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ポーションの意図

 特にする事もなく暇なので、広いベッドにゴロンと寝転がる。すると、入室を知らせるベルの音が聞こえた。シャルエットが戻ってきたのだと思って、「どうぞ」と言いながら上半身を起こすと、扉を開けて意外な人物が入ってきた。

 落ち着いた金色の髪に濃い緑色の瞳を持つその人は穏やかな顔を綻ばせ、キラッキラな笑顔でわたしを見つめている。誰だろうかと首を傾げそうになって、「あっ」と思い出す。


「久しぶりになってしまったね、ミリアディーナ」

「お父様!」

「昨日事故にあったと聞いて急いで帰宅したのだが、元気そうで良かったよ」


 ロゼシアント家の当主にして公爵位を持つ彼は、わたしの父ディクドリードだ。誠実な人柄からか国王の信頼が厚いらしく、目元の隈が多忙を物語っている。

 朝は早くに城へ発ち、夜は遅くまで帰ってこないので、家族といえど顔を合わせる機会は少ない。わたしが早寝遅起きだったせいもある。前に会ったのは大体二週間くらい前だ。


「体はもう大丈夫なのかい?」

「う……」


 前世のノリで「うん、良くなったよ」と軽く言おうとして、わたしは慌てて口を塞いだ。


 ……危ない危ない。貴族って親子間でも敬語だったよね? お父様と会うのは久しぶりだし、前世の記憶入っちゃったしで正解が分からないよ。わたし、どうしてたっけ?


「どうした? まだどこか……」

「いえいえなんでもございませんよ、お父様。お医者様が飲ませて下さった、とてもとても苦いポーションのお陰で良くなりましたわ」


 とりあえず、言葉遣いや仕草はテレビで見た高貴な方々を参考にしてみた。公爵令嬢ならこれくらい普通にやっていそうなものを、自分自身の不慣れ感が半端ない。


 ……そういえば、行儀作法の先生の話をきちんと聞いた記憶がないような気がするよ。あれれ、おかしいね。あはははは。


 今思えば、ズカズカとだらしなく大股で歩いたり、靴を投げたり、当たりの強い言葉遣いをしたり……。一族の恥として密かに処分されてしまってもおかしくなかったのではないだろうか。

 世間一般のお嬢様がどれくらいの行儀作法を身に付けているのかは知らないが、召使いを見れば優雅でお行儀の良い姿が求められるのは一目瞭然だ。


 ……第二の人生を早々に終わらせたくないし、出来る限りのお嬢様を演じておかなきゃね。


「ほう、苦いポーションか。それは良い薬をもらったようだね。あれは材料が貴重で滅多に手に入らない代物だ」

「はぁ、あんなのもう二度と飲みたくありません」


 本音がポロッと漏れてしまった。わたしの行儀作法はあくまでお姫様ごっこの延長線上クオリティなので、気を抜くと素が出てしまう。練習せねばなるまい。このままだと命の危機だ。

 叱られるかと身構えたが、お父様はわたしを咎める事なく「そうだね。飲む羽目にならないように気を付けるんだよ」と微笑んだ。優しい。優し過ぎる。


「……それで、お父様はどうしてこちらに?」

「父親が娘の見舞いに来てはいけないかい?」


 お父様が悲しそうに眉を歪ませた。失恋したのかと思うくらいに悲しい顔をするものだから、わたしは罪悪感に苛まれて全力で首を振る。


「い、いえ! そんなことはございません。お父様に来て頂いて大変嬉しいです」


 わたしがニコッと笑顔を向けると、お父様は安心したようにホッと息を吐いた。


「それは良かった。見舞いはもちろんなのだが、一つ話があって来たんだよ」

「話……ですか?」


 お父様は見舞いの為だけに娘に会いに来れるような人ではない。予想通りではあるが、少し寂しく思ってしまう。

 話をするのに立ったままでは悪いと思い、わたしはお父様に寝台の横の椅子を勧めた。本当なら寝台の上で話を聞くのは失礼だろう。わたしが移動するべきなのだが、医者から念のため安静にと言われているらしいので仕方がない。お父様の反応はというと、涙を流しそうな勢いで喜んでくれた。


 ……あれ、な、なんか愛情が重いよ。お父様、こんな感じの人だっけ?


