。
王妃であり続けること。
感情を爆発させてライオネスを詰ったり傷つけたりすれば、間違いなく父から叱責を受ける。
彼女はそれが、何よりも怖かった。
◇◇◇
アソームは益々軍事力を強化していく。
宰相の意見など何処吹く風で、他を減らしてでも予算をさらっていく。
「陛下は、私に任せてくれれば良いのです。国が富めば、貴族も民も不満など無くなりますから」
確かに周辺国との和平は、アソームが勝ち取ったものだ。それも我が国に有利な条件を突きつけて。
鉱物しか資源がない自国が不利にならないように、武力を前面に出して強気に押した。その手腕が評価されての今なのに、彼は何故か戦争を始めようとしているのだ。
誰も戦争は望んでいない。
なのに彼の周りの者は、利益に目が眩み加担し始めた。
物資や武器の製造・確保、人員・資金回収などを、アソームが中心になって行っていく。
ライオネスはそれを止めるように発言するが、アソームやその派閥に押され、丸め込まれてしまう。ライオネスは宰相と顔を見合わせ困惑した。
◇◇◇
いろんな予算が削られて、夜会やパーティーも縮小されていた。
目に見えてきな臭くなる雰囲気に、貴族も平民達も日々不安が募っていく。
そこに武装した10万人を越える大帝国軍が、王都に流れ込んできた。
そして城と、アソームの侯爵家を包囲したのだ。
「な、なんだこれは? どういうことだ!!!」
彼らは夜間のうちに移動し、城と軍務大臣邸を取り囲んだことになる。そんなことは可能なのか?
それを可能にしたのは、ライオネスと宰相の呼びかけで協力した貴族達の助力あってこそだ。
議会で周辺国への戦争を高らかに宣言し、ライオネスの制止を振り切ったアソームは、国家転覆を謀る反逆者と認定されていた。
だが真っ向に罪に問える力は、ライオネスにはなかった。
権力も財力も一定数の人心も掌握しているアソームにとって、ライオネスは非力である。
しかしながら、彼はスキエーヒ国の王である。
彼の母は隣国の侯爵家出身で、母の父方の祖父は帝国の前王弟の三男である。
そこでライオネスは、祖父に援護を求めた。
この国の王位を譲渡する代わりに、反逆者を討伐して欲しいと。祖父は帝国国王と計画を煮詰めていく。
その援護を求める前に、ライオネスと宰相は反アソーム派と何度も会合を重ねた。
このままでは戦争で多くの被害が出る。
復興までに多くの時間を要し、多くの涙も流れるだろう。仮に周辺国一つ占領してもアソームは戦いを止めず、結局は帝国などの大国に敗戦するまでそれが続く。
そして負けた後は、貧しい暮らしや奴隷に身をやつす可能性もある。否その目測は誤っていないだろう。
結果として、『全員が戦争回避を望んだ』のだ。
その後も話し合い、例え爵位が落ちようとも帝国への協力を仰ぐことになった。
王都に着くまでの帝国兵には、決行日まで協力する貴族家で待機して貰った。
ライオネスを舐めていたアソームの情報を得るのは簡単だった。諜報に対する警戒が一切ないからだ。
例えライオネスでなくとも、他国の諜報員1人いれば秘密は駄々漏れしただろう。
アソームに力を持たせ過ぎたことを悔やんだライオネスだが、彼が即位したのは僅か12歳だ。せめる事など誰が出来ようか。
◇◇◇
そしてアソームの親類縁者、軍務大臣の派閥で彼に協力した者は裁かれることになった。
その中でも、ライオネスに協力した者は除外した。
「ライオネスよ。何故私にこんなことが出来るのだ。ずっと国を支えてきた私に対して」
「……ずっと感謝してきたよ。お前が両親を殺したことを知るまでは、ね」
「…………」
「言い訳しないのだね。それが答えか」
「王は、王は軟弱すぎた。私の進言に耳を傾けなかったから、だから!」
「進言? 争うことかな? だからって、王を殺せば反逆者だ。それに今は鉱山からの宝飾品の加工も盛んになってきている。それに無謀な略奪をしかければ、(他国の)強者に潰されるだけだよ。………今回は君達限定だけどね」
「くっ……」
「せめてもっと、話し合うことが必要だった。君は王じゃなく家臣だ。決定権は君にはないのだから。
