家庭教師の来訪
「お嬢様、お召し替えを致しましょう」
衝立のある所へ移動し、寝間着を脱がされる。「動かないでくださいませ」と注意されながら、フリルのついた鮮やかな黄色いワンピースを着せられた。布や服に関する知識が無くても、ものすごく高級な生地を使っている事がひと目で分かる。
……ヒラヒラのフリフリって心が踊るんだよね。こういう可愛いワンピースが似合う見た目で良かった。
今度は椅子に座って髪を結われる。わたしの癖のないストレートの髪は紐で結ぶには大変なのだろう。シャルエットが苦戦していた。前任の召使いは整髪料をベッタリと付けてわたしの髪を固めていたが、シャルエットは整髪料を付けたくない派らしいので尚更だ。
……トゥルントゥルンの髪をただの紐で結ぶのはやっぱり難しいんだろうなあ。ヘアゴムがあれば楽になるのにね。
結って解けてを数回繰り返し、最終的には三つ編みのハーフアップでまとまったようだ。鏡でよく見ると、ワンピースと同じ黄色い花の髪飾りがわたしの白金色の髪によく映えている。
「可愛い髪飾りね。初めて見るけど、何か元になったお花はあるの?」
「フラーロの花を象っています。わたくしの故郷では春になると一面に咲くのですが、王都では珍しいかもしれませんね」
「へえ……。それは綺麗なんだろうね。いつか見てみたいな」
「ふふ、お嬢様が大きくなられたら是非ご案内致しますよ。あ、そろそろご朝食のお時間ですから食堂へ向かいましょう」
部屋を出て一階にある食堂へと向かう。屋敷が広すぎるというのも困ったもので、子供の足では階段に辿り着くまでの道のりが長い。わたしの部屋のある三階から階段を降りるのも中々の重労働だ。
「……遠いね」
わたしの呟きを聞いたシャルエットが「失礼致します」とわたしの背後に回る。何をするのかと思ったのもつかの間、脇に手を通されてほいっと抱きかかえられてしまった。困惑するわたしをよそにシャルエットは廊下を進み、階段を降りていく。降ろしてとも言えず、食堂の前まで抱っこされて移動した。すれ違った召使いにクスクスと笑われたのは言うまでもない。
「病み上がりであるお嬢様のお身体にご負担をかけてしまいましたね。申し訳ございませんでした。次は部屋からこのように……」
「あー! シャルエット、運んでくれてありがとう。でも、次からは自分で歩くから。ね?」
「そうですか。……残念です」
食堂に入ると、わたしに気づいた召使い達が動きを止めてこちらを向いた。何故か、何人かはあからさまに顔をしかめている。
……わたし、何かしたっけ?
「ミリアディーナお嬢様、おはようございます」
年長者が代表してわたしに挨拶を送り、それに続いて他の召使い達が少し腰を落とす。わたしが挨拶を返すと、皆すぐに仕事へ戻っていった。
家族は基本的に屋敷にいないのでいつものように一人での食事だ。余程のことがない限り昼食以外は母や姉と食事を共にしていた前世を思えば、一人での食事は少し物足りなく感じる。周りにいる召使い達も席に着いて一緒に食事をとって欲しいくらいだ。
「シャルエットはいつご飯を食べるの?」
「わたくしはお嬢様の後に頂くことになっています」
「……一緒に食べたりは?」
「出来ません。主従関係を解消した場合や恩賞としてであれば可能です」
……うーん、召使いはダメか。一人飯は寂しいよ!
少し気落ちしながら席に着くと、ワゴンに乗せられてパンとミルクが運ばれてきた。それをシャルエットが給仕してくれる。朝はあっさりなのがこの屋敷の朝食なので、サラダやデザートは付いていない。
「ごゆっくりとお召し上がりください」
「いただきます」
あまり柔らかそうには見えないパンを手に取って口に運び、ぐぐぐ、と歯に力を入れて噛みちぎる。相変わらず外側は噛みごたえばっちりの固さだが、内側はふわっとしていて美味しい。まさに丸く焼いたフランスパンだ。ちなみにフランスパンを食べたことはない。
……外側の固さはどうにかならないのかな。うぅ、酵母の作り方を知ってたら全体的にふわふわのパンを作るのに。でも、一番食べたいのはやっぱりお米だよ。ほっかほかの白米が懐かしいよ。
ジャンクフードには目もくれずお米一筋で生きていた頃の記憶が入ってしまったのだから、米が恋しくなるのは当然のことなのだ。だが、この屋敷では米料理は疎か、麺料理すら出たことがない。そもそもイネやソバと言った植物が存在していない可能性がある。
……食品として流通してないだけであって欲しいね。米、プリーズ!
