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神の歌声と少年

「ミリアディーナ様は神の歌声についてお知りになりたいのでしたよね?」

「はい。お父様がわたくしの髪の色を神の歌声だと言ったんですけど、よく分からなくて」

「わたくしも最初は分かりませんでしたから、理解して頂けるように努力致しますね」


 ……ウェルマ、めちゃくちゃ優しい! ウェルスツェーラム的激ムズ問題を押し付けてくるどこかの家庭教師とは違うね。


 どこかの家庭教師さんは今頃大きなくしゃみをしているに違いない。ちなみに、ウェルスツェーラムにもくしゃみをしたら何処かで噂されている、という謎文化があるのかは知らない。多分ない。だが、願うならばあの鬼畜で王の手先というあの教師にくしゃみを連発していて欲しい。


「聖典の話を元にご説明をさせて頂きますね。神々のお顔とお名前を知っていた方が想像しやすいかと存じますので、まずは神像をご覧下さい」


 ウェルマが七体ある神像を手で指した。ルネサンスを彷彿とさせる細かく真っ白な彫刻で、目には色の付いた水晶がはめ込まれている。それぞれが手に金色や銀色の道具を持っていて、どれも証明の石に似た綺麗な石が付いていた。


「右端から、春の神フラーネアルトス、夏の女神ヴァラエスターリア、創造の神シャーホクリエード、最高神アウレーベスターゼ、愛の女神メアトゥランナ、秋の女神オータフォリーネ、冬の神ツェンドラーヴェです」


 ……待て待て待て。春の神フラ、なんだっけ。これを覚えなくちゃいけないの? うぅ。


 ズラーっと言われた神々の名前は長いし多いしで全く頭に入ってこなかった。わたしが項垂れていると、ウェルマは慌てて「これから特徴をご説明致しますからゆっくり覚えましょう」と慰めてくれた。優しい。天使に見えてきた。


「中心におられるのが最高神アウレーベスターゼ。神々を纏める長です」


 金色の杖を持ち、勇ましく堂々と立っているのが印象的だ。威厳と哀愁が漂い、瞑った目と長い髪が更にそれを際立たせていた。


 ……この神様、なんとなく疲れが溜まってそう。


「最高神の右隣は愛の女神メアトゥランナ。最高神の愛娘で、創造の神シャーホクリエードの妻です。季節を司る神々の母であり、縁結びの神としてお若い女性方がよく祈られています」


 煌びやかな装飾のついた本を片手に持って優しく微笑んでおり、整った美しい顔は誰からも愛される雰囲気を醸し出している。メアトゥランナには装飾品が多く付いているように見えた。夫や父からの愛の形かもしれない。


「最高神の左隣は創造の神シャーホクリエード。世界を創世された神です」

「シャーホクリエードが持っているあの壺のような物は何ですか?」

「あれは聖杯です。聖杯に魔力を込めると液状化するらしく、シャーホクリエードがその液状化した魔力を垂らしたらこの世界が出来た、と言われています」


 ……そういえば、前世でチラッと聞いたどこかの創世神話もそんな感じだった気がするよ。あれはフィクションだったと思うけど。


 シャーホクリエードが聖杯を掲げ少し上を向く顔は凛々しい。だが、なんとなく活発そうに見えるのは気のせいだろうか。


「右端の春の神フラーネアルトスは春と水を司る神で、眷属神である花の女神フィオティアーレを可愛がっています」


 爽やかな雰囲気を纏う美青年だ。所々に花の形をした飾りが付いている。何故か女好きオーラが否めない。


「夏の女神ヴァラエスターリアは夏と天候を司る女神です。神話ではよく戦いの場面に登場されます。大変お強いのだそうですが、気性が荒く気まぐれです。眷属神である戦いの神イフォルストーテや雷神とはよく喧嘩をする、と聖典に記されていました」


 話を聞くだけで脳筋を感じさせる彼女の像は姉御のような安心感のあるキリッとした顔立ちをしていて、銀色の剣を持つその姿は戦場に(おもむ)く戦士のようだ。


 ……すごくカッコイイお姉さんって感じ。女神様なのに脳筋感が溢れているのはどうかと思うけどね!


「秋の女神オータフォリーネは秋と芸術を司る女神で温和ですが、唯一夏の女神ヴァラエスターリアを抑えられる神です」


 ……脳筋女神様を抑えられるって、強そう。


 銀色の筆を持った、文系女子のような姿からは想像が付かないが、恐らく怒らせたらダメなタイプだ。背中に金色の槍を背負っているのが見えて、わたしはブルっと震えた。


「最後に冬の神ツェンドラーヴェ。冬と知識を司る神です。女神が苦手で、定期的に行われる神の集いにも来ない事が多いのだそうですよ」


 ツェンドラーヴェは怜悧な顔立ちで冷ややかな雰囲気がするが、笑ったら破壊力が凄そうだ。女性の一人や二人は簡単に落とせるだろう。


 ……多分、女神に追っかけ回されたりしたんじゃないかな。


「ツェンドラーヴェが女神に苦手意識を持ったのは、愛の女神メアトゥランナの眷属神である、出会いの女神に好かれたのがきっかけだと言われております。別れの神が必死に止めているのだとか」


 ウェルマは「一番可哀想な神様です」とクスクス笑った。ツェンドラーヴェは相当出会いの女神が怖かったに違いない。


 ……別れの神様、ツェンドラーヴェの心の平穏の為に頑張れ!