でも、十分、好き勝手してきただろう。
両親を殺し、弟に怪我を負わせ、ブルーネの侍女を脅して毒を盛らせて殺害し、他に逆らう者も殺したり脅してきたんだろう? 暴君を演じられたじゃないか」
苦々しくライオネスを見るアソームだが、切り札なようにその言葉を発する。
「私は王妃の父親だ。簡単に刑に処せるか?」
ライオネスは剣幕を収めず、更に続けた。
「ああ、問題ないよ。帝国軍がここに着いた時点で、帝国への王位譲渡は完了したのだから」
「な、何を………」
「私はただのライオネスになった。ライオネス・スキエーヒはもういないのだ」
「ば、馬鹿な…………」
「後のことは、弟のアレクに任せているから。さよならだ、アソーム」
何が起こったか解らないアソームは、鎧と冑をはずし此方に来る男を見て驚愕した。
「覚えているかな、アソーム。僕はだいぶん兄に似てきただろ? あの時は世話になったよ。少し遅れれば父と母と共に天に昇っていたからね」
「馬鹿なっ」
「その顔、最高だね。すぐには殺さないよ。生きて償ってもらうからさ」
底冷えするような冷たい目を細めて笑うアレクに、全身の毛が逆立つのが解る。初めての恐怖に、言葉もでずに青ざめるアソーム。
◇◇◇
ライオネスの弟アレクは、両親と共に殺された筈だった。けれど出血多量のわりに急所を避け、一命をとりとめた。
通りがかりの帝国関係者に救われたアレクは、首謀者が自国の軍だと伝え、ダミーの死体をスキエーヒ国へ送って貰った。身代わりと解らぬように傷をつけて。
その後療養を続け、回復後は帝国の学園で身分を隠して学んでいた。他国の者でも、王弟のひ孫なので無碍に等はされないだろうが、目立たぬようにひっそりと生きていた。一度殺されかけ、目立つことに恐怖もあった。
自国に戻れば口封じされる可能性がある為、葬儀などが落ち着いた後、祖父経由で兄に手紙を送って貰った。
そこからライオネスは、両親の死の真相を宰相と掴んだのだ。最初は信じられなかった。強引ではあったが、手を差しのべてくれた人だと思っていたから。
それと平行し、ライオネスは懸命に政務に取り組んだ。農地に適さない土地の活用と、海に港を作り貿易を行うことを中心に。
スキエーヒ国の鉱山は鉱物はでるが、加工技術者が乏しいので高給で人員を確保した。恥ずかしながら祖父の伝である。やはり素材を売るだけよりも、加工品を売却する方が外貨が数倍稼げた。
そして広い岩石だらけの土地には、綿羊を放牧し織物の産業を長期計画で進めた。海は波荒く自国の技術では建築が進まないので、外国の既存の大型ブロックを嵌め込んでいく工法を採用した。帝国から技術者を派遣して貰い、長期の貸し付けを受け施工していく。
ライオネスは宰相や文官達と、出来る限りのアイディアを祖父の力を多分に借りて成し遂げていた。
だがそんな微々たる変化は認めないと、アソームは自分の思い描く計画を行おうとした。新しい計画に取り組む人々にとって、最早アソームは邪魔でしかなかったのだ。
ただ王(ライオネスの父)は、幼馴染みである彼に頼り力を与えすぎた。
残念ながら、王の資質を欠いていたことは明白だった。
だから優秀な彼に全てを押し付けて逃げ出し、王妃と何も憂い等知らず暮らしてしまった。
王の先代の王(ライオネスの祖父)は息子を可愛がるあまり、先代の軍務大臣(アソームの父)にこう命じた。
「息子を助け盾になるように」と。
その王命は、王に忠実だったアソームの父と後を継いだアソームを縛り付けた。否、家族を人質のように縛り付けた洗脳だったかもしれない。
そこがそもそもの過ちだった。
決断の出来ない王は、学生時代からアソームを兄のように慕っていた。アソームは兄であり、そして忠実な下僕でもあった。
いつしか甘やかされた王の尻拭いから覚醒し、財政を立て直し国を富ませたいと目覚めたアソーム。それは王の仕事であったが、王は辛い教育を受けていないので考える力もなく衰退を辿る経済。
そしてアソームに頼る王は、帝王学のような他国とのバランスを取ることを学んでおらず軍事方面でのみ優秀な教育を受けた、彼へ頼る図式が完成した。
