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謁見

 シャルエットに送り出され、わたしはミラルリーナとリアンハイドの元へ足を進める。数歩歩くうちにリアンハイドの方からこちらへ歩み寄ってきた。


「ミリアディーナ、そんなにのそのそ歩いてどうしたんだい?」

「ヴェールを被っていると、前が見えないので歩きづらいのです。慣れていれば多少は楽なのでしょうけれど、初めて付けたものですから」


 見かねてリアンハイドがエスコートを申し出てくれたが、身長差等を考慮した結果、謁見の間まではミラルリーナと手を繋いで歩くことになった。今朝の事を思い出すと少々不安ではあるが、手を繋ぐくらいなら大丈夫だろう。


「うふふ、手を繋いで歩くなんて、とても久しぶりだわ。リアンハイドの小さい頃以来かしら」

「母上、謁見の間に着いたらきちんとミリアディーナの手を離してくださいね。手を離すのを渋ったりしてはいけませんからね」


 ……リアンハイド王子、怖いことを言わないでください。


 しばらく歩いて、わたし達は一際目立つ白い扉の前に到着した。ここまでの道のりで見た扉は全て木目の見える茶色い扉だったので、ここだけが異様に目立って見えるのだろう。


「ここが謁見の間よ。この扉は選別の扉と呼ばれていて、部屋の主に害意を持つ者が弾かれるようになっているの。例えばこんな風に」


 ミラルリーナはわたし達を後ろへ下がらせると、付けていた髪飾りの一つを外し、扉に向かってひゅっと投げつけた。すると、その髪飾りは扉に当たる手前で勢いよく弾かれ、床に叩きつけられて割れてしまった。わたしが目を丸くしているうちに、ミラルリーナの侍女がそそくさと破片を片付けだす。


「明確な害意はなくとも、武器を持っていたり、今のように攻撃と判断されれば扉に弾かれるわ。白い扉をくぐる時は気をつけることね」

「分かりました。気をつけます」


 ……弾かれないといいなあ。


 ミラルリーナの侍女が髪飾りの破片を片付け終えると、ジェスパーは腰に着けた革のポーチから手のひらサイズの銀色のベルを取り出した。少し薄れているが、紋章のようなものが刻まれている。

 ベルを見たリアンハイドが眉をピクりと動かして首を傾げた。ミラルリーナも何かに気づいたようで、怪訝そうな顔をしている。


「それは王族の入室時に使われるベルだろう? 私と母上に入室の許可が出たのか?」

「はい。お通しするように仰せつかっております」

「……どういう風の吹き回しかしら。ゼルトウェード様、昨晩までは頑なにわたくし達の同席を認めなかったのよ?」


 ミラルリーナとリアンハイドは訝しい顔をしてジェスパーを睨んだ。ジェスパーはよく手入れされた長くて白い顎髭を撫で、少し困った顔で「ううむ」と唸った。


「確かに昨晩の時点では部外者を誰も通さぬよう、ご命令を受けておりました。しかし、先程お伺いを立てた際には、王族であれば誰であろうとお通しするように仰せつかったのです」