 それにしても、説明を聞けば聞くほど、どの神像も神々の特徴をよく捉えているのが分かる。まるで実際にいる人物のようだ。相当腕の良い彫刻家がいるのだろう。


「神々はたくさんおりますが、まずは今話した神々さえ分かっていれば理解しやすいでしょう。神の歌声についてはわたくしの部屋でお話し致しますね」


 礼拝室の右側にあった通路を進み、扉を二つ程通り過ぎたところでウェルマが足を止めた。彼女が証明の石のようなものを扉に当てて少し押すと、扉が開いた。


「ここがわたくしの部屋です。何も準備出来ずに申し訳ございません」

「大丈夫ですよ」


 ウェルマの部屋は服の色と同じく、紺色を基調としたシンプルな部屋だった。「どうぞおかけください」とウェルマが引いてくれた椅子に腰かける。


「先程、扉に当てたのは証明の石ですか?」

「そうです。部屋に入る際に必要なのですよ。鍵の役割です」

「神殿は『セキュリティ対策』バッチリなんですね」


 神殿へ入るにも証明の石が必要、部屋に入るにも必要となると、大きくみれば前世のマンションのようだ。不審者は絶対に入ってこれないのではないだろうか。


「せきゅりてぃ? は分かりませんが、神殿には様々な方がいらっしゃいます。その中には不埒な方もいらっしゃるのです。神官や巫女は貴族の血を持つ方が大半ですが、貴族の数には入りません。下に見られるのが現状です。それに、実家の家格によっても上下がつきます。その……断れずに、ということがよくあるのです」


 ウェルマは言葉を少し濁したが、なんとなく察しはつく。要は地位を盾に巫女や神官を軽く扱う輩がそれなりにいるので防犯対策が必須ということだ。


 ……ひぃ。怖いよ、それ!


「ミリアディーナ様にお聞かせするような話ではございませんでしたね。申し訳ございません。こんな話をしておいてなんですが、どうか神殿を怖い場所とは思わないでくださいませ。……聖典を読みましょうか」


 ウェルマはテーブルの上に置いてあった分厚い本を慎重に開き、「コホン」と咳払いをして語り出した。


 ◆


 愛の女神メアトゥランナは、父 最高神アウレーベスターゼにとても愛され大切に育てられたお陰で、女神の誰よりも美しく成長しました。

 多くの神がメアトゥランナを愛し、婚姻を申し込みましたが、メアトゥランナは全て断りました。彼等はメアトゥランナが愛したいと思う相手では無かったからです。

 ある日、メアトゥランナがいつものように神の集いに参加していると、どこからか歌声が聞こえました。婚姻の話ばかりで退屈だったメアトゥランナはこっそりと抜け出し、歌声のする場所へと向かいました。

 歌っていたのは創造の神シャーホクリエード。彼はメアトゥランナに気づくと歌うのを止め、「其方はもう誰かと縁を結んでしまったか?」と尋ねました。

 メアトゥランナが首を横に振ると、シャーホクリエードは「では、其方は私と結ばれるべきだ」と言い放ち、また歌を歌い始めたのです。

 その歌声に反応するように、メアトゥランナの純白の髪は美しい金色に染まっていきました。

 メアトゥランナはシャーホクリエードを気に入り、彼の手を取って「貴方はわたくしと結ばれるべきだわ」と笑ったのです。

 こうして愛の女神メアトゥランナと創造の神シャーホクリエードは結ばれました。


 ◆


 ……ほへぇ。随分と漫画みたいな展開。


 歌声で髪の色が変わるというのはいまいちよく分からないが、神話とはそういうものだと割り切って吞み込んだ。神話とはぶっ飛んでいるのが普通であって、突っ込んでいたらきりがない。まだ髪の色が変わっただけだ。目から子供が生まれたわけではない。まだ物語としてもセーフの段階である。


「シャーホクリエードの歌声に反応して染まったメアトゥランナの髪の色が、神の歌声と呼ばれるようになったのです」

「なるほど。そういう経緯だったのですね。つまり、わたくしの髪の色は愛の女神様と同じ色ってことですか?」

「そういうことになります。いつ見てもとても美しい色です」

「あれ。珍しい髪の色だと聞いたんですけれど、ウェルマは見たことがあるんですか?」


 もし、わたしの他にも神の歌声を持つ人がいるならば影武者回避の糸口になるはずだ、と少しの期待を込めてウェルマを見つめる。ウェルマはわたしの視線に目を泳がせた。


「似たような毛色の馬を見たのです。神殿にはたくさんの馬車が来ますからね」


 ……ちぇ、お馬さんか。少しでも情報があったら良かったけど、そう上手くはいかないのよねぇ。


「ちなみに先程読んだものは聖典に書いてある事をわたくしが現代語に訳したものですから、人によっては少し解釈が違うかもしれません。神官長の確認は済んでいますので、大筋は間違っていないはずです。そこはご安心下さい」

