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愛を知らないマレビト

――あの少女の笑顔を見てみたい。


 それが、数千年生きる私が生まれて初めて心に抱いた望みだった。


「今日はどこに行くの? いつものアルファケンタウリ?」


 昼なお暗い森の中。外から中の様子を見ることの出来ない結界に囲まれた泉のほとりで。彼女はいつものように仏頂面を私に向け、幽世(かくりよ)の扉を開く秘術の本を手に取った。昔に比べてずいぶんと数を減らした人間の世界は、昔よりも一層科学の力を拠り所にしていて。


 彼女のような秘術の使い手は、決してそのことを他人に知られてはならないのだ。


 だから、私のように異星への旅を求めるマレビトは人目に付かない隠れ家のような場所に術者を呼び寄せて依頼する。対価は彼女の生活費。私は、両親を亡くして身寄りもない彼女が生きるために仕方なくやっている闇の商売、その顧客の一柱(ひとはしら)に過ぎないのだが。


「君が行ってみたいところはあるか?」


 いつもつまらなそうに仕事をする彼女が、喜ぶ姿を見てみたかった。


「行ってみたいところと言われてもね……どこに何があるのかなんて人間のアタシにはさっぱり分からないし」


 マレビトには幽世の扉を開く能力がない。人間にははるか遠くの宇宙に何があるかを知る能力がない。異星への旅はどちらが欠けても行うことが出来ない。一人と一柱のペアで旅行を楽しむのが本来あるべき姿なのである。


 肩まで伸びたボサボサの黒髪を手でかき上げながら、彼女は面倒臭そうに息を吐く。あくまでも生活費を稼ぐため、彼女は行きたくもない異星へマレビトに連れられて移動しているのだ。


 だから、彼女が笑顔を見せたことはない。


「金を出すのはアンタなんだから、アンタの行きたいところを教えて頂戴」


 その金は異星から持って帰った珍しい物品を地球で人間に売りつけて得たものだ。術者がいなければ稼げない金を、術者に『払ってやっている』などとはとても思えないのだが、お世辞にも綺麗とは言えないみすぼらしい紺色の服に身を包んだ彼女は、(ほどこ)しを受けているような気持ちでいるのだろうか。


「では今日はシーザイアへ行ってみようか」


「聞いたことない。どこにあるの?」


「地球からちょうど一万光年離れたところにある星だ。あそこには人間が住める惑星が二つあって、お互いに相手の存在を知らずにいる。同じ周期で恒星の両側を回っているからね」


「ふうん」


 あまり興味を惹かれた様子はない。異星の話で彼女を楽しませるのは難しいのだろう。私が人間ではないから、人間の気持ちが分からないだけなのかもしれないが。




「それにしてもお客さんは変わってるね。アタシみたいな愛想のないゲートキーパーを毎回指名するなんて。他に知らないわけじゃないんでしょ」


 シーザイアの周りを回る二つの惑星に行き、幾つかの輝く石を持ち帰った元の場所で、呆れたような声を出す。旅の間、私は様々なものを見せ、解説をしていったが彼女は興味無さそうに生返事を繰り返すだけだった。愛想がない自覚はあるらしい。


「君と旅をしたいからだ」


 私は素直な気持ちを伝える。だが、彼女は肩をすくめて鼻を鳴らした。


「竜神サマってのは趣味が悪いんだね」


「私は生まれてからずっと水の中で眠っていたから他の竜神のことは知らないが、君に興味を持つのは君が他の人間と違うからだ」


「変わり者の自覚はあるけどさ、そういうこと面と向かって言うもんじゃないよ」


 やれやれと呆れた様子で荷物をまとめる彼女を見ると、どうやら私は嫌われてはいないらしい。


「また来週もお願いするよ」


「はいはい、幽世の門番(ゲートキーパー)明蓮(みょうれん)をこれからもご贔屓に。白竜の河伯(かはく)さん」


 明蓮とは彼女の名だ。そう言って私の白い鱗に軽く触れると、本をしまった鞄を肩にかけて結界から外へ出ていった。


 彼女は普段、どんな生活をしているのだろうか?


 いつも着ている紺色の上着とスカートは学校の制服だという。ずっと昔から変わらないスタイルだとつまらなそうに語った彼女。


 ずっと他者と関りを持たずに幽世で暮らしていたのに、彼女のことは何でも知りたいと思ってしまう。何とも不思議なものだが、生来の知識欲のなせる業だろうか。それとも彼女を笑わせてみたいという意地によるものか。


 明蓮のことが頭から離れない私は、窮屈な結界の中でなかなか寝付けず、白い身体をくねらせるのだった。

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