 わたしは思わず、「待ってください」とジェスパーの話を遮った。


「わたしはてっきり、お二人は同席する前提で共に行動しているのだと思っていました」

「……何も聞かされていないのか?」

「はい、わたくしはセラヴェルリーネ王女と謁見するということ以外の内容は何も聞いておりません。仕えるに相応しいかどうかを見定めろとは言われましたけれど」


 リアンハイドは少し遠い目をして「そうか。健闘を祈るよ」と言い、ジェスパーにベルを鳴らすよう目配せした。なんだかモヤモヤとする返答だ。


 ジェスパーがベルを揺らし、軽くて涼やかな鐘の音がチリンチリンと鳴る。小さなベルだが、静かな城内ではよく響いた。

 そのベルの音を合図に選別の扉が開き、ミラルリーナとリアンハイドが入室する。わたしも後に続こうとすると、扉を閉められてしまった。

 ベルを皮のポーチに片付けていたジェスパーに「あの……」と声をかけると、ジェスパーは察したように身を屈めた。


「しばしお待ちくだされ。お二人の挨拶が終われば、また扉は開きます」

「挨拶? 普通、王妃は王女よりも位が上ですよね。ミラルリーナ王妃がセラヴェルリーネ王女に挨拶をするのですか?」


 他国の王族が相手ならばまだしも、同国の王族同士で立場が逆転するなんてそうそうないはずだ。セラヴェルリーネはわたしと年が変わらないようだし、年齢的にも王妃から敬意を払われる対象ではないと思う。


「いいえ、ミラルリーナ様とリアンハイド様は国王陛下にご挨拶なさるのです。今朝はミラルリーナ様が挨拶にお越しになりませんでしたので、陛下は少しご機嫌が悪いのです」

「陛下にご挨拶ってどういうことですか!?」


 わたしが思わず聞き返すと、ジェスパーは「もしや、ご存じではないのですかな?」と目を瞬いた。コクリと頷いてみせれば、ジェスパーは姿勢を正して、扉の方を手で指した。


「謁見の間に入られましたら、正面にウェルスツェーラム国王、ゼルトウェード様がおります故、くれぐれもご無礼のないように願います」


 ……ど、どうしよう? 王様がいたら、影武者にはなりませんって簡単に言えないじゃない。


 わたしはセラヴェルリーネ王女との謁見だとしか聞いていなかったので、同い年の王女相手なら簡単に断われるだろうと踏んでいた。

 リアンハイドが何も聞かされていないのか、とわたしに尋ねたのは、このことだったのだろう。

 策を考える暇もなく、無情にも選別の扉が開く。


「さあ、お入りください。貴女の幸運を祈っております」


 肌に伝う空気がぴしりと引き締まるのを感じながら、わたしは部屋の中へ足を進める。目の前に国王がいると思うと、緊張で頭がクラクラしてきた。

 謁見の際の立ち位置は、分かりやすいようにカーペットに印が付いているとクリストーラに教わった。その印の上で止まり、わたしは速やかに跪く。


「拝謁いたします。ロゼシアント公爵が子、ミリアディーナと申します。神々よるお導きに感謝を」

「楽にして良い」

「ありがたく存じます」


 ヴェールのせいで玉座に座る人物の顔は見えないが、声からすると年はお父様より少し上くらいだろうか。玉座の両隣の椅子にはミラルリーナとリアンハイドが座っているが、一つ空席があるようだ。


「ミリアディーナ、ヴェールを外せ。顔が見えぬ」

「失礼いたしました。すぐに外します」

「ミリアディーナ様、失礼いたします。御髪が乱れますので、お顔を動かさないようにお気をつけください」


 いつの間にかわたしの横にいたミラルリーナの侍女が、そっとわたしのヴェールを外した。わたしがお礼を述べると、侍女は下がって行った。

 晴れて視界が開けて玉座の方へ顔を向けると、サークレットを付けた藍色の髪の男性と目が合った。


 ……ゼルトウェード王。


 ゼルトウェードは、わたしの顔を見るなり、片眉をピクッと動かして、顔をしかめた。何か気に障ることをしてしまっただろうか。


「わたくしは、何か粗相をしてしまいましたでしょうか」

「そうではない。こんな偶然が起きるものなのかと驚いたのだ。これは……そうだな、奇跡と言うべきだろう」


 ゼルトウェードは後ろを向いて、「入ってきなさい」と誰かを呼ぶように声を発した。

 その視線の先には、謁見の間を華やかに彩っている象徴とも言える、ひだのついた赤い幕が垂れ下がっている。壁しかないのに、誰に声をかけているのだろう。


 幕の端がゆらりと波打った。気のせいかと思ったが、波打った部分がカーテンのように開いていく。飾りかと思っていたので驚いた。驚いたのはわたしだけでなく、リアンハイドも目を丸くしている。

 そこから城のお仕着せを着た女性が出てきたかと思えば、その後ろに隠れるように少女が引っ付いていた。


 ……もしかして、あの子が……?


