意見の質量
全てはタイミングが重要なのだ。このタイミングならば自分の嘘に引っかかる、このタイミグならば敵は降伏する、このタイミングならば私の主張が正しいと認めざるを得ない。現状の需要と供給のバランスからこういった状況は把握することが出来る。
需給のバランスを見極めるには、一見需要と供給の量が表示される板を見れば需給のバランスが推し量れるように思うかもしれないがこれに騙されてはいけない。板に並んでいる買い、売りの玉の数の比率ではなく、潜在的な買い、売りの玉の数を把握しなくてはならない。
板はその重要な指標の一つで、他に需給のバランスを見極めるツールとして株価の時間変化を表すチャート、それに関する数値解析のフィルターを通したテクニカル分析、何時何分に何株の注文が約定したかが記録される歩み値、これらを相対的に評価して需給を推し量る。デイトレードは与えられたデータから正確に需給を割り出すゲームで、赤と緑の明滅の裏にある人間の思惑を読み解くのが本質である。
先ほど空売りをした銘柄の株価は赤色のまま上昇していく。今度は五千の数字を掴むと赤と緑が明滅する株価の拮抗ラインから少し上のところに空売りの注文を入れた。株価はなおも上がり続け、やがて私の入れた五千株のラインにまで近づくとピロン、ピロンと複数回に渡って約定していった。私はさらに八千株を今約定した株価よりも少し上のところに空売りとして注文を出す。赤と緑の明滅が一段と激しくなり、やがて八千株の空売りは約定せずに株価は下へと下がっていった。
まだまだ私は弾を撃つ準備があると敵味方にアピールしたのだ。勿論約定させる気のない注文は見せ板という相場操縦に相当するため、出した注文を取り下げたりはしない。これ以上は上がらないだろうという私の需給の読みが正しく、次の瞬間に売りたい人が買いたい人を上回っただけの話である。もしくは私が正しい方向に導いただけの話である。
初めに明示したように株式市場は参加するプレイヤーとその資金によって成り立つゲームである。プレイヤーの数だけ意見は分かれるが、どちらが正しい意見なのかを決めるのは玉の数による多数決の結果なので、たとえ千人株価が上昇すると主張しても、その数よりも大きな玉を持った一人が下に下がると主張すれば株価は下がる。意見を通すには資金が必要で、少額しか資金を持っていないプレイヤーとたくさん持っているプレイヤーとでは同じ土俵に立っていても平等ではない。
今回見事に株価が下がってくれたのも自分より資金を持っているプレイヤーがいなかっただけに過ぎない。どれだけ需給を読み切ったと思ってトレードをしていても、今まで取引に参加していなかったプレイヤーがこのタイミングだけ突如参加してくることは珍しくない。
先ほど空売りをした銘柄は三十分経った今でも下落を続け、今日の安値ラインまで近づいてきた。安値ラインより少し上のところで買い戻しの指値注文を出す。注文を出すのと同時に今までにない大きな緑色の波が押し寄せてきて私の注文を飲み込んで、株価はさらに下へと下がっていった。
需給を見誤ってしまった。まだ利益を伸ばせたはずなのに買い戻すタイミングが早すぎた。しかし、こういったことは日常茶飯事で完璧なトレードができることなんて百回に一度、いや二百回に一度あるかないかぐらいの確率でしかない。最近は自分の下手さ加減に嘆くこともなくなり、もはや完璧なトレードは出来ないものだとあきらめている。