今思えば愚王により破滅を導いて、この国の経済支配や土地の奪取を目論もうとした、他国の思惑もあったかもしれない。以前から停戦目的で他国から来た婿や嫁に連なる貴族も多かったから。
王に寄り添う優秀なアソームに、古くからある貴族家からの期待が大き過ぎた。王が己れの立場を自覚できれば、違う未来があったかもしれないのに。
王は親としては優しい人だったが、国を導く者としては相応しくなかった。ライオネスは、宰相に真実を聞いた時愕然とした。アソームだけが悪い訳ではない。
父が王でさえなければ、アソームがここまで歪むことはなかった筈だ。せめて、誰かが彼を支えてくれたなら……
自分は何も知らな過ぎた。
無知はそれだけで罪なのだ。
アソームは確かに加害者だが、憐れな被害者でもあった。
◇◇◇
結果として、ライオネスの弟アレクは一度葬儀をしている。
混乱を避ける為に、アレクは帝国の人間として王位に就くことになった。名もアレクサンダーへ改名した。
成長したアレクは、ライオネスそっくりに成長していた。事情を知る貴族達は、彼に蟠りない忠誠を誓った。
もしかしたら、それが帝国の狙いだったかもしれない。
民衆にはアソームが帝国に戦いを挑み、我が国が破れたと説明した。戦いは国王の命ではなく、アソーム達が単独で動いたとして処罰されることになったと。
国王は代わるが民衆の生活には変化がないことと、スキエーヒ国からスキエーヒ領地へ変更になることが告げられた。
国が帝国の支配下になることに多少の不満はあるが、大きな戦いなく平和に終わったことに安堵した者は多かった。
国王は責任を取り平民となる。
帝国王弟のひ孫である為、それ以上の咎めなく済んだこととした。
ライオネスが懸命に政務に取り組んだことは、民衆の知る所であり、命が助かったことに安堵していた。
ブルーネ側妃はライオネス国王と共に、既に城下に下ったと風の噂が流れた。
ナナリー王妃の行方は知らされなかった。父がアソーム軍務大臣だから、処罰されたのだろうと囁かれただけだ。
◇◇◇
ナナリーは、父が帝国に連れ出されたことを聞き、血の気を失い気絶した。その後記憶が退行し、婚姻前まで遡ってしまった。目覚めた後は戻ろうとする記憶と、現状の思考が混乱し度々正気を失った。
「ああ、何で私はここに。ライオネス様は何処? お父様、お父様、私どうしたら良いの? いやー、誰か来て、助けて、助けてよー!!!!」
妾の母から生まれ、幼い時に母を亡くしたナナリーには、父しか保護者がいなかった。侯爵家に引き取られても、義母も義兄も関わりを持つことなく、話しかけても淡々と返答されるだけだった。無視はされないがそれだけだ。
使用人も同様で、最低限の関わりだった。
父だけがナナリーの味方で、護衛だけが友人だった。
アソームは政略の駒にする為、娘がいなかったからナナリーを利用しようとした。だから余計な意見を持たないように、淑女教育等のマナーは身につけさせたが教養面はスカスカにしていた。
自分に都合良く、その時々で知識を与えた。
最初は愛していた筈の、ナナリーの母とナナリーだった。政略結婚で得られない愛をくれた二人だったのに、
屈託なく微笑む二人が好きだったのに、いつしか政治のことで思考が支配された。
彼は純粋に愛してくれる存在を切り捨てたのだ。
そんなナナリーにとって、ライオネスは物語の王子様と同義だった。自分だけを愛してくれると思えたから憧れていたのだ。
ナナリーが王妃になる前に、アソームはこう告げた。
「ライオネスに似合うのは、可愛いナナリーだけだ。だからブルーネに毒を盛って弱らせたんだよ。ナナリーはライオネスに愛して貰って、たくさん子供を産みなさい」
ナナリーは思った。
(お父様は私の為に、ブルーネ様に危害を加えたんだ。
ならば私は、たくさんライオネス様に愛して貰わなければならない。そしてブルーネ様の分も子を産むのだ)と。
強迫観念に似た思いは、今回の件で叶わずに消えてしまった。
そして後の調査で、ナナリーは父からの洗脳状態であったことにされ、罪を逃れることとなった。
ただしナナリーは王妃であるのに、護衛達と不義密通したこともあり、平民としてライオネスと出ていくことを止められた。
