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発覚する事実

 最後のお楽しみに取っておいた神学の本をシャルエットに書見台へ置いてもらう。三冊の中で神学の本が一番分厚いかと思いきや、そうでもなかった。あまり厚みはないし、表紙も目立った装飾は施されていない。


 ……神話一つでも分厚くなりそうなのにね。一話だけ載ってるとか細かくびっしり書かれてるとか、そういう感じかな。まあ、いいや。とにかく読んでみよう。


 表紙を開いてすぐの一ページ目には、『秘密の日記』と大きくタイトルが書かれていた。わたしはパラりとページを捲る。


 ……あれ? これ、なんかおかしくない? 神話……というよりも本当に日記っぽい。


「シャルエット、この本間違えてない?」


 首を傾げるわたしを見てシャルエットがページを覗き込む。そして、「これは……」と一言呟くと本の表紙や背表紙を確認し始めた。


「どうやら外国語で書かれた本のようですが、ベリオレッツィ様がお間違えになったのでしょうね。失礼致しました」

「ふぇっ? 外国語? シャルエット、ちょっと見せて」


 書見台に戻してもらい改めてページを見返すと、わたしは驚くべき事実に気が付いた。


「ええええええーっ!? これ、『日本語』だよ! なんでこんなところに『日本語』の本があるの? だってここ『異世界』だよ?」


 この本にはこの世界に存在するはずがないと思っていた日本語が書かれている。異世界に日本語の本が存在している。驚き過ぎて目玉が飛び出そうだ。


「これはニホンゴというのですか? わたくしは初めて見ましたが、どちらで使われている文字でしょう?」

「あっ、ええと、それはぁ……」


 ……あちゃー……。シャルエットが横にいるのに日本語とか異世界とか聞かれちゃマズいこと叫んじゃったよ。もう、いっそのこと全部話しちゃう?


 わたしに前世の別の世界で生きた記憶があることを正直に打ち明けた場合を想定してみる。……デメリットしか浮かんでこない。異世界の記憶があるなんて言ったら、どんな扱いをされるか分かったもんじゃない。


 ……うん、言うのはやめておいた方が良さそうだね。


 シャルエットに怪しまれないよう、なるべく自然を装って困った顔を作る。


「多分、ベリオレッツィ先生が渡す本を間違えたんだね。ええと、『日本語』はわたくしがテキトーに考えた言葉だから気にしないでちょうだい」

「は、はぁ。かしこまりました。わたくしはベリオレッツィ様にこの本についてお伺いしてきます。お嬢様は、想像力が豊かでいらっしゃるのですね」


 ……ちょっと引かれた!?


 もう少し考えてから答えれば良かった、とわたしは心の中で項垂れた。周りの認識が意地悪お嬢様から変人お嬢様になってしまう。どちらも不名誉だ。これからはとくと気を付けよう。さもなくばわたしは絶対やらかすぞ。


「では、行って参ります」

「行ってらっしゃい。ゆっくりで良いのよ。ゆーっくり歩いて行って良いんだからね。早歩きとかしなくて大丈夫だからね」

「ご配慮頂かなくともよろしいのですが……」


 シャルエットは困ったように眉をピクリと動かしたが、これは別に配慮ではない。日本語が書かれたこの本が気になるけれど、読んでいる所を見られては色々とマズイ。誰にも見られずに読みたいからゆっくり行ってきてちょうだいね、という下心満載のお願いなのだ。