 お父様は椅子に腰掛けると、また優しい笑みを浮かべた。先程と違うのは、口元は微笑んでいるけれど瞳の奥に力が篭っている所だろうか。少しの沈黙の後、お父様は静かに口を開いた。


「“影武者候補”について尋ねたというのは本当かい?」

「はい。お医者様が呟いていらしたのですが、なんの事だか存じませんでしたのでシャルエットに尋ねました」

「そうか……」


 お父様は困ったように片眉をピクリと下げると、顎に手を当てて思案を始めた。お父様が考えているのはわたしに対する弁明か、わたしを落とす口実か。わたしを屋敷に閉じ込めておいたのはお父様だ。わざわざ部屋まで来たのだから、無関係なはずはないだろう。


「ミリアディーナ、今から話す事をよく聞くんだ。良いかい?」


 わたしがコクリと頷いて返すと、お父様は絵本を読み聞かせるかのようなゆったりとした口調で話し始めた。


「この国、ウェルスツェーラムは大陸の中でも比較的治安が良く識字率も高い。何より、植物のよく育つ豊かな土地を持った恵まれた国だ。この国を治める国王の名はゼルトヴェード・ウェルスツェーラム。ミリアディーナも名前くらいは聞いた事があるだろう?」


 ……国の名前も王様の名前も生まれて初めて聞きました。


 馬鹿正直に知りませんなんて恥ずかしくて言えないので、わたしは知っていることにしてコクコクと頷いた。安心したように微笑んだお父様が話を続ける。


「ゼルトヴェード様には五人の王子と二人の王女がいてね。そのうち第一王子は亡くなられた前王妃の子息で、第一王子以外は現王妃の子とされているんだ」


 お父様はわざと含ませた言い方をした。「現王妃の子と()()()()()」と。という事は実際は違うのではないだろうか。


「実子ではない方がいるのですね?」

「そうだよ、よく分かったね。まだ公にはされていないが、末子のセラヴェルリーネ王女は実子ではない。ゼルトヴェード様の亡き妹君であられるレリスティーヌ様の忘れ形見だ」


 お父様の説明によると、レリスティーヌとその夫はセラヴェルリーネが三歳になったばかりの冬にこの世を去った。世間的には盗賊に襲われた事にしているが、実際は他国が送り込んで来た刺客に命を奪われたらしい。

 盗賊や刺客に襲われると聞いても、どうにも離れた世界の話のように聞こえてしまうが、この世界では身近に起こり得ることのようだ。


「レリスティーヌ様の夫君は貿易を担う役割をしていた。当初は仕事の恨みや牽制ではないかと考えられたのだが、相手の狙いは子供だったんだよ」

「子供?」

「屋敷で働いていた召使いの子供達が連れ去られてね。それも小さな女の子ばかり」


 ……話の行先が色んな意味で心配になってきたよ。


 幼女趣味に狙われる王女を守る為に影武者になれと言われたらどうしようかと思い始める。


「その子達はどうなったのですか?」

「全員無事に戻されたよ。変な石の付いたペンダントに触っただけだ、何もされなかった、と皆口を揃えて言っていた。最初から犯人が探していたのはセラヴェルリーネ王女だったのだろうね」


 幼女趣味の暴走ではなかったことにわたしが安堵するのと同時に、お父様は体を前に倒して声を潜めた。


「私も詳しくは知らないが、彼女には秘密があるようだよ」

「……秘密ですか」


 口では知らないと言っているが、見透かしたような目と少し上がった口角を見れば、お父様は全てご存じなのだろう。

 知らない事にしないといけない秘密なのか、わたしに言う気がないだけなのかは謎だが、どちらにしろ聞いてしまったらダメだとわたしの勘が叫んでいる。とにかく、危ない感じがプンプンしているのだ。


