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城へ

 食堂につくと、召使い達が妙に緊張した面持ちで動いているのが目に入った。いつもより働いている人数が多く、慌てる様子も見える。何事かと思いながら席に着くと、正面に初めて見る顔の女性が二人座っていることに気がついた。お客さんが来ていたようだ。


 ……いつもの食事は多くても三人なのに、今日は大賑わいだね。お父様にベリオレッツィ先生にクリストーラ先生。それに、お客さんが二人……。召使い達がバタバタしている理由が分かったよ。


 お客さん二人はクリスト―ラと談笑しながら優雅にお茶を飲んでいる。話に夢中で、わたしが来たことには気づいていないようだ。


「お嬢様、あそこにおられる方は上位者にあたります。失礼のないようにお願いします」


 シャルエットの耳打ちに頷いて返事をする。挨拶に割って入れる雰囲気ではなさそうなので、まずはわたしの中で二人をAさんBさんと仮づけた。


 ……金髪のお姉さんがAさん、青髪のおば……じゃなくてお姉さんがBさんって事にしておこうっと。


 わたしの視線に気が付いたのか、Bさんがこちらを向いた。女の勘は鋭い。頭の中でおばさんと言いかけたのがバレたのかもしれないと思い、わたしは反射的に目を逸らす。

 しかし、目を逸らした先で運悪くAさんと目が合ってしまった。何故か二人共、瞬きすらせずにわたしをジーッと見つめている。


 ……ヒエッ、なんてこった。もうおばさんだなんて間違わないからじっと見ないで……。


 二人がスッと立ち上がり、それを見たクリストーラも後に続いた。わたしは怒られるかとヒヤヒヤしながら立ち上がる。


「貴女がミリアディーナ?」

「はい、そうです」


 そっと相手の顔を見上げると、AさんもBさんも穏やかな顔をしていた。どうやら怒ってはいないようで一安心だ。ホッと息を吐くと、クリストーラがコテリと首を傾げた。静かに左胸をトントンと叩いて、何かをアピールしている。


 ……わたし、何か忘れてる? 左胸をトントンって……。あ、挨拶! すっかり忘れてたよ。


 とことん仕込まれた社交用の動きに切り替える。忘れていたなんて口が裂けても言えないので、クリストーラには「忘れてませんよ」という意味を込めて微笑みを送っておく。


「お初にお目にかかります。ミリアディーナ・ロゼシアントです。神々によるお導きに感謝致します。素晴らしき時を」

「ええ。素晴らしき時を」


 上位者に対する挨拶をすると、Aさんは穏やかに笑みを浮かべた。クリストーラは満足気にコクコクと頷いてる。

 上位者に対しては敬意を表す為に挨拶が変わる。階級や年齢が離れている場合に変えるらしいが、仲良くしたい度合いによっても変わるとか、色々と面倒なのだ。わたしは挨拶の尊敬語バージョンだと思っている。


 ……そういえば、一応公爵家の令嬢のわたしより上位って何者なんだろうね。


「ミリアディーナ様、こちらはミラルリーナ様です。ご存じかもしれませんけれど、貴女の叔母にあたる御方です」

「叔母、様? ええと、わたくしの叔母様で、ミラルリーナ様なのですか?」

「ええ。貴女の叔母のミラルリーナ様です」


 わたしは思わずポカンとしてしまった。嘘だろうと思ったが、実家帰りと考えれば有り得なくは無い。


 ……ってことは、こ、この目の前にいるAさんが……。


「……ミラルリーナ王妃」

「会いたかったわ。可愛いミリアディーナ」


 ミラルリーナはわたしを軽く持ち上げると、力強く抱き締めた。わたしの背中に回されたミラルリーナの腕の力はあまりにも強く、抵抗の一つもできそうにない。


「あぁ、なんて可愛いのかしら」

「ミラルリーナ王妃、ミリアディーナをお離しください。貴女は国の母たる王妃なのですよ。ご自身の為にも慎みを持って頂かねばなりません」


 椅子に腰掛けているお父様がミラルリーナを咎めた。兄というよりも臣下としての口調だ。わたし的には早く解放されたいのでもっと言ってほしいのだが、気に食わなかったらしいミラルリーナは口を尖らせてぷりぷりと怒った。