新国王のアレクサンダーは、ナナリーを子供が出来ない処置をし寵妃として囲うことにした。それが罰になるか、救いになるかは解らないけれど。
「王子様、大好きです。たくさん好きって言ってくれて、ナナリー嬉しいです」
「可愛いナナリー。幼い時から好きだった」
アレクは無邪気で寂しそうなナナリーが、昔からずっと好きだった。何れ臣籍降下したら、ナナリーと婚約しようとしていた。妾腹のナナリーは高位貴族には人気がなく、父がアソームであり嫌厭されていた。だが王子である自分なら、文句はないだろうと思っていた。婚約の打診もしていたのだ。
それがあわや、彼女の父派閥に殺害されそうになっていた。
それでもアレクは、ナナリーに執着していた。
彼は時間が空くと、ナナリーの離宮にいた。
依存癖の強いナナリーは今、アレクに対象を変えているのかもしれない。
彼は国王になる時に、帝国の姫を妃として同行した。
ナナリーに子が出来なくしたのは、継承権問題を避けるためだ。アレクの執着は、他人から見てもバレてしまっていたから。
◇◇◇
王妃となった帝国の姫ナビルビアは、たおやかに経過を観察し側近達に命じる。彼女には嫉妬心などは微塵もなく、皇帝の命令通りに動いているだけだ。この結婚さえも。
「お前達は、このままの状況をお父様に伝えなさい。この国は帝国の支配下にあります。アレクを国王にしたのは、貴族達の心情を慮り、効率が良いと考えたが故。………どうしても彼でなければと言うことはないの。彼が執務を疎かにしなければ、手を出しては駄目よ」
彼女も側近達も、観劇でもするように薄く笑っているがその目に熱はない。いつものように、セオリーで動くだけだ。
アレクに僅かな情もないナビルビアは、彼が少しでも誤れば即座に切り捨てるだろう。
どうやら皇帝のひ孫の地位は、それほど磐石ではないらしい。
◇◇◇
ライオネスとブルーネは、小高い山岳の麓の小さな家にいた。
ライオネスはライ、ブルーネはルーネと名を変えていた。
ライオネスは綿羊を飼い、ブルーネは綿花をほぐし毛糸にして編み物をする。
集団で作業するので儲けは少ないが、二人で暮らすなら十分な金額である。
二人は王宮の文官夫婦だったが、帝国の文官が多く来たので暇を出されここに来たと言うことにした。
元国王と元側妃とはバレていない、筈だけど…………
みんなすごく親切にしてくれている。
元々妻の療養の為に、空気の良い場所に来たかったのは嘘ではない。
羊の肉を食べ、ミルクからチーズやバターを作り、小麦でパンを焼く。自分達で作るのは大変だが、温かいものが食せる幸せも味わっている。
ブルーネの笑顔は増えたが、体調は横ばいだ。
良くなることはなく、悪化しないようにするしかない。
二人は、一日一日を大事に生きている。
ブルーネに毒が盛られたことは今でも許せない。
けれど生きて再び共にいられる奇跡に、感謝している自分もいる。
羊に触り、「メエエェ~」と鳴くのが楽しいと、ブルーネは笑う。それを見てライオネスも微笑むのだった。
「変わらないね、その笑い方。いつもつられてしまう」
「貴方だってそのえくぼ、可愛いままよ」
「っ、からかうなよ」
「ふふふっ」
「はははっ」
二人はやっと、安らぎを手に入れたのだ。
◇◇◇
ナナリーの護衛達は、不貞を犯したとして(破格の減刑で)100回のむち打ち刑だった。その後放免される筈だったが、ナナリーの傍にいることを選んだ護衛達。
彼らはアソームが、国を立て直そうとする姿に憧れて育った軍人家系だ。強さも知性も抜群に優れた上官は、強靭な肉体に多くの傷を負っていた。強面な彼は、兵士を守り前線で戦う勇猛な戦士だったのだ。
そんな彼が王の補佐で疲れ果て、戦争で活路を見出だそうとしたことは彼らも解っていた。運命を共にする覚悟もあった。
しかし彼の娘であるナナリーの境遇を、彼らは知ってしまった。いつも父の愛に飢えていた、寂しそうな一人の少女のことを。
彼らは憐れなナナリーが気の毒で、同情から愛してしまった。ただ守ろうとした純粋な愛だった。なのに愛する気持ちに負けて不貞に走ったのだった。