「シャルエットはいつも手早く仕事をするけど、たまには穏やかにする日があっても良いと思うのよ。うんうん!」

「そうですか、かしこまりました」


 シャルエットが部屋を出たのを確認して、本に向き直る。


 ……久しぶりの日本語、なんだか懐かしいな。


 日本語には単純計算でも七年以上は全く触れていなかったのだから、逆に覚えていたのが不思議なくらいだ。


 ……ベリオレッツィ先生に返しちゃったら次はいつ読めるのか分からないし、もう一生読めないかもしれない。見納めだと思ってじっくり見ておかないとね。


 丸みのあるひらがなも画数の多い漢字も大陸共通語には見られない形だからか、見慣れているはずなのに珍しいものを見ているように感じる。


「ええっと、なになに?」


【私はどうやらとんでもない経験をしているようです。ここが日本でも私の知る世界でもないというのですから。正直信じられませんが、信じるしかありません。

 最初は家族や友人が恋しくなりましたけど、もう前の私に戻れはしないのです。気持ちを切り替えて新たな人生を歩むことにしました。】


 これを書いた人はわたしと同じく前世は日本人だったらしい。感傷に浸りながらじっくりと目に焼き付けていると、下の方に見逃していた一文があることに気が付いた。


【まずは、記憶が薄れる可能性を考慮して、あちらの言葉で私の名前を記しておきます】


「忘れないように名前を書いておくなんて律儀な人だね。確かに忘れそうだし、わたしもどこかに書いておこうかな。……ってうぇっ!?」


 わたしはそこに記されている名前を見て瞠目した。


「……友重?」


 どうやらこの日記を書いた人物はわたしの親友と同姓同名だったらしい。とんだ偶然があるものだ。


 ……でも、この名字って結構珍しいし、同姓同名というより……本人? まさかね。だって、ともちゃんは――。


 生きている。そう心の中で言いかけて、わたしは信じたくない事実を記憶の底から掘り起こしてしまった。どうやらわたしは自分に都合の悪い記憶の一部を押し隠していたようだ。

 けたたましいサイレンの音がじわじわと近づいてくる頃、微かに残る意識の中で聞いた「……この子息してない」という一言。ざわめく周囲にかき消されそうな震える声だけがわたしの耳に届いていた。だが、それはわたしに向けられた悲嘆ではなかった。その『この子』は友重のことだったのだ。

 トラックにはねられる直前の、友重の絶望したような叫び声が頭の中で木霊(こだま)する。歩道から一部始終を見ていた人からすれば、わたしの全力疾走も勢いをつけて歩いているようにしか見えなかっただろう。せめてわたしが人並みに走れれば、友重もわたしも助かったかもしれないと思うと悔しさが滲む。


 ……でも、ともちゃんもこの世界にいるなんて思わなかった。街ぶらしたら会えるかな。家抜け出して、探しちゃう? 道でばったり、なんてあるかもね。


 シャルエットが帰ってきたらそれとなく屋敷の抜け道を尋ねてみることにしよう。

 それにしても、この本はいつ書かれたものなのだろうか。比較的新しそうには見えるが、実は古いものだったりしないだろうか。もしかしたら、友重はもうおばあちゃんになっているなんてこともあるかもしれない。


 ……髪は白髪で、皺も出来て、腰も曲がってたりして。どうなっていようと、きっと顔を見たらともちゃんだって分かるよね。長い付き合いだったし。あれ、でも顔? ……あ、前世とは顔が違うんだ! 盲点!


 転生しているのだから顔も違えば名前も違う。そんな当たり前のことに今更気が付き、わたしは友重の現在の名前を探すことにした。

 シャルエットが帰って来る前に見つけるには時間が足りなそうなので、サッと目を通すだけにしてパラパラとページを捲っていく。すると、中盤で気になる文を見つけた。


【この日記は事情を知っている侍女のおかげで記せています。まだ三歳の私の言葉を信じてくれた彼女には感謝しかありません。】


 ……ほへぇ、侍女。侍女ってことは、今世のともちゃん王族なの!?


 ウェルスツェーラムでは王族の身の回りの世話をする女性のことを侍女と呼ぶ。

 これは友重に会おうにも会えない可能性が出てきた。どうすれば良いのかと考えて、一つ思いつく。


 ……セラヴェルリーネ王女の影武者になれば、城へ行けるし、王族と会うこともあるんだよね。


 わたしは首を振って却下する。少し惹かれるが、それに伴う危険が大き過ぎる。

 日記は終盤に近づくにつれ空白や訂正が目立つようになり、結局友重の現在の名前が見つからないまま最後のページまで到達してしまった。


【私の記憶はもう、長くはもちません。日本語を思い出すのも精一杯なのです。初めはただ単に忘れたのだと思っていました。けれど、違いました。記憶を操作されているような、そんな気持ちの悪い感覚が続くのです】