「ええと、セラヴェルリーネ王女が狙われたことは分かりました。けれど、わたくしが影武者候補である事とどう繋がるのでしょう?」


 セラヴェルリーネに重大な秘密があって狙われていたとしても、影武者はわたしでなくても良いはずだ。わざわざ公爵令嬢のわたしを引っ張り出すのだから、それ相応の理由があって然るべきだろう。

 そんなわたしの疑問をお父様は言わずとも答えてくれた。


「セラヴェルリーネ王女はミリアディーナと髪の色や目の色が似ているらしいのだよ。年も同じ七歳だと聞いた。実は少し前にゼルトヴェード様が其方(そなた)の娘を王女の影武者としてはくれぬか、と私に仰ってね」


 わたしの勘が危険信号から警告に変わり、じわじわと手に汗が滲み始める。やはりお父様が関わっていた。お父様は穏やかに見えて、やることはえげつない。わたしを屋敷に閉じ込めているのが良い例だ。


「私は娘を手離したくないと言ったんだが、どうやら既に裏で手が回っているようだ」


 お父様は腕を組んで「困ったよ」と苦笑いし、わたしの頭の中ではカンカンカーンと試合終了のゴングが鳴り響いた。

 セラヴェルリーネと髪や目の色が似た人物がいたら、更に信頼する臣下の娘だったら、ゼルトウェード王は当然食いつくだろう。そして、お父様は家族より仕事を優先するはずだ。有能なお父様が好き勝手に手を回させるはずがない。結論、わたしはお父様に売られたということだ。


「お父様、手が回っているとはどういうことでしょう? わたくしは特に何もされてませんよね」

「ミリアディーナ、今日其方を診たという医者は薬のことをポーションと呼んだようだが、何等品だとか説明していなかったかい?」

「確か、一等品だと言っていた気がします」


 お父様は目を丸くして、本当に一等品だと言っていたのか、と聞いてきた。わたしが頷いて返すと、お父様はなんとも言えない顔をして腕を組んだ。


「ミリアディーナが飲んだ薬は恐らくこの国一番の医者が調合した薬だ。極限られた人しか作れないもので、作成に途方もない時間がかかる。作るのは暇人か変人くらいだろうね。王族でも余程の事がない限り使わないものだと聞いているよ」


 ……あの激マズポーションが!?


 体に異常をきたすほどの苦さと引き換えではあるが、確かに効き目はあった。事実、馬車に衝突して死にかけたわたしを一瞬で元の状態まで治している。それを踏まえてもそこまで貴重な物とは思っていなかった。


「で、では、貴重なポーションで治してあげたんだから要求を呑め、ということですか?」

「恐らくはそういう意図だろう。先程は、よく手に入ったものだと思ったよ。本来、二等品や三等品だとしても、国王の寵愛を受けたわけでもない娘においそれと飲ませるものではない。私は薬のことをポーションと呼ぶ人を一人しか知らないが、その人が直接出向いてきたというなら、ゼルトウェード様は私に相当な貸しを作りに来たようだね。困ったよ」


 お父様は一つ溜息を吐くと、笑顔を浮かべた。思わずゴクリと息を呑んでしまう程に威圧感のある黒い笑顔を。


「私はミリアディーナが望まぬ限り、どんな手を使ってでも抗うつもりだ」

「お、お父様、そんなことをしたら陛下からの信頼を水の泡にしてしまうかもしれませんよ? それに、お父様はわたしを売ったのでは?」


 信頼は一瞬にして得られるものではないことくらいわたしにだって分かる。お父様が長年培ってきた功績によって国王の信頼を得ているのだ。逆らえば、信頼だけでなく地位までもを失ってしまう可能性だってある。それに、わたしを売っておいて抗うとは矛盾している。


「……なぜそう思ったんだい? 私はミリアディーナを売ったことなど一度もないと思うが」

「え? だって、お父様が易々手を回させるとは思いませんし、現在進行系でわたくしを屋敷に閉じ込めています。影武者になるなら誰にも顔を知られていない方が良いでしょうから」