 少女は体を萎縮させ、俯きながら歩いてきて、リアンハイドの隣の椅子に腰を下ろした。緊張しているのか、手のひらをきつく握りしめている。

 少女は白金の髪に水色の瞳と、わたしとよく似た特徴の見た目をしていた。鏡で見た自分の姿と似ている気もする。


「今は亡き我が妹の子、セラヴェルリーネだ。公式な発表はまだだが、余と養子縁組をし、第二王女となっている。かしこまった挨拶を改めてする必要はない」

「かしこまりました。セラヴェルリーネ王女、どうぞよろしくお願いいたします」


 わたしはセラヴェルリーネにニコッと微笑んで見せる。セラヴェルリーネはわたしの顔をまじまじと見て、小さな悲鳴を漏らした。ガクガクと手や顎を震わせながら侍女に縋り付き、何やら助けを求めるように侍女の服を引っ張っている。わたしを見る目は、明らかに恐怖で満ちていた。


「どうしたのだ、セラヴェルリーネ」

「お、お養父様(とうさま)、ゲズィージュを呼んだのですか……? わたくしが、わたくしが悪い子だから!? 食べられたくありません、お養父様! ゲズィージュをっ、帰してっ、ください……ひっく」


 ゲズィージュは自分に似た姿で現れて、悪い子を食べてしまうという空想上の魔物だ。数ヶ月前までは毎日のように聞いていた名前だが、まさか自分がゲズィージュと間違われるとは思わなかった。


「落ち着きなさい。ミリアディーナはゲズィージュではない。其方を食べたりはせぬ」

「……ほん、とう、ですか?」


 怖がられて良い気はしないが、セラヴェルリーネとわたしは容姿が似ているだけでなく、背格好も同じくらいに見える。セラヴェルリーネがわたしをゲズィージュと間違えて怖がるのも仕方がないだろう。


「セラヴェルリーネ、ミリアディーナは客人だ。客人の前で挨拶もせずに騒ぎ、魔物だと言っては失礼だろう? それこそゲズィージュが来てしまうかもしれないよ」

「……ごめんなさい、リアンハイド兄様」

「謝るべきは私ではなくミリアディーナだ」


 セラヴェルリーネは侍女にハンカチで目元を拭われながら、か細い声でわたしに謝った。「気にしないでください」と返して、もう一度微笑むと、今度は微笑み返してくれた。


「セラヴェルリーネが取り乱すのも無理がないくらい、二人は似ているわ。その髪や目の色はフォーランデお義母様ともよく似ていますけれど、ソルステルラに由来するのかしらね」


 セラヴェルリーネの祖母であるフォーランデや、わたしのお母様は隣国のソルステルラ出身だ。確かに、わたしとセラヴェルリーネはソルステルラにルーツを持っている。


「ソルステルラの東にある、フォーランデお祖母様の故郷では珍しくないそうです。ディクドリード伯父上が申しておりました」

「あら、初めて聞いたわ」

「ほう……」


 わたしも初めて聞いた。お母様の容姿は思い出せないが、フォーランデの姪だというし、多分わたしと同じ白金色の髪と水色の瞳を持っているのだろう。ソルステルラから来た色なのであれば、ウェルスツェーラム国内で珍しいのは納得だ。


 ……フォーランデ様の故郷から影武者候補を連れてこれないのかな。わたしは影武者にならなくて済むし、良い考えじゃない? これが終わったら、お父様に聞いてみようっと。




 ゼルトウェードは落ち着いてきた様子のセラヴェルリーネに声をかけた。


「セラヴェルリーネよ、ミリアディーナと二人で話してみる気はないか。互いを知ることが大きな一歩となるはずだ」


 これはチャンスだ。二人きりで話せるなら、当初の予定通り断れるだろう。わたしはセラヴェルリーネに向かって目を輝かせ、ついでに念も送る。

 セラヴェルリーネはチラチラとわたしの様子を伺い、斜め後ろに控える侍女へ顔を向けた。侍女は困ったように微笑んで、セラヴェルリーネに耳打ちをする。侍女の耳打ちが終わると、セラヴェルリーネはコクリと頷いた。