「もう、お兄様! 久しく帰った時くらいは妹として扱ってくださいませ。可愛い姪がいるのに抱きつかない方がおかしいでしょう? ね? ミリアディーナ」


 ……わたしに振らないでください。


 安易に「いいえ」なんて言ったら首が飛びかねない。わたしはこの状況に諦めをつけて、そっと微笑みを浮かべる。


「はぁ、フォーランデ様に知れたらなんと仰られるか……。あの方の性格はご存じでしょう?」


 口調を変えないお父様に怒ったのか、ミラルリーナの力が更に強くなった。胸部が圧迫されて呼吸が苦しい。か細い腕のどこからこの腕力が出てくるのだろうか。


 ……うっ、結構苦しい。変な声が出ちゃいそうだよ、うげぇって。


「あの、ミラルリーナ王妃……」

「ミラルリーナとお呼びなさい。貴女まで堅苦しくなるなんて寂しいじゃないの。姪と叔母は気楽にあって良いのよ」

「……ミラルリーナ叔母様、苦しい、ので……お願い、ですから……離し、て、ください」


 最後の力を振り絞って必死に答えると、やっと離してくれた。行儀は悪いかもしれないが、膝に手をついてになってフゥフゥと息を整える。


 ……ほ、本当に、危なかった。


「あら! ごめんなさいね、ミリアディーナ。わたくし、手加減が分からなくって……」


 困ったわと頬に手を当てたミラルリーナに、お父様は大きな溜息を吐き、Bさんはクスクスと笑った。


「御子様方にどうして逃げられてしまうのか、理由がお分かりになりましたか? ミラルリーナ様」

「ええ? どうしたら良いのかしら」


 どうやら子供達にも同じ事をした前科があるらしい。一度これをされたら逃げたくなるのも分かる。


「ミリアディーナ様、これからはミラルリーナ様のお相手をしなくてはなりませんのよ。何かありましたらわたくしを頼ってくださいませね。わたくしはクリストーラの母、クリステーヌ・ランディールと申します。私的な場ではテーヌとお呼び頂いて結構です」


 ……Bさん、クリストーラ先生のお母さんだったんだ。そういえば目の色がそっくり。


 クリステーヌはわたしの大切な命綱になりそうだ。是非とも良い関係を築きたい。


「テーヌ様、是非ともよろしくお願い致します。その、先程のような……」

「うふふ。もちろんですわ。お助けするくらいなら出来ましてよ」

「ありがたく存じます」




 全員が席に着くと食事が運ばれてきた。お父様が最初に料理に口を付け、皆も食べ始める。わたしが来てから一度も口を開いていなかったベリオレッツィは、勢いよくスプーンを動かしていた。


「ベリオレッツィ先生はお腹が空いていたのですか?」

「ん? あぁ、昨晩は忙しくて食事を抜いたからな。酷い空腹で話すのも億劫だった」

「あら。それではシャルエットに叱られたのではなくて?」


 ミラルリーナがわざとらしく言うと、ベリオレッツィはゆっくりと首を振り、カトラリーをそっと離した。


「そうならないよう黙っていました。たった今シャルエットに伝わりましたが」


 後ろに控えるシャルエットの顔を見ると、いつもの澄まし顔だった。しかし、だからと言って安心してはいけない。一瞬頬がピクっとしたのをわたしは見逃さなかった。これは怒っている。心の中でベリオレッツィに両手を合わせておいた。


 ……それにしても、ベリオレッツィ先生は前王妃の弟だし、ミラルリーナ叔母様に良くない感情があってもおかしくないなと思ってたけど……。うん、そんな感じは全くしないね。




