遊びたい欲は涸れない
掲載日:2022/08/23
「言の葉」という言葉で少し遊んでみようと思った。
まず、確かに日本人は和歌を葉に書いていた。だから「言の葉」となるのだ。これは紛うことがない。成り立ちとしては納得。
では本題。『「言の葉」はかれるのか』
葉に注目してみた際に、ふとこの問いが頭の中に浮かんできたのだ。
かれる、というのは古語では「離れる」と書いていて、それが今では「枯れる」となったそうで。実に不思議。しかも他にも同音異義語が「涸れる」やら「狩れる」やら「嗄れる」やら色々とあって矜羯羅がる。
でもこの面倒臭さは逆手に取れる。要はこういう事だ。
口から離れてゆくのだから言の葉は離れる。
植物という訳ではないから言の葉は枯れない。
そもそも水分すらないから言の葉は涸れない。
本来声が嗄れるのであって言の葉は嗄れない。
実際それ自体存在するから言の葉は狩れる。
※言葉狩り:特定の言葉を、圧力をかけて使わせないようにすること。(広辞苑 第七版 新村 出 編/岩波書店)
これで一旦は満足。次はどんな題材で遊ぼうか…




