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神殿へ行こう 後編

 屋敷を出ると、少しガタガタと揺れるようになった。酔うことはなさそうだが、ちょっぴりお尻が痛い。


 ……木に布を貼っただけの座席だから痛いのは仕方ないけど、クッションがあれば楽だったかも。次は持ち込もうかな。


「馬車酔いしていないかい? 具合いが悪くなったらすぐ言うように」

「今の所は大丈夫そうです。お父様は馬車酔いするのですか?」

「私は滅多にしないが、其方の次兄は毎度のように青い顔をしている。吐き気がしたら余裕をもって申告するようにね。くれぐれもだよ」


 どうやら次兄がギリギリに申告して馬車内を悲惨な状態にしたことがあるらしい。お父様が思い出したように苦笑している。吐くような車酔いは経験した事がないが、もし酔ってしまったらお父様の言う通りにくれぐれも早めに言おうと思う。


 しばらく馬車に揺られていると、耳に入る音が段々と賑やかになってきた。神殿へ行くのに下町を通る、とお父様から聞いたので、これは街の賑わいの音なのだろう。


「ミリアディーナ、外を見てみるかい?」


 前のめりになって「見たいです!」と答えた。屋敷の外の世界を見たことがないわたしにとって、()()()の街並みなのだ。ものすごく興味がある。

 お父様が両側のカーテンをサッと開けた。差し込んだ光が眩しくて瞑った目をゆっくりと開く。


「わぁ……!」


 馬車が走っている大きな通りの両端に少しくすんだ木造二階建ての建物が並んでいて、色とりどりの髪や瞳が落ち着いた色合いの街並みを鮮やかに彩っていた。

 一階部分は店舗になっているようで、果物屋や雑貨屋、肉屋に卵屋と色々な店が見える。パッと見ただけでも、前世にはなかった物がたくさんありそうだ。


「いらっしゃい、今日は安くしとくよ!」

「あら、じゃあ買おうかしらね」


 買い物をする主婦と店主の会話。


「俺のもんだ。よこせ!」

「返してよ! 僕のだよ!」


 強そうな木の棒を取り合う子供達。


「この女誰よ!」

「ち、違うんだ。この子は酒屋の……」


 浮気を見てしまった妻と見られてしまった夫の地獄絵図。

 笑い声、泣き声、喜ぶ声。それに、夫婦喧嘩や子供を叱る声が聞こえてくる。良い意味で感情に溢れている光景が、酷く懐かしく感じた。


「街全体が……絵のようです」


 どうしてかそんな風に思える。幸せを描いた一枚の絵のように見えるのだ。すると、お父様は嬉しそうに微笑んだ。


「そうだろう? 私も初めてこの街を見た時にそう思ったよ。そうしたら、私の父上、ミリアディーナのお爺様が言ったんだ。この風景は神々が創り出した絵なのだ、と」

「……神々が創り出した絵。素敵な例えですね。確かに、そんな気がしてきます」


 馬車が角を曲がると、進行方向に白くて大きな建物が見えてきた。まだ距離があるというのにものすごく大きく見える。


「お父様、あの建物はなんでしょう? 塀の端が中々見えないですし、とても広そうですね」

「あれが神殿だ。中にある建物自体は城と同程度の広さだが、敷地全てであればロゼシアントの屋敷が(とお)あっても入るだろうね」


 ……神殿でかっ! お城は見た事がないから分からないけど、ロゼシアント家の屋敷も相当広いのに十も入るってどんだけ広いのよ。


「そんなに広くて敷地やお部屋を持て余さないんですか? きっと管理も大変ですよね」

「神官や巫女が大勢いるし、孤児院や他国の神官を迎える施設も併設されている。部屋に関してはどれだけあっても足りないのではないかな。敷地の半分は森のようになっているようだから、管理も困るほどではないだろう」


 ……神殿だけで国を作れちゃうんじゃない?


 話しているうちに神殿へと到着した。御者は正面の真っ白な門ではなく、少し逸れた所にある乾いた泥のつく木製の門の方へ馬車を進めた。その門の前には銀色の鎧を着た門番が二人立っている。あまり体格が良いようには見えないが、とても姿勢が良い。背中に定規でも入っているみたいだ。

 馬車が止まったかと思うと、御者が乗り口のドアを開けた。


「ディクドリード様、門番が証明の石の提示を求めております。提示出来なければ例えディクドリード様でも通すことは出来ないと申しておりました」

「……以前は必要なかったはずでは?」

「どうやら神官長が変わったようです。門番の担当も変わっています」


 御者は声を潜めて「前神官長が処刑されたそうです」と続けた。お父様は眉をひそめて溜息を吐き、腰に下げていた革袋から大きいビー玉のような物を取り出して御者に渡した。受け取った御者はすぐに門番の元へ向かう。


「あれはなんですか?」

「証明の石と言って、許可証の役割をする魔石だよ」

「魔石!?」


 ……魔石って魔力の籠った石だよね? ってことはわたし、魔法が存在しちゃう超ファンタジーな世界に転生してたってこと!?


 わたしは嬉しさと驚きと興奮で頭を抱えた。これは大事件だ。由々しき事態だ! 魔法が存在するなんて聞いてない。聞いていたら真っ先に調べていたのに……。わたしも魔法を使いたい。ビューン、バーン、ドーンしたい!