 朝食を食べ終えるまであと少しという所で、シャルエットがわたしの耳元で声をかけてきた。


「お嬢様、お食事中の所を申し訳ないのですが、準備で皆様をお待たせする訳にはいきません。お部屋へ戻りましょう」


 食事を残すのは気が引けるが、シャルエットの言う事はごもっともなので頷いて返した。ゆっくりと立ち上がり、談笑している皆に声をかける。


「わたくしは準備がございますので、お先に失礼致します」

「ええ。また後で会いましょう」

「ヘルゼーンの半の鐘が鳴ったら屋敷を発ち、城へ向かう。それまでに準備しておくように。シャルエット、頼んだよ」

「かしこまりました」


 少し早歩きで部屋へ戻り、急いで湯浴みを済ませた。シャルエットが選んだ黄緑色のドレスを着せられ、髪はコラシユルにぎっちりと結われていく。痛い。


「ミラルリーナ叔母様が来てたなんてびっくりしたね」

「ミラルリーナ王妃とクリステーヌ様がいらっしゃったのは全くの予定外で把握しておりませんでした。申し訳ございません」


 シャルエットが知らなかったのならば、突然の来訪だったのだろう。きっと姪に会いたい欲が暴走したのだ。安易に想像が付く。


「あら、ミラルリーナ様がいらしてるのですか? てっきり屋敷に忍び込んでからは出入り禁止にされたのかと……」


 コラシユルから不穏な言葉が聞こえたが、きっと気のせいだ。ミラルリーナが忍び込んで出禁にされてたなんて聞いてない。聞いてない。

 コラシユルは三つ編みのギュッと締める所をしていた所だったのだが、話に気を取られたのかかなり強めに引っ張られた。


「イタッ」

「お嬢様、どうされました?」

「あ、いえ、なんでも……」


 結ってくれてる本人の前で痛いとは言いずらいので我慢していたが、耐えきれなかった。

 どう説明しようかと首を捻っていると、シャルエットが思いついたように「少し髪をお切りになりませんか?」と聞いてきた。成人まで切ってはいけない決まりだったはずだが良いのだろうか。


「切っても大丈夫なの?」

「前髪は切っても構いませんよ。元々、切りそろえる程度なら目くじらを立てられる事もありません」

「そうなんだ。じゃあ、お願いするよ」


 シャルエットは一度髪を(ほど)き、ハサミを取り出してチョキチョキとわたしの前髪を切った。少し心配になる切り方だったが、ギザギザにはならなかったので大丈夫だろう。


「ミリアディーナお嬢様は何をしても可愛らしいのね。似合っておりますよ」

「ええ、本当に。お人形さんみたいだわ」


 ……前髪を作るなんて前世の小学生以来だよ。うん、変じゃない。大丈夫そう。


「わたくしが結い直しますのでコラシユルは髪飾りの準備をお願いします」


 結い直そうとしたコラシユルをシャルエットが止めた。実は髪を解く口実だったようで、程よいキツさで結び直してくれた。正直、キツイままだったら優雅さが作れなかったと思う。

 髪を結い終えた所で、カーンカーンと少し軽めの鐘の音が鳴り響いた。


「あれ? もしかして……今鳴ったのがヘルゼなんとかの鐘?」

「……申し訳ございません。どうやら時間配分を間違えてしまったようです」


 コラシユルとソメージェに見送られ、わたしとシャルエットは玄関を目指して走った。もちろん、召使いの目がある所ではあくまでも優雅に早歩きだ。


 ……歩いたのは最初だけで、ほとんどシャルエットに抱えられてきたんだけどね。


 玄関ホールに着いたが、お父様以外の姿が見えない。皆は先に行ってしまったのかと思って、反射的に「申し訳ございませんっ!」と勢いよく頭を下げて謝る。すると、後ろから笑い声かした。


「そんなに大きな声を出してどうしたのかしら」


 笑っていたのはミラルリーナだった。周りにはクリステーヌ、クリストーラ、ベリオレッツィ、と全員揃っている。


「え? あの、鐘が鳴ってしまったので遅刻したのかと……」

「あぁ。それはだな、ミリアディーナ嬢。半刻の鐘は鳴らす頃合を調整中なんだ。担当だった爺さんがこの間亡くなって、新人が担当しているらしい」

「そ、そうなのですね。驚きましたわ、おほほほほ」


 ……焦った、マジで焦ったよ。ミラルリーナ叔母様のご機嫌を損ねてクビが飛ぶかと思ったよ。


 ミラルリーナがいると、なんだかヒヤヒヤしてしまう。叔母と言えども王族であることに変わりはない。わたし達はご機嫌一つでどうにでもなる存在だ。シャルエットも珍しく冷や汗を垂らしていた。


「あれ? ミリアディーナ、その髪……」

「前髪なら大丈夫だと聞いたんですが、いけませんでしたか?」

「すまない。驚いただけだ。別に構わないよ」

「良かったです。シャルエットが切ってくれたんですよ。似合っていますか?」


 前髪を指差して見せると、お父様はわたしの頭を軽く撫でた。小動物を撫でるような優しい撫で方をされて思わず表情が緩む。


「お父様?」

「似合っているよ、可愛いミリアディーナ。まるで神話に出てくる花の女神のようだ。さあ、馬車へ乗ろうか」


 お父様の機嫌が急に良くなった気がする。そんなに前髪が似合っていると思うと、なんだか嬉しい。切ってもらった甲斐がある。


「あらあら。ミリアディーナ様は末恐ろしいですわね。そう思いませんか? ミラルリーナ様」

「ええ、本当に。うふふ、さすがわたくしの可愛い姪です」


 クリストーラとミラルリーナは二人だけで何かを納得して、玄関ホールを出ていった。


 ……まぁ、いっか。

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