「え、ウェルマが訳したんですか? さっきのお話を?」

「はい。怪我で暇を持て余していた時期がありまして、その時に暇つぶしがてら訳しました」


 ウェルマが原文を見せてくれた。前世の数字やアルファベットをふにゃふにゃに崩したような文字がギチギチに並んで書かれている。わたしには一文字も読めそうにない。


「ウェルマはとってもすごいですね」

「そ、そうでしょうか」

「そうですよ。こんな難しそうな文字を翻訳出来て、初対面のわたくしに優しくしてくれて。わたくしからしたらウェルマは天使みたいです」


 ウェルマが「光栄です」と少しこそばゆそうに顔を綻ばせた。笑った顔に出来た笑窪がとても愛らしい。


 ……こりゃ、そこら辺の男子はイチコロだね。


「ご説明も終えたことですし、ディクドリード様のもとにご連絡を入れてまいります。すぐに戻ってまいりますのでミリアディ―ナ様はここでお待ちになっていてください」


 わたしが「分かりました」と返事をした直後、何の合図もなしに突然扉が開いた。黒いフードを深く被った人がよらよらと入ってきて膝から崩れ落ちる。身丈はわたしとそう変わらないので子供だろう。随分と息を切らしている。


「……はぁ、はぁ」


 その子供は呼吸が落ち着いてくると顔を上げ、わたし達がいる事に気が付いて目を丸くした。


「うわぁ! 誰だ!?」


 子供が勢いよく顔を上げてフードが脱げると、鮮やかなオレンジ色の髪と目鼻立ちの上品な顔が露わになった。わたしは「誰だとはこっちのセリフだよ!」と叫びたい気持ちを我慢して、椅子から降りる。


「この方はウェルマの知り合いですか?」

「……いえ、わたくしは存じ上げません」


 ……ふんっ。子供とはいえ、どういう教育をされてるんだか。


 過去の自分の事は思いっきり棚に上げ、わたしは頬に手を当てて困った顔を浮かべる。


「どちら様ですか? ウェルマは貴方の事を知らないようですが」


 少年は立ち上がって手を払うと、姿勢を正して爽やかに答えた。


「私を知らないだなんて、随分と無知な方々ですね。礼儀というものを知らないようですが、今回は特別に許しますよ」


 目の前の少年は至極当然の顔をして微笑んだ。この少年が何を根拠にそんな事を言うのかが理解できなくて、ウェルマと目を見合わす。初めて会った人を知らないのは当たり前だし、礼儀を知らないのはこの少年の方だ。どう考えたらわたしとウェルマが無礼者になるのだろうか。


「仕方ないですね。名を知らないのであれば名乗りましょう。私は……」

「ハルーム殿下!」


 少年の言葉を遮って、男性の鋭い声が廊下に響いた。開きっぱなしだった扉から眉をひそめた糸目の男性が入ってくる。


「ここにいらしたのですか、殿下」


 ……で、殿下? この子、王族なの?


「はあ、フレデリクト」

「殿下、勝手な行動はお()め下さいと申したではありませんか。何故巫女の部屋に?」

「別に私が何処にいようとも構わないだろう? 私はソルステルラの王子だ」


 ハルームは「何が悪い?」と言わんばかりの顔でフレデリクトという男性を睨んだ。

 確か、ソルステルラとは隣の国の名前だ。大陸一の軍事力を持つと豪語している国だ、とベリオレッツィが言っていた。そんな隣国の王子様がウェルマの部屋へ何をしに来たのだろうか。まさか不埒なことを……とも思ったが、さすがに幼すぎる。理由に検討がつかない。


「ウェルマに何か御用でもあったのですか?」

「巫女に用? 貴女は面白いことを言いますね。そんなものあるはずがない。神官と従者が中々離れてくれないので一人で休もうかと思っただけですよ。本当に疲れる」


 一瞬、この場の空気が凍ったのを感じた。この王子、ハルームは何も理解していないようだ。


 ……中々離れてくれないって、当たり前じゃない。他国の王子を一人でほっつき歩かせるような事を許す訳がないよ。何かあれば、神官も王子に仕える人達も責任を取らされるんだから。


 フレデリクトは胃の痛そうな顔をして小さく溜息を吐いた。


「殿下、そろそろ城へ参るお時間ですから、廊下にいる騎士と共に馬車へ向かっていて下さい」


 ハルームはわたしに「またお会いしましょう」と微笑むと、部屋を出ていった。わたしは「ごきげんよう」と笑顔で手を振ってはみたが、心の中では「もう、お会いしなくて大丈夫ですからね!」と叫んでいた。

神々の名前は小出しにすればよかったのでしょうが、勢いで書いたので長い名前がたくさん並ぶ羽目になりました。おぅふ…。

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