「ミリアディーナ、どうした? 馬車酔いしたかい?」

「いえ。とてつもなく驚いているだけです」


 真剣な顔でディクドリードに目を合わせると、「そうかい」と困った顔をされた。


 ……だって、前世とは何か違うな、くらいに考えていたら、魔法が存在するファンタジーな世界だなんて、心が踊るじゃない! ひゃっほーい!!


 ガッツポーズをして喜んでいると御者が戻って来てお父様に証明の石を手渡した。門がギイと音を立てて開く。馬車がまた動き出し、地面が土から石畳に変わった場所で止まった。


「降りようか」


 御者がドアを開け、お父様が先に降りた。乗った時のようにわたしに手を差し出している。わたしはお父様の手を取り、下を見ないことを意識しながらそおっとステップに足をかけた。


 ……お、落ちそう。


「降りないのかい?」

「あの、ステップを昇り降りする時は下を見るなとシャルエットに教わったので慎重に降りようかと……」

「ぶっ。……ああ、ごめんよ。真に受けてしまったか。下を見過ぎるな、というのが正しいね。さすがに全く見なければ転ぶよ」

「えっ? そ、そんなぁ」

「まあ、動作の美にこだわる夫人なんかは見ずに降りたりするがね」


 軽く足元を確認しながらステップを降りる。お父様は笑いを堪えて小刻みに揺れていた。


「むー! 笑わないでくださいよ!」

「ふふっ。可愛いなぁ、私の娘は。ミリアディーナ、神殿は広くて迷いやすい。手を繋いでいこう」

「はい、お父様。ってまた笑ってません!?」


 お父様と手を繋いで白い石畳を歩いていく。すると、建物の中から人が出てきた。金色の糸で縁取りの刺繍が施された白い衣を纏う茶髪の青年だ。


 ……あの人が着てるのは神官服かな?


「ディクドリード・ロゼシアント様とご息女のミリアディーナ様でお間違いはございませんか?」

「ああ。間違いないよ」

「中へお入りください。礼拝室へご案内致します」


 神官に着いて行くと、学校の体育館くらいの広さがある場所に案内された。どうやらここが礼拝室らしい。前の方にはいくつかの大きな神像と供物の添えられた祭壇がある。わたしが神像の迫力に「おお」と感嘆の声を漏らしていると、紺色の神官服を着た女性が近づいて来た。


「あら、エリオス。どうなさったのですか? そちらの方は?」

「ディクドリード様がいらっしゃいました」


 神官の名前はエリオスというらしい。驚いた顔をした女性に、エリオスは少し首を傾げながら言葉を付け足す。


「ウェルマ、事前に連絡が来ていたでしょう? ミリアディーナ様に例の話を、と」

「そ、そうでしたね。申し訳ございません。こちらへどうぞ」


 ウェルマと呼ばれた巫女はわたし達を礼拝室の前方へ案内した。近付いて見ると、ずらりと並ぶ神像は益々迫力がある。しかし、お父様は神像には目もくれずしきりに左側をチラチラと気にしていた。


「お父様?」

「……あの、少し長くなるかと存じますので、ディクドリード様はあちらを見ていらしても構いませんよ」

「あ、ああ。分かった。ミリアディーナを頼む」

「エリオス、お連れして」


 ……お父様、明らかに動揺してるけど、左側に何かあるの?


 わたしがいる位置からは通路しか見えないので、何があるのかは分からない。お父様はエリオスと共に、少し早足になって通路の方へと行ってしまった。


「……行っちゃった。ええと、ウェルマ様でしたでしょうか?」

「ウェルマは神殿内での通り名、愛称のようなものです。……本名は、ウェルマリーゼと申します。神のお導きによるご縁を大切にいたしましょう」


 ウェルマリーゼが桃色の瞳を細めて穏やかに微笑んだ。笑った時に出来る笑窪(えくぼ)がとても可愛らしい。


「ウェルマリーゼ様、よろしくお願い致します」

「ウェルマとお呼びください」

「あ、はい。では、ウェルマと呼ばせて頂きますね。あの、大変不躾とは存じておりますが、『神のお導きによるご縁を大切にいたしましょう』とはどういう意味ですか?」


 ……言われた言葉の意味を相手に尋ねるなんてめちゃくちゃ失礼だけど、知らない事は聞けって多分ベリオレッツィ先生も言ってたし、ウェルマは優しそうだし、大丈夫だよね?


 わたしがそう強く心に言い聞かせていると、ウェルマは頬に手を当てて「うふふ」と笑った。


「この世界には数えきれない程の人が生活していますでしょう? 一人一人が出会える確率はとても低いのですから、出会いは神のお導き、と神殿では教えられるのです。貴族間での挨拶にも用いられていますよ」


 この世界の人口がどれほどなのかは知らないが、確かに一人一人が出会う確率は相当低いはずだ。前世で言うところの「一期一会」を挨拶にしたような言葉なのだろう。


 ……挨拶って、おはよう、とか、こんにちは、だけじゃないんだね。こういうのも礼儀作法の先生に叩き込まれるんだろうな。トホホ……。

ミリアディーナの初外出。下町を通って神殿へ行きました。神殿はとにかくデカいです。どこかの旅商人が初めて神殿を見た時に要塞だと勘違いした事もあるとか。


次話は、ウェルマリーゼの神々紹介です。

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