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2つの傘

作者: 竹春雪華

 朝早くの教室、この時間に来る生徒は中々いない。

 そんな中、静かな空間に入ってくるのは、一人のクラスの女子。


 俺はこの時間だけ、その女子と二人きりになれる…………



 高校に入学してから早2ヶ月。

 勉強、部活、それなりにやってきたと思う。

 ただ「人付き合い」に関してはほぼ0に等しく、

 今も体育祭とかで周りははしゃいでいるが、俺は一人本を読んでいる。

 それでも唯一、人と喋る機会があるのは、定員2名のこの時間帯だけだった。

 その女子……小林 凛さんは、

 四角いメガネを掛けていて、スラッと細身の学級委員長。

 そんな人と俺が喋れるのは、朝早く学校に来ているからってだけである。



 キッカケは入学式の次の日、俺の次に登校してきた小林さんの驚いた顔。

 自分が一番乗りだと思ったのだろう。

 澄ましたドヤ顔が一瞬目に映った。

 彼女にしては珍しい表情だった。

 彼女は決まり悪そうに

「…………おはよう」

 と、呟いた。

 挨拶されるとは思ってなかったので、

 俺も急いで返した。


 その日からなんとなく、朝2人だけで喋るようになった。



「今日宿題なんかあったっけ」

「英語の問題集」

「どこまで」

「14ページまで」

「何時間目に」

「5時間目」

 言えばこれだけの会話。

 だが俺にとっては貴重な「口を開く時間」。

 それに………俺が小林さんのことを気になっているのは、言わなくても分かるだろう。


 学校の放課後、出口の前に大粒の雨が降り注ぐ。

 …………最悪だ。

 朝雨が降っていなかったのだから、傘なんかもって来ているはずがない。

 はぁ、びしょ濡れになって帰るしかないか、と心に決めた。

「はい、傘」

 背後から聞こえて来たのはそんなセリフ。

 そして、いつも注意深く聞いているあの声色。

 急いで振り返ると、そこには小林さんの姿。

「傘、持ってきてないんでしょ。私二本あるから、ほら」

 急な申し出に戸惑っている俺に、彼女は傘を押し付けて……

「教室に来た時、誰かさんが居ないと困るの。雨に濡れて、風邪でもひかないようにね」

 ……と言って、スタスタとその場を去っていった。

 俺は、…………今までに無いほどに、幸せを感じていた。

 俺ってこんなに単純だったのかと思うほどに、ただただ嬉しかった。

 それに、彼女があの時間を特別に想っているのを知って、俺の心臓は跳ね上がった。「もしかしたら」という熱い妄想が頭を駆け巡り、顔が火照り、鼓動がうるさく鳴り響いていた。


 さっきの憂鬱な気持ちは何処へやら、軽やかな足取りで学校の門を出た。





「……難しい」

「アッハハ、頑張れ〜〜」

「てか、先輩の方が背高いんですから、先輩が持ってくださいよ」

 目に付いたのは、再び小林 凛さん。

 知らない三年生と、一つの傘に入っていた。

 次々と変わる彼女の表情は、どれも見た事がなく、生き生きとしていた。

 三年生が、彼女の頭を撫でる。

 二人が寄り添う。

 可愛らしいピンク色の傘を見つめながら、俺は一人、綺麗な水色の傘から、手を離していた。

 この話はフィクションです。

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― 新着の感想 ―
[一言] せつない……せつないですね……。小林さんの「誰かさんがいないと困るの」は何と思わせぶりな言葉なのでしょう。罪な女子ですね。でも、先輩の隣でくるくると表情を変える彼女は、きっと魅力的に違いない…
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