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勝者、お父様

 目が覚めると、わたしは寝台の上にいた。おかしい。夕食を食べた記憶はない。なんなら寝台に入った記憶すらない。


 ……あれ? わたし、なんで寝てるんだっけ。ガーツェを倒したことまでは覚えてるんだけど……。


 視界がぼやけていて周りがよく見えない。ゴシゴシと目を擦っていると、「ミリアディーナ」とお父様の声がした。


「具合いはどうだ?」

「問題ないです。あの、わたくし何故寝台にいるんでしょうか? 寝た覚えはないんですけど……」

「クリストーラ様と話している最中に突然気を失ったと聞いたよ。何があったんだい?」


 ……影武者、決定……。うっ、嫌だよ。思い出したくない。


 気を失う原因となったクリストーラの言葉を思い出すと、また頭がクラクラしてきた。なんとか体を起こして、お父様の目を見つめる。


「お父様、わたくしが影武者に決まってしまったというのは本当ですか? クリストーラ先生の嘘ですよね?」

「……嘘ではない。本当のことだ」


 少しヒンヤリとしたお父様の指先がわたしの頬を伝う。悲しそうに微笑んだお父様を見ると、悪いことをしていないのに罪悪感が湧いてくる。


 ……うーん、影武者ねぇ。敵を倒したと思ったら影武者だった、みたいなお話は読んだことがあるけど、実際どんな事をすれば良いのか分からないんだよ。


 前世の記憶を頼りに考えていると、ベリオレッツィとクリストーラが部屋に入ってきた。二人共、心配そうな顔を浮かべている。気まずそうに頭を搔いて、ベリオレッツィが口を開いた。


「……ミリアディーナ嬢は幸運だな」

「どういう意味ですか? 影武者に選ばれるなんて、余程不幸ですよ」


 わたしの発言にピタリと周りの動きが止まった。ベリオレッツィは咳払いをして、ディクドリードとクリストーラは明後日の方向を見ている。


「わたくし、何か変な事を言いましたか?」

「あー、先の発言は王族への不敬に当たる。聞かなかったことにするが、今後は気をつけろ。首が飛ぶぞ」

「えぇ!? え、ええと、忘れてください。絶対にバラさないでくださいね。しーっですよ!」


 わたしは口の前に人差し指を立ててシーとやって見せた。物理的に首が飛ぶなんて怖すぎる。


「その歳で王に文句を付けるとは大した度胸だな。ロゼシアント家の血が流れているだけはある」

「ふふ。ベリオレッツィ様が幸運と言ったのは、ディクドリード様のご対応のことですわ。ミリアディーナ様の処遇がなるべく良くなるように、たくさんの条件をお付けになったそうですよ」


 わたしは首を傾げた。条件とはなんのことだろうか。お父様を見ると、ニヤリと黒い笑顔を浮かべていた。ベリオレッツィの苦笑いを見るに、相当面倒な条件を付けたのだろう。


 ……お父様、なんか悪魔的な雰囲気が漂ってるよ。


「一番重要なのは、ミリアディーナ嬢が王女に直接お会いしてから影武者になるかどうか判断する、というものだ」

「ええと、どういうことでしょう?」

「ミリアディーナがセラヴェルリーネ王女とお会いして、この方の影武者にだったらなれる、と思えるなら良いと思ったのだよ。忠誠心がなければ影武者は難しいし、成人までの期限付きとはいえ身代わりになる訳だからね」


 要するに、セラヴェルリーネ王女に自分の命をかけるに値するのか見定めろということだろう。傍から見れば不敬だが、わたしにとってはありがたい名案だ。さすがわたしのお父様。


 ……この人に命はかけられません、となれば影武者にならなくて済むって事だよね。ともちゃんの生まれ変わりかもしれないセラヴェルリーネ王女と会えるし、影武者は断れるし、一石二鳥じゃない!


「分かりました」

「あら、すんなりと受け入れるのですね。また気を失われるかと思いましたわ」

「そんなにそんなに気は失うものじゃないです!」


 わたしが唇を尖らせると、皆が笑い出した。その笑い声を聞いたら、少しだけ不安が薄れた気がする。


 ◆


 次の日、セラヴェルリーネ王女への謁見は一ヶ月後に決まったと連絡が入った。それまでにベリオレッツィとクリストーラによって完璧な貴族令嬢に仕立て上げるそうだ。


 ……ひぃ、わたし、死なないよね? ベリオレッツィ先生もクリストーラ先生も手加減してくれないし、心配になってきたよ。頑張れ、わたし!