「お養父様、ミ、ミリアディーナ様と、お話し……してみたいです」

「そうか、それは良い判断だ」


 そう言って、ゼルトウェードはにこやかに微笑んだ。影武者をつけようというのも、セラヴェルリーネを大切にしているからなのだろう。


 ……なんだか断るのが申し訳なくなってきたよ。……ううん、平穏な日常のためだもの。きっぱり断らなきゃ!


 わたしが心の中で決意を新たにしていると、ジェスパーが急ぎ足で入室して来た。少し息が荒く、心做しか顔がこわばって見える。ジェスパーはわたしの横で跪いた。


「陛下、無礼をお許しください。緊急事態です」


 緊急事態という言葉に部屋の空気が凍てつく。


「何事だ。説明せよ」

「離れに襲撃です。城内に武器を持った者が五名。その内の一人は魔力持ちと見られ、杖を所持しております。負傷者は十名。交戦した騎士が軽傷を負ったとの報告。騎士団長が応戦しているものの、襲撃者が癒しを使用している為に埒が明かないそうです。傷一つとして付ける事が出来ていません」

「癒やしがあるとはいえ、騎士団長相手に無傷とは相当な手練れだな。騎士の中にも癒やしが使える者がいる。その者達はどうした?」


 リアンハイドが緊張した面持ちで尋ねた。

 どうやら「癒し」というのは治癒効果のある魔法のことを言っているらしい。魔法と聞くとワクワクするが、そんなことを考えられる雰囲気ではない。


「伝えに来た者の話では誰一人として使用していないと……」

「なんだと? 回復薬は!」

「最初に騎士寮から襲われたようで、予備の回復薬は全て割られ、残りは各個人が持っているものしかありません」


 相当マズイ状況になっているようだ。皆の顔色がどんどん悪くなっている。わたしにはよく理解出来ないが、大変な事態が起きていて、命の危険が迫っていることは分かる。


「待て。ジェスパー、場所は離れと言ったか?」

「はい、セラヴェルリーネ王女のお部屋の辺りです」


 ゼルトウェードの顔色が一気に青ざめ、険しい顔で玉座から立ち上がった。物騒な雰囲気に、わたしは生唾をごくりと飲み込む。


「皆、早急に避難を。ここは危険だ」

「父上、ここは離れからそう近くありません。それに、武器を持った者は選別の扉に弾かれるのでは?」


 リアンハイドの言葉に対して、ミラルリーナが首を振った。その理由を明確化するように、ゼルトウェードが口を開く。


「セラヴェルリーネの部屋の近くには隠し通路が存在し、その通路はこの幕の裏に繋がる。隠し通路を使った場合、選別の扉に干渉されることなく、謁見の間へ侵入が可能だ。そして、その隠し通路の入口は使用後鐘一つ分は閉じないようになっている」


 ……セラヴェルリーネ王女は通路を使用して謁見の間まできたんだよね。多分、使ってからまだ鐘一つ分は経っていない。ということは……。


「……隠し通路の入口は、開いたままなのですね」


 もし、襲撃者がその通路の存在を知っているとなれば、間違いなく狙いはこの謁見の間だろう。国王を含めた王族四人、オマケにそこそこ身分の高いわたしがいる。狙うにしては十二分(じゅうにぶん)(まと)があるということだ。

突然の国王との謁見に緊張しながらも、ミリアディーナは自分を鏡に映したような容姿の第二王女セラヴェルリーネと顔を合わせました。良い方向へ持っていけそうなのかと思いきや、緊急事態が発生します。


次話は襲撃です。

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