 お父様は何を思ったか、立ち上がって壁に額を打ち始めた。ゴンと鈍い音が響く。


「お父様、壁が壊れますよ! それに、怪我をしたら大変なのでやめてください」

「……事情があるとはいえ、ミリアディーナには窮屈な思いをさせている。本当にすまない。だが、ミリアディーナを売るようなことは絶対にない。私はこれでも其方の父親だ」


 お父様は赤くなった額に触れながらまた椅子に座った。お父様はもっと冷ややかな人かと思っていたが、意外と人情深い人のようだ。わたしは疑ったことを後悔した。


「ミリアディーナ、影武者になればその身の安全は保証されないだろう。第一に王女が助かればそれで良いのだからね。だからこそ、大切な娘を簡単に差し出す訳にはいかない」

「お父様は、わたくしが影武者となることを望んではいないのですね?」

「ああ、もちろんだ。其方が望むなら反対はしないが、私はわざわざ命の危険がある場所へ送り込もうだなんて思っていないよ」


 お父様は嘘を言っているようには見えない。きっと今の言葉は本心だ。わたしはお父様を信用しても良いような気がした。


「わたくし、死にたくはありません。危険な影武者なんて嫌です。いっそのこと、わたくしが影武者候補から外れるように仕向けてはどうでしょうか?」

「ほう、その考えはなかったよ。例えばどんなことを?」

「そうですね。あっ、思い切って髪をバッサリと切ってしまうというのは? 地毛の色が似ていたとしても髪型は誤魔化せませんよね?」

「それが出来たら苦労も減ったんだが、女性は成人まで散髪を禁じられているからね」


 ウェルスツェーラムの成人年齢は十五歳。あと八年もある。どうやら、成人前に髪を切ったり染色したりするのは神殿から禁忌とされているらしい。わたしは五歳の時に洗礼を受けているので、破ったら異端審問を受ける羽目になりそうだ。死なない為の方法で死んだら元も子もない。


「うーん、ではわたくしよりもセラヴェルリーネ王女に似ている人を捜すのはどうでしょうか?」


 単純だが中々に名案だと思う。他に適任がいるならば別にわたしが影武者になる必要はない。しかし、お父様は思い出したようにガクりと肩を落として深々と溜息をついた。


「実はね、ミリアディーナやセラヴェルリーネ王女の髪色はとても珍しいんだよ」


 わたしは思わぬ答えに「え?」と声を漏らしてしまった。わたしと同じ髪色を持つ人くらい普通にいると思っていたのだ。

 この世界では、前世であれば染色しないと出せない色合いの髪が地毛として生えてくる。例えば、シャルエットは淡藤色、前任の召使いは白髪混じりの赤髪だった。

 わたしの髪色は特に奇抜でもなく、前世でもこの髪色を地毛で持つ人はいた。ただ、天然でこの髪色を持つ人は少ないと聞いた事はある。


「この色は、確か『プラチナブロンド』でしたか?」

「プラチナブロンド……? なんだいそれは?」


 お父様が怪訝そうな顔をして首を傾げた。こちらの世界の言葉で存在しない単語だと日本語の発音になってしまうようだ。


「その髪色は神の歌声と呼ばれているよ」

「か、神の歌声?」


 理由を尋ねようとわたしが口を開くのと、シャルエットが入室してきたのは同時だった。


「ご歓談中失礼致します。旦那様、急なご来客だそうです」

「そうか。すぐに行くと伝えてくれ」

「かしこまりました。お伝えして参ります」


 シャルエットが部屋を出ると、お父様はまた溜息を吐いた。眉を少し寄せて嫌そうな顔をしている。


「すまないね、ミリアディーナ。私と話した内容については誰にも話してはいけないよ。神の歌声のことは神殿で聞くのが一番だ。今度、行くとしよう」


 お父様は未練がましいようにチラチラとわたしを何度も見ながら部屋を出ていった。


 ……神殿か。前世では関わりがなかった場所だけど、どんな所なんだろう?


 長話に慣れていないわたしの体は随分と疲れていたようで、そのまま寝台に横たわるとすっと眠りに入った。

ミリアディーナの父ディクドリードがやってきました。笑顔の素敵なお父様です。そして、影武者候補についてミリアディーナと話し合い、最終的に神殿へ行く事が決まりました。


次話は、ミリアディーナに母親からの手紙が届きます。

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