 インクが滲んでいたり、文字の形が崩れていたり、最初のページと比べれば別人かと思ってしまう程に字が乱れている。大きさの均等が取れていなかったり、とめはねはらいがバラバラだったり、まるで字を覚えたての子供の字だ。


【明日で七歳になります。六歳最後の日にもう一度、私の名前を記します】


 日本語の名の下に、大陸共通語でもう一つ名が綴られている。しかし、やっと見つけたと喜んでいられたのも一瞬だった。


「セラヴェルリーネ・ウェルスツェーラム……?」


 目を擦っても、頬を引っ張ってもその文字が変わる事はなく、引っ張った頬はジンジンとして痛い。幻でも夢でもなく、セラヴェルリーネと名が記されている。


 ……ともちゃんが、セラヴェルリーネ王女?


 国名を苗字として名乗れるのは王族だけ、と先程読んだ本に書いてあった。わたしはゴクリと息を呑む。


「セラヴェルリーネ王女がどうかしたか? ミリアディーナ嬢」


 優雅さも忘れてバッと後ろを振り向くと、紫色の瞳を細めて微笑むベリオレッツィがいた。


「ベリオレッツィ先生、い、いつの間にいらしたのですか?」

「今来たばかりだ」


 この日記を読んでいる所を見られただろうか。日本語が読めることがバレたら面倒くさいことになる。なんとか誤魔化さねば、と内心慌てていると、ベリオレッツィは不服そうな目でわたしを睨んだ。


「それを読んでいたのか? シャルエットからミリアディーナ嬢が読めるはずのない本を持ってくるな! と叱られたのだが」

「叱られたのですか? シャルエットに? ええと、ベリオレッツィ先生の後ろに立っているシャルエットに?」

「あぁ、そうだ」


 ……シャルエット、ベリオレッツィ先生を叱るなんて何者?


 誤魔化すのに丁度いいので、ベリオレッツィとシャルエットの関係を洗いざらい吐いてもらおう。我ながら良い考えだ。


「ベリオレッツィ先生、シャルエットとはどんな関係なんですか?」


 わたしの質問に余程驚いたのか二人してポカンとしている。やはり、この二人には何らかの関係があるのだ。わたしは友達か親戚だと予想している。


「急に何を言い出すのですか、お嬢様」

「答えられない関係? ま、まさかそういう……」

「お嬢様、何を考えているかは分かりかねますが恐らく違います。こういうことはベリオレッツィ様がお答えください」

「は! なんで私が……」


 シャルエットはベリオレッツィに近づいて、「貴方は家庭教師で、わたくしは召使いですから」と袖を引っ張った。今までにない、輝かしい笑顔だった。恐らくは、「貴方が答えるべきでしょう?」という意味だと思う。回りくどい表現は全く分からないが、シャルエットの顔がそう言っている。


「ほら、早く答えてくださいよ。ベリオレッツィ先生」

「あ? どういう関係と言われてもシャルエットは私の妻だとしか答えられんな」

「へ? 妻?」

「聞いておいて間抜けな顔をするな!」


 自分の召使いと家庭教師が夫婦だったと聞いて間抜けな顔をしない方がおかしい。


「聞いてませんよ!?」

「知らなかったのか。てっきり知っているものだと思っていた」

「わたくしはお嬢様にお仕えしてまだ数日ですし、お伝えする程でもないかと思っていましたので」


 そういう事は早く教えて欲しいものだ。二人が既婚者である事すら知らなかった。


 ……初めて会った時のシャルエットに向けたあのウインクはイチャついてたってこと!?


 ベリオレッツィはわたしのむくれた顔を見て、「じゃあ、これは知ってるか?」と面白がるように少し口の端を上げた。惚気話でも聞かされるのかと身構える。


「ミリアディーナ嬢には前任の召使いがいただろう?」

「はい、赤髪でやけに力の強い……」

「私の伯母だ」

「はい?」


 ……え、あの、わたしの嫌がらせで辞任した召使いが、ベリオレッツィ先生の伯母さん?