パンを口に詰め込みミルクでふやかしてから噛んで飲み込む、という食べ方でしっかりと完食し、わたしは「ごちそうさまでした」と元気よく手を合わせた。ところが、それを見たシャルエットがコテリと首を傾げた。
「ゴチソウサマデシタとはなんでしょう?」
「……あっ、そっか」
他国の文化は知らないが、少なくともウェルスツェーラムでは食前に「いただきます」は言っても、食後に「ごちそうさまでした」とは言わない。感謝の意を手を合わせることで伝える文化もなかったはずだ。おかしな行動として映ってしまったようなので、わたしは慌てて言い訳を放つ。
「ええと、『ごちそうさまでした』は遠い国で使われている食後の挨拶だよ。手を合わせるのはありがとうって意味なの。本で読んだから真似してみたのよ、あはは」
「そうですか。……申し訳ございませんが、周りにいる者が驚いてしまいますので真似は自室でお願い致します」
周りを見渡してみると、丁度厨房から出てきたのであろう料理長が額から汗を垂らして縮こまっていた。
……あー、料理長からしたら料理に何かあったのかと心配になるよね。マジごめん。
わたしはパンの噛みごたえとフワフワ感のギャップを褒めちぎり、にっこり笑って誤魔化した。
「…………お褒めに預かり光栄です」
そう言って料理長は頭を下げたものの、言葉とは裏腹に顔が引き攣っている。まるで不気味なものでも見たかのようだ。
……あれれ、褒めちゃダメだった?
最近運び込まれたわたし用の座面が低い椅子に腰掛けて、うーん、と唸る。先程の料理長の表情がどうにも納得いかないのだ。廊下を歩く最中もずっと考えていたのだが、自室に着いてもまだ思い当たる節がない。
「ねえ、シャルエット。料理長を褒めちゃいけなかった?」
「いいえ、お褒めになるのは特に問題ございません。料理長の励みになるかと存じます」
顔を引き攣らせておいて励みになるとは到底思えない。あの顔は何なのだろう、と考えながらテーブルを指先でトントンと叩く。
……うーん。嫌味の一つや二つは言ってる気がするのよね、なんとなく。ん、嫌味? ちょっと待てよ……?
そこでわたしは思い出した。召使いに怒られてヤケクソになり、料理長に「好みの味じゃない。作り直して!」と理不尽な文句を言って脅した覚えがある。それも、馬車にぶつかる直前の昼食での出来事だ。それから料理長とは顔を合わせていなかったので、彼は数日前脅してきた人にベタ褒めされたことになる。変わりように驚くのも当たり前だろう。不気味に見えても仕方がない。
……ぬおおおおおお! 料理長、マジごめん。
「頭を抱えてどうなさったのですか?」
「……シャルエット、わたしが何かやらかしたらいつでも言って良いんだからね。お願いだから嫌いにならないでね!?」
「は、はあ、かしこまりました。わたくしは朝食をとって参ります」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
……前任の召使いだけじゃなくて料理長も被害者だったし、わたしのやらかしの被害を被った人がたくさんいそうで頭が痛いよ。うぅ。
テーブルに顔を突っ伏して落ち込んでいる間に、朝食を済ませたシャルエットが部屋に戻ってきた。家庭教師が屋敷に到着したと連絡を受けたそうだ。シャルエットに連れられて家庭教師のいる一階の部屋へ向かう。
ちなみに、朝の反省として疲れないようにゆっくりと歩くことになった。シャルエットはいつでもお運び致しますと言ってくれたが、なんだか異様に意気込んでいるのが怖いのでお断りしておいた。
「そういえば、優秀な家庭教師って言ってたけど、どんな先生? シャルエットが手配してくれだんでしょ?」
「どんな……ですか。そうですね。彼は一生懸命で努力を怠らない人です。決して驕らず身を挺して動く姿はとても勇敢に見えます」
「そっか。素敵な人なんだね」
「はい、とても」