 それから一ヶ月間、わたしは地獄を味わった。テスト勉強さながらの猛勉強と行儀作法の猛特訓である。

 音楽にも力を入れ、打楽器や弦楽器などの様々な楽器を試した。この屋敷にはクリストーラも珍しがるような楽器もあったようで、とにかくクリストーラの興奮と熱気がすごかったのを覚えている。

 ついに明日は謁見の日だ。クリストーラとの最後の特訓を終えて部屋に戻ってきたわたしは、なんとなく寝台にダイブしたくなった。天蓋が付いているので助走を付けての大ジャンプは出来なそうだが、軽くなら大丈夫だろう。


「とおっ! イダッ!? あ、『マットレス』無いんだった……」


 体重がそこまで重くなかったのが幸いだった。怪我はしていない。丁度部屋に入ってきたシャルエットの痛い視線が刺さっただけだ。

 わたしは何事もなかったかのようにそそくさと布団を被り、「明日王女に謁見なさるお方が、何をなさっていらしたのですか」というシャルエットの恐ろしい質問を聞かなかった事にした。必殺、寝たフリ作戦だ。


 ……楽しみだな。セラヴェルリーネ王女、どんな人かな。王女様だし、堂々としてカッコイイんだろうなぁ。


 明日はセラヴェルリーネ王女に会う日。ドキドキワクワクして眠れなそうだ、と思っている間にわたしは眠りについた。


 ◆


「お嬢様、お嬢様、起きてください」


 体をゆさゆさと揺らされて目が覚める。もう朝らしい。昨日は驚く程の快眠だったので頭がすっきりしているように感じる。伸びをしながら体を起こして、いつものようにシャルエットに一日の流れを説明してもらう。


「お食事をお召し上がりになってから城へ向かうご予定です。本日はわたくしもご同行させて頂きます」

「シャルエットがいるなら心強いよ」


 説明が終わったのと同時にゴーンゴーンと鐘の音が鳴り響いた。どこで鳴っているのかは分からないが、近くではなさそうだ。


「鐘? 何かあったの?」

「恐らく時を知らせる鐘の音です。只今鳴っているのはモルゲゾンネの鐘、通称三の鐘ですね。あの鐘は数年前から改修をしていたのですが、お嬢様は初めてお聞きになりましたか?」


 時間は外の明るさ頼りの生活をしてきたので、時間を把握する手段があることに驚いた。わたしが頷くと、シャルエットは詳しい説明を始めた。

 王都の中心には、時を知らせる鐘、半刻を知らせる鐘、祝い事を知らせる鐘の三つの大きな鐘がある。時を知らせる鐘は一日に八回鳴り、その間に半刻の鐘が鳴る。ゼルトウェード王の治世になってから深夜は鳴らさなくなったらしいので、実際に鳴るのは六回だそうだ。


「鐘には時間によってそれぞれ名前が付いているのですが、皆面倒くさがって一の鐘や二の鐘といった呼び方をしています。普段の生活ではどちらを使っても問題ありません。ただ、古老達は正式な呼び方を推奨しているようですから、知識として知っておくのが良いかと存じます」


 シャルエットは、時間が分からない為に大事なお茶会に遅れてしまったけれど相手も準備が遅れていた話や、鐘が鳴らないのでいつまでも話して日が暮れてしまった恋人達の話をしてくれた。


 ……時間も忘れて話し込むなんて、ラブラブなカップルだね。


「お嬢様、お話はここまでにしてお召し換えを致しましょう。そろそろご朝食のお時間です」

「急がなくちゃね」


 わたしは召使い達にテキパキとワンピースを着せられ、髪を整えられ、寝ぼけた顔から一気に美少女へ仕立て上げられると、食堂へ向かった。

ディクドリードが王に突き付けた条件を知ったミリアディーナは一石二鳥と喜びます。地獄の特訓を乗り越え、ついに迎えた謁見の日。


次回は、待ちきれなかったあの方が来訪します。

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