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うわん山

作者:

 うわん山という青山があった。

 何の変哲もない山で、緑豊かだった。四季によって表情を変え、色彩を移ろう。人の手が入っていない土地では珍しくもない光景だ。

 この山には、変わり者の山彦が棲んでいるという。

 高所から山の斜面に向かって大声を出せば、同じ声が遅れて返ってくる。山中に暮らす妖怪が引き起こしているとして広く知られている。ところがこの山では少し違うことが起こるという。

 登山者が何を呼びかけても、「うわん」としか返ってこない。野太い声で同じことしか言わないのだ。だからうわん山と呼ばれている。

 ただそれだけだ。何か害をなすこともない。

 旅人は、一泊した旅籠(はたご)で主人からそういう話を聞いた。ちょうど向かいの山を越えなければならず、その道すがらに噂を確かめてやろうと思い立った。ささやかながら一人旅の無聊(ぶりょう)を慰めるのも良いだろう。

 九十九折(つづらおり)の峠道を荷物を背負って歩いた。頭上には青天が広がっていた。くっきりとした緑の稜線が波打ち、その対比が目に鮮やかだ。

 道中の切り株に座って荷を下ろし、休憩することにした。急ぐ旅ではない。地上は遠く、眼前には例のうわん山が穏やかな佇まいを見せていた。旅人は噂を確かめようと大きな声を出した。

「おおい」

 少しの間があって、山が返事をした。

「うわん」

 旅人は驚き、得心した。ただの与太話などではなかった。確かに、あの山に棲む山彦はひねくれているらしい。

 何度か言葉を変えて叫んだ。何を言っても、返ってくるのは「うわん」のみだった。

 こりゃ面白い。興が乗った旅人は言った。

「おい、変わり者の山彦よ。姿を見せてみろ」

 返事はなかった。少し待って、旅人は首を傾げた。

 のどかな景色に違和が現われたのは、向こうの山の尾根を何かが掴んだからだった。一見すると尋常でない太さの柱が五本、山頂に乗っている。関節に皺、爪の半月までよく見て取れた。あれは――人の指だ。

 旅人は立ち上がった。次にざんばら頭の黒髪が現われ、幼い顔立ちが山の裏側から覗く。その表情は笑っており、歯が欠けていた。

 明らかに山の丈を越える子供が裸の上半身を露わにし、立ち尽くす旅人を巨大な瞳で凝視していた。狭い空の下で、笑みを深くする。

 うわん、と野太い声で言った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怪談というより民話の趣がいいですね。 柳田國男的マインドを感じました。
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