部屋に到着し、シャルエットが来訪を知らせるベルを鳴らすとすぐに扉が開いた。中へ入り、シャルエットが引いてくれた椅子に腰かける。座ってみて気が付いたが、テーブルや椅子はわたしの身丈に合わせた物を運び込んでくれたようだ。自室に置いてある物と同じ大きさだった。向かい側の椅子は普通サイズなので、わたしの椅子が低いだけに大きく見える。家庭教師が座る席だろうか。
「家庭教師の先生はまだ着いてないのね」
「到着されたと伺ったのですが……」
シャルエットが唯一部屋の中にいた召使いに目を向けると、その召使いは怖気付いたように視線を落とした。
「も、申し訳ございません。家庭教師の方は荷物を取りに行くと仰ってご退室なさったのです。もうすぐミリアディーナお嬢様がいらっしゃるからとお止めしたのですが、行ってしまわれました」
「そうですか。お嬢様、荷物を取りに行ったのであればすぐにお戻りになるかと存じます。わたくしが確認して参りますので少々お待ちください」
シャルエットが踵を返したのと同時、ドンッと大きな音が響き、扉が勢いよく開いた。ドアの近くにいた召使いは驚いて目を丸くしている。
「おぅ、ミリアディーナ嬢はもう来てたのか」
つかつかと入ってきた長身の男は、鮮やかな赤髪を掻きながら「初日から遅刻だな」と呟いた。
「あ、あなたは?」
「おっと、失礼。今日からミリアディーナ嬢の家庭教師を務めさせて頂く、ベリオレッツィと申します」
ベリオレッツィは持っていた大きな鞄を足元に置くと、右手を胸に当てて「どうぞよろしく」とお辞儀をした。わたしは立ち上がってベリオレッツィに手を差し出す。
「ミリアディーナです。こちらこそよろしくお願いします」
握手を交わすと、ベリオレッツィは満足気に微笑んだ。やはり第一印象は大事なのだ。
……うんうん。これで多少は何かやらかしても大丈夫だよね。
わたしが安心して席に着こうとすると、ベリオレッツィが一瞬片目を瞑った。それはもう甘い顔で。その視線の向かう先はシャルエットだ。これはまさかウインクではないだろうか。
……ははーん、シャルエットを狙ってるのね? シャルエットって美人さんだし、優しいし、その気持ち分かるよ。
緩む頬を抑えながら後ろに控えるシャルエットに目をやると、当の彼女は動じる素振りもなくいつもの澄まし顔だった。
……ドンマイ、ベリオレッツィ先生!
ベリオレッツィは何事もなかったかのように微笑んで椅子に腰掛けた。切り替えが早くてよろしい。彼は召使いに廊下にある荷物を中に運び込むように指示を出し、床に置いていた鞄の中から数冊の本を取り出してテーブルの上に並べた。
「ではミリアディーナ嬢、早速ですが始めます」
「はい。あの、あまり勉強は得意じゃないんですけど……」
「初回なので、ミリアディーナ嬢にどれだけの知識があるか調べさせて頂きます。分かるだけで構いません」
ベリオレッツィは並べた本のうちの一冊を手に取り、間に挟まっていた紙をわたしの前に置いた。
「彼女が持っているペンを使ってその紙に私が言う問いの答えを書いてください」
召使いが木のトレーに乗せてペンとインクを運んできた。持ち手がグルグルと渦巻いたデザインのペンと黒いインクだ。インクには混じり物があるのか、少し濁っている。わたしがペン先をインクに付けるのを確認したベリオレッツィは、「ゴホン」と咳払いをして問題を出し始めた。
「まずは簡単なものを。我が国の国名を書いてください」
「分かりました」
……昨日お父様が言ってたよね。確か、ウェルスツェーラムだったはず。でも、頭では分かってるのに文字が書けない……。ああ、ぜんっぜん分かんないよ。
文字が書けないことは分かっていた。分かっていたけれど、ちょっとは書けるんじゃないかと自分に期待していた。前世の基準で考えるならば、未就学児でも見よう見まねで文字が書けるようになる子もいる。わたしはそんな天才ルートに期待してしまった。
……うー、自分を過大評価しちゃったせいで反動のショックが大きいよ。わたしのバカバカっ!
家庭教師が来訪しました。シャルエットへのアピールは失敗していましたが、きっと彼は優秀な家庭教師です。
次回は、ミリアディーナ、必死に勉強します。




