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第四王子と秘密の契約

 馬車に揺られて少し経った頃、童話で見たような石造りの大きな建物が見えてきた。あれが、王族が生活し、ウェルスツェーラムの政治の中心となる城だそうだ。


「うわぁ……。お城、カッコいいですね」

「そうだろう? あまり知られていないが、この城を設計したのはロゼシアント家の先祖なのだ。私の高祖父様が趣味で設計したものを当時の国王が気に入り、その通りに建てられたと伝わっているよ」


 城の門を潜り抜けると、馬車は少し逸れた道へと進んで行った。正面の入り口は使わないようだ。先頭の馬車にはミラルリーナが乗っているので、私的な客人扱いなのかもしれない。馬車が止まると、お父様はステップを降りてわたしに手を差し出した。


「何があっても気を抜いてはいけないよ。誰の前でも堂々としていなさい」

「はい、お父様。ご心配はいりません。しっかりやってみせますよ」


 胸を張って答えると、お父様は苦笑いをした。信じてもらえていないようだ。


 ……むぅ。大丈夫だよ、お父様。やらかすかもしれないけど、お父様とミラルリーナ叔母様がいるんだもん。今のわたしに敵無しだよ。


 わたしの不穏な心の声が聞こえたのか、お父様は不安そうな顔をして軽く溜息を吐いた。

 ステップを降りて「優雅に、優雅に」とブツブツ呟いていると、「伯父上!」と誰かを呼ぶ声が聞こえた。


「ミリアディーナ、私から離れていてくれないか。そこにいると危ない」

「へ?」


 わたしが後退りしたのと同時、お父様に向かって何かが飛び付いた。丁度風が吹いたのも相まって、酷い土煙が立ち上っている。ゴホゴホと咳き込むと、土煙の中で仁王立ちする少年の姿がうっすらと目に入った。


「伯父上、どうして会いに来てくださらなかったのですか? 伯父上がいないと暇で暇で仕方がありません」

「……あぁ、少々多忙でして」


 ……城に来て早々変な人に絡まれるなんて、お父様も大変だね。まぁ、王妃様がいる目の前で命知らずな行動をする人はいないから大丈夫だと思うけど。


 少しして土煙が静かに収まった。その代わりに、顔立ちからすれば十五、六歳くらいの金髪の少年が、満面の笑みを浮かべてお父様と腕を組んでいるという異様な光景が目に入った。


「伯父上、久しぶりに視察に行きませんか? 街でも海でも山でも良いですよ。伯父上と一緒なら何処へでも行きます」

「それは後で話し合いましょう、王子」

「あぁ、もう。敬語は止めて下さいと何度も申しているではありませんか!」


 ……この光景、さっき屋敷で見た気がするんだけど。


「リアンハイドったら母であるわたくしには見向きもしないのに、昔からお兄様には懐いているのよね。もう成人が近いのだから落ち着いて欲しいのだけれど……」


 やれやれだわ、とミラルリーナが肩を竦めた。姪と兄に対して似たような行動をしていた方はどこのどちら様だろうか。

 ミラルリーナが息子と呼ぶのならば、この少年は王子なのだろう。ベリオレッツィに教えられた王族の情報と、リアンハイドという名前を照らし合わせる。


 ……ええと、リアンハイドは第四王子だったかな。兄弟の中でミラルリーナ叔母様に一番似てるってベリオレッツィ先生が言ってた気がする。


 リアンハイドは遠巻きに見ていたミラルリーナ達がやっと目に入ったようで、お父様から名残惜しそうに離れた。


「母上、お帰りをお待ちしておりました。そうそう。侍女への言伝もなく外出なさるのは困ります、とオルヒウェルム兄上が頭を抱えていましたよ。そろそろ兄上達の胃が持ちません」

「あら、それはオルヒウェルム達に悪いことをしてしまったわね。……けれど、やっと顔を合わせられる姪に早く会いたくて仕方がなかったのですもの」


 わたしの予想通り、屋敷に来た理由は姪に会いたい欲の暴走だったようだ。リアンハイドが大きな溜息を吐いた。


「私だって、伯父上に会いたくて会いたくて仕方ないのを我慢しているのですよ」


 普通はいくら待ち遠しくともなんとか我慢するものだ。自分から出向こうとは考えないだろう。


「……僕も連れて行ってくだされば良かったのに」

「安心なさい。次は必ず連れて行くわ」


 ……ちがーう! 大人しく待つ、が正解だよ。次は、ってまた突撃訪問してくる気なの!?


 ミラルリーナに一番似ているのはリアンハイドだ、と言われる理由がよく分かった。強い愛情の制御不能という地味に迷惑な所がそっくりなのだ。


「ん、待てよ。母上、姪と仰いましたか?」


 リアンハイドはわたしとお父様を交互に見て首を傾げた。何かを思い出したようにハッとした顔をすると、奇異の目でわたしを見つめて指さした。


「もしかして、このちっちゃいのが伯父上の娘なのか……?」


 ……ちっちゃくないもん。


 少しムカッと来たが、それを顔に出さないように気をつけてニコッと微笑んで見せる。リアンハイドはわたしの顔を覗いて目を瞬き、「本当にセラヴェルリーネに似ているな」と呟いた。