 わたしは今、水滴が落ちるのではと思うくらいの手汗が出ている。見つからないように必死に拭っているが、乾いてくれない。大洪水状態だ。


「その顔は知らなかったんだな。面白いからついでに言っておくと、私は第一王子の叔父だぞ」

「ご、ご冗談を……」

「冗談ではございませんよ、お嬢様。ベリオレッツィ様はベイローネ様の弟君で、第一王子の叔父です」


 そういえば、ゼルトヴェードの亡くなった妻のベイローネはブローツェ家の出身だと書いてあった。ロゼシアント家出身の王妃に気を取られて気にしなかったが、シャルエットはわたしに挨拶した時に「シャルエット・ブローツェ」と名乗っていたではないか。


 ……要するにわたし、第一王子の大伯母さんに嫌がらせして辞めさせたんだよね。


「……わたしの『セカンドライフ』、早々に終止符?」


 訴えられたら確実に終わる展開だと確信したわたしが涙目になって机に突っ伏すと、ベリオレッツィがそれを見て豪快に笑った。


「ふっははははは! そんなに驚いたか」

「ベリオレッツィ様、わたくしの主を笑わないでくださいませ」


 シャルエットが窘めると、ベリオレッツィは「すまぬ」と素直に笑うのを()めた。シャルエットの怒った顔が可愛かったのか、ベリオレッツィの顔が少しにやけている。嫁大好き人間なんだな、と思っていると、シャルエットの窘める矛先がわたしに向いた。


「ミリアディーナお嬢様も、何があったのかは存じませんがお顔を上げてください。大事なお顔に跡がつきますよ」

「うぅ。わたしに生き残る道はもう残っていないのよ。何であんなことしちゃったんだろう。自分が嫌になる」


 自己嫌悪を抱いても遅い。性格の悪さで自分の首を絞めた令嬢として語り継がれるに違いない。恥ずかし過ぎる。黒歴史を作って死ぬのだけはもう嫌だ。絶っ対に嫌だ!


「安心しろ。伯母上は子供のちょっとした反抗程度にしか考えていない。理由があって辞めただけだ」

「そうなのですか?」


 パッと顔を上げてベリオレッツィを期待の目で見上げる。だが、ベリオレッツィからは期待と逆の返答が返ってきた。憂いを帯びた顔でとんでもないことを言われたのだ。


「伯母上は良いが、陛下の不評を買っているかもしれん」

「どうしてですか? わたくし、王様なんて会ったこともありませんよ」

「義伯母様はゼルトヴェード王の乳母をされていた方ですからね。ミリアディーナお嬢様のことも話されているかもしれません」


 零れそうになっていた涙は引き、血の気も引いた。最大の敵はなんとやら。わたしには幼少から王の手の者が付いていたのだ。これまでにした嫌がらせや我儘のあんなことやこんなことが次々に浮かんでくる。前任の召使い本人は良くとも、話を聞いたゼルトウェード王がどう思っているかは分からない。わたしは逃げ道を塞がれた気分で顔を覆う。


「フッ。そんなに落ち込むな。道はあるぞ」

「本当ですか!? わたくし、なんでもやりますよ」


 椅子がガタッとなるくらい勢いよく立ち上がって、両手でガッツポーズをした。ガッツポーズには不思議そうな目を向けられたが、ベリオレッツィは「そうか、そうか。良い意気込みだ」と爽やかに微笑んだ。


「それで、どんな道ですか?」


 そうわたしが尋ねると、ベリオレッツィの目がニイッと細められた。

 口車にまんまと乗せられて「なんでもやる」という言質を取らせてしまったことに気づいた時にはもう遅い。ベリオレッツィの節々の目立つ細い手がわたしの肩に置かれる。


「セラヴェルリーネ王女の影武者となる道だ」


 ……お父様、ごめん。わたし、自分から悪魔の手に落ちました。

ミリアディーナが読んだ日記によって友重がこの世界に転生していることが発覚しました。現在の姿は自身が影武者となることを望まれている相手、セラヴェルリーネ王女。ベリオレッツィからは王族やシャルエット、前任の召使いとの関係性が明かされました。


次話はミリアディーナが必死にあわてます。

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