国への忠誠心とナナリーへの愛が強いことを知ったから、アレクは彼らにむち打ち刑だけに処したのだ。
彼は護衛達の気持ちを組み、去勢するなら王宮近衛にすることを提案した。覚悟を見ようとした。
彼らは即座に応じ、今はアレクとナナリーに忠誠を誓う騎士となった。ナナリーの傍にいなければ、自分達の存在する意味などないと言う。
アレクは彼らの気持ちが少し理解できた。
共に報われぬ愛に囚われた男達は、時々一緒に酒を酌み交わす。
ナナリーは時々記憶の混乱で暴れ出し、おさえていなければ体を傷つけるまで物を壊し続けた。その時に彼女を宥められるのは、ライオネスに似たアレクだけだった。
護衛達は彼女が傷つかないように、彼女から危険物を遠ざけることしか出来ない。
彼女が安寧でいられるのは、記憶の混乱しない僅かな時間だけだった。
彼女は孤独を酷く嫌う。
過去の記憶を思い出すのか、夢の中でも時々魘されて泣き出している。
「一人にしないで、誰もいない部屋は寂しいよ。お父様、見捨てないで。何でも言うことを聞きますから」
誰かの腕の中に抱き締められている時だけが、唯一安心できる彼女なのだが、正気に戻る時間は日に日に失われていく。
……もう彼女は、戻らない方が幸せなのかもしれない。
彼女が呼ぶ男の名はいつも『ライオネス』で、アレクはそれを聞きながら彼女を腕に抱く。彼女を愛すアレクの愛が深まる程、苦しみに縛られていくのだ。
◇◇◇
夢破れたアソームは、帝国の山岳原野を鍬で耕していた。
ライオネスもアレクも、彼を死刑にするより労働で返して貰おうと言う意見だ。
父(国王)と母(王妃)は殺されたが、為政者としてアソームに頼り過ぎた面は否めない。今も許してはいないが、死んで欲しいとも思っていない。悲しみは変わらないけれど。
方向性は違うが、彼も国の為に頑張ってくれていたのだ。
親戚一同原野に来たが、女性は近くの紡績工場や食堂や弁当屋で働くことができる。男性も最低賃金ながらこの仕事で給料を貰えていた。
上手くいかないこともあるが、食べるには困らない生活だ。
時々愚痴も出るけれど、それは仕方がないのだ。
アソームは最初散々罵倒されたが、そのうちにそれも落ち着いた。みんな労働で発散させられているのだろう。
ドレスも宝石もないけれど、一から始める生活を懸命に取り組んでいた。
ここに来れない老人達は、施設に入って貰った。そこも平民が入る場所なので贅沢は出来ないけれど。
いろいろな不満もあるみたいだけど、しょうがない。
罰せられなかった貴族達が援助し、入居老人の資金を払ってくれているそう。
アソーム達は、心から彼らに感謝していた。
「すまないな。のたれ死にしても、文句すら言えなかったよ。感謝する。ありがとう」
「貴方も頑張ってください」
「ああ、そうするよ」
かつての強者が頭を下げて、国を去っていく。
正気を失った娘に、いつか安寧を取り戻せることを願い、強く胸を押さえた。自分には泣く資格もないと強く目を瞑る。
死に逃げず、これからも懺悔して生きていくのだ。
それしか償う方法はないのだから。
戦争になれば、こんな風に援助なんて出来なかったと、残った者は平和を噛み締めていた。
あと少し遅ければ、戦地で命を落とした者もたくさんいただろう。
正しいと言い切れる行動はない。
けれど、やり直しができる選択はありがたいと思う。
♪たくさん話し合って、何でもゆっくり決めていこう♯
♪今は解らなくても、解決策はいつか出るから♯
♪独りよがりじゃなく進めれば、きっと何とかなるんじゃない♯
なんて、綿羊を追いかけて、子供達は今日も歌う。
新王となったアレクが、王妃を蔑ろにせず良き王になれるのかは、残された者達の命題である。
さて、国の行方は・・・・・・・
ここの王候貴族達は、わりと男前の気持ちの人が多いです。
5/29 10時 日間ヒューマンドラマ(短編)30位でした。
ありがとうございます(*^^*)
16時 19位でした。ありがとうございます(*^^*)♪
5/30 9時 7位でした。
ヤッター♪ ありがとうございます(*^^*)♪