「お初にお目にかかります。わたくしは――」

「あー、挨拶は要らない。其方の事は母上から聞いている」


 何を聞かせているのかとてもとても心配だが、そこには触れないことにした。




 わたしは面会のための部屋に通された。ミラルリーナは侍女に、ベリオレッツィは文官に、クリストーラは楽師に、それぞれこの部屋に来る途中で連れて行かれてしまった。クリステーヌとお父様は仕事へ向かったので、今この部屋にいるのはわたしとシャルエットとリアンハイドの三人だけだ。

 城の一室とあってゴテゴテに豪華なのかと思いきや、そうでもなかった。実用性を考えると、そこまで豪華にする必要がないのかもしれない。


 わたしが椅子に腰掛けると、リアンハイドが満面の笑みを浮かべながら机に頬杖をついた。性格だけでなく、笑った顔もミラルリーナとそっくりだ。


「ミリアディーナ。母上やランディール夫人の方が頼りやすいだろうが、何かあれば僕を頼っても構わない。伯父上の為に全力で協力するよ。君もセラヴェルリーネも血の繋がりから言えば従妹だし、仲良くしてくれ」

「それはとてもありがたいです。よろしくお願いしますね、リアンハイド王子」


 リアンハイドは「その代わり」と続けた。対価を求められるとは思っていなかったので、わたしは安易によろしくと言ったことを悔やんだ。


「伯父上の情報が欲しい。些細な事でも良いのだが、流してくれると助かる」


 情報という言葉にわたしの危険センサーが反応した。リアンハイドの目をキッと睨んで口を開く。


「それは特にどういった? お父様が不利になる情報は流せませんよ。わたくしの言葉を歪めて、娘からの情報として信憑性を高めて使おうなどとお考えではありませんよね?」


 何気ない一言を大袈裟に解釈し、意図せぬ方向へ持っていくことは悪役の常套手段だ。ベリオレッツィに言質を取られて、あれよあれよという間に影武者への道を進んでいるわたしは身をもって理解している。


「それは心外だな。大きな声では言えないが、伯父上は現国王の父上よりも国民から慕われていると言っても過言ではない。おかしな噂を流した所で、一体誰が噂を信じるだろう? そもそも僕が知りたいのはそういった類の情報ではない」

「へ? では、どういった情報を求めているのですか?」

「伯父上の好む食べ物はルゥチェで、嫌う食べ物はトメマだろう」

「へぇ、そうなんですか。存じませんでした」


 リアンハイドは何度か目を瞬くと、諦めたように溜息を吐いた。何かボソボソと呟いたが、よく聞き取れない。


「伯父上の気に入っている物や苦手な物を知りたいんだ。共に暮らす其方の方が多くを知っているだろう、と踏んだのだが……。まあ良い。何でも良いから教えて欲しい。どうだ?」

「それなら構いませんよ」


 お父様の情報と王子を頼っても良い権利ならばどう考えても後者を選ぶ。お父様には悪いけれど、背に腹はかえられない。

 リアンハイドとの契約が完了した所で、ミラルリーナが入ってきた。また抱き着かれるかと身構えたが、さすがに城内で隙を見せるような事はしないらしい。


「やっと解放されたわ。ミリアディーナ、もう少しでセラヴェルリーネの準備が整うそうよ。待たせてしまってごめんなさいね」

「お気になさらないでくださいませ。そういえば、ご兄弟との交流を取り繕う為にと聞いていましたけれど、リアンハイド王子は……よろしいのですか?」


 ゼルトウェード王の目的からすれば、リアンハイドも取り繕う対象のはずだ。しかし、誰も事情を隠す素振りがなく、城に着いてから行動を共にしている。


「……あぁ。リアンハイドは既にセラヴェルリーネと面識があるのよ。庭を散歩していたセラヴェルリーネと偶然に会ったのですって」

「母上! その話は……」


 リアンハイドがアワアワと慌て始めると、ミラルリーナはクスクスと思い出し笑いをした。何があったのかは教えてくれないようだが、なんとなく想像がつく。

 しばらくミラルリーナ達と話していると、口元に髭を蓄えた背筋の良いお爺さんが声をかけに来た。ジェスパーという彼はこの城に住む王族の生活の世話をする者達を束ねる役割をしており、先代王の時代から仕える執事だそうだ。


「姫様のご準備が整われました。謁見の間でお待ちでございます」

「ありがとう、ジェスパー。……そうそう。ミリアディーナ、貴女はなるべく周囲に顔を見せない方が良いわ。顔を隠せるものはある?」

「ディクドリード様がご準備くださいました。お嬢様、失礼いたします」


 ヴェールのように加工された布をパサりとかけられた。薄布ではないので、そこそこ前が見にくい。下を向いて歩くしかなさそうだ。


「これで不必要に顔を見られることはないわね。では、謁見の間へ向かいましょうか」


 部屋を出た所でジェスパーがシャルエットを呼び止めた。シャルエットが一緒にいられるのはここまでのようだ。段々と見知った人がいなくなり、なんだか急に心細くなってしまった。


「お嬢様、暗い顔をしてはなりません。ディクドリード様のお言葉をお忘れになりましたか?」

「ううん、大丈夫。覚えてるよ。気は抜かないから安心して。ちょっと心細くなっちゃったけど、頑張ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

ミリアディーナは第四王子のリアンハイドと出会います。兄弟の中でミラルリーナに一番似ていると言われる彼は、ミリアディーナにある提案を持ちかけました。

そして、いよいよ次話は王女セラヴェルリーネと謁見します。

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