表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

三冊の本

 神殿から帰ってきたら「待ってました!」と召使い達にお風呂場へ連れて行かれ、わしゃわしゃと洗われた。そして、ちょっとセンスの悪いワンピースを着せられ、髪をきつく結ばれ、現在痛さに耐えながら部屋に戻ってきた所である。

 当の召使い達はわたしを部屋まで送り届けると、さっさと別の仕事に戻っていった。切り替えが早い。


「……シャルエット、ただいま」

「お嬢様、おかえりなさいませ。……分かっております。結い直しますのでお掛け下さい」


 お風呂や着替えの時しか顔を出さないので印象に残りづらいのだが、実はわたし担当の召使いはシャルエットを含めて三人いる。

 おっとりとしたひっつめ髪のおばさんのソメージェさん。子育てを終えて仕事復帰したつり目のコラシユルさん。そしてシャルエットの三人だ。

 センスの悪いワンピースを選んだのがソメージェ。新人教育を任されるほど仕事が出来る人なのに服を選ぶセンスは悪い。髪を結ってくれたのがコラシユル。男の子ばかりを育てたからか力加減がイマイチ分からないらしい。


「二人共、仕事は優秀なんだけどね。イタッ」

「申し訳ございません。随分とキツく結われているもので中々解けないのです」

「大丈夫よ。イタッ」


 やっと髪が解けた頃には昼食の時間で、食卓には久しぶりにお父様が同席し、ベリオレッツィとお互いに微笑みながらわたしの勉強方針について話していた。


「ミリアディーナはどうでしょう?」

「とても優秀です。()()がなければ私の助手にしたいほどですよ」

「それはそれは光栄なお話ですね。混沌をもたらす出会いの女神が訪れなければ冬の神は平穏でいられます。どうか別れの神の御加護を頂きたいものです」


 お父様が何と言っているのかはサッパリ分からないがお互い怖い程にキラキラした笑顔をしているので、二人の間で何かを争っているのは分かる。マジ怖い。


 ……そういえば、お父様にベリオレッツィ先生が王の手先かもしれないって伝えてなかったっけ。まぁ、お父様なら大丈夫でしょ。




 部屋に戻ると「明日までに目を通しておけ」という殴り書きと共に、ベリオレッツィから分厚い本が三冊届いていた。一冊は神学で、あとの二冊は歴史について書いてあるらしい。神学については植物紙ではなく羊皮紙が使われているので、わたしの身近にあった本とは雰囲気が違う。

 残りの勉強は歴史だけと聞いていた気がするのだが神学の本を堂々と置いていっているのは何故だろうか。これは、残りが歴史だけというのは信じない方が良さそうだ。


「神殿に行ったばかりだし、神学は最後のお楽しみにして歴史から読もうかな」


 ……でもこれ、どう見ても読むの大変だよね。大きいからわたしの手じゃ持って読めないし、身長が低いから机に本を置いて読むのも無理そう。


 本屋の辞書コーナーに佇むあの大きな国語辞典よりは一回り小さいが、買うとしたら相当勇気のいるサイズだ。今のわたしが持とうとしたら腕が無惨にポキッと折れそうな気がする。


「シャルエット、こういう自分が持てないような本はどうやって読めば良いの?」

「書見台をお使いください。準備致しますね」


 その手があったか、とポンと手を打つ。書見台を使って読んだ事がなかったので思いつかなかった。

 シャルエットが持ってきたのは、机の上に置ける卓上タイプの書見台だった。同じ意味だが、ブックスタンドと言った方が想像しやすいかもしれない。

 歴史の本は「ウェルスツェーラムの歴史」と「ソルステルラとの交流」という二冊だ。まずは「ウェルスツェーラムの歴史」を書見台に置いてもらう。


 ……少し座高が足りないよ。これじゃ読みにくい。


 大人ならば読みやすい高さだろうが、わたしからすると高すぎる。気を利かせたシャルエットが椅子にクッションを置いてくれたらちょうど良くなった。


「ありがとう、シャルエット」

「お嬢様用にクッションを用意しておいて良かったです」

「す、すぐに要らなくなるからね。きっと」


 早く成長するんだと意気込んで本を開く。まずは左端から字を読もうと試みるが、何と書いてあるのかが全く分からなかった。基本文字を忘れた訳ではない。わたしの知らない文字や記号が出てきたり、読めても内容が意味不明なのだ。諦めて右側のページに目を移すと、今度はこの間読めるようになったばかりの見慣れた文字が書いてある。


 ……あぁ。これ、建国神話じゃない?


 創世神話の続編らしき建国神話が書いてある。わたしは歴史の教科書を想像していたので少々面食らった。

 頬杖を付きながらページを捲り、また全く読めない左側のページを眺める。なんとか読もうと目を凝らし、小さく唸っていると肩を軽くトントンと叩かれた。


「お嬢様、左は原文で右は訳したものです。お嬢様は右側の訳された文をお読みになってください。神話を本にする際は原文と現代語訳のどちらも載せる決まりが定められているのです」


 神話は大昔の神殿組織が使っていた特殊な文字やその国で使われていた古語で書かれていることが多いそうだ。大陸共通語に変わった今では特殊文字や古語の仕組み自体が廃れつつあり、特に訳すのが難しいらしい。

 小さく笑いながら「大人でも神話の原文は中々読めませんよ」と、シャルエットが肩を竦めた。


 ……ウェルマが聖典を翻訳したのって、わたしが思ってた以上にすごい事だったんだね。


 神話部分の次は王の功績やその時代の出来事が簡単に年表化されたページが続いていた。その後はほとんど王のプロフィールだ。王の名前、在位期間はもちろん、母親や配偶者の実家についても記載されている。

 記述があまりにも曖昧で極端に少ない王のページを何度か見かけたが、シャルエット曰く、戦争や粛清によって元の記録媒体の損失が起きた、もしくは故意的に消されたのでは、ということだった。本一冊でなんとも深い。

 わたしはプロフィール帳を見る感覚でどんどん読み進めていった。プロフィール帳なんて読んだ事も書いた事もないが、多分こんな感じだ。


「あれ、ジークヴェード王で最後?」


 現王はゼルトウェードだと聞いているので、ジークヴェードは先代の王だろうか。配偶者のフォーランデは没年が記されていないのでまだ存命かもしれない。


「この本はあくまでも歴史の本ですから、在位中の王は書かなかったのではありませんか?」


 ……なるほど。シャルエット、鋭い。


 ジークヴェードの後ろのページは白紙になっていて、書き足せるようになっていた。大々的に出版されている本ではなく誰かが個人的に纏めたもののようだ。全て手書きなところを見ると、そもそも印刷技術が確立されていないのかもしれない。

 読み終わったので本を閉じようとしたら白紙のページの間に数枚の紙が挟んであることに気づいた。質感はベリオレッツィが使っていた紙に似ている。


「ええと、ゼルトウェード王ってことは、これが今の王様の時代になってからの情報ね!」


 情勢や出来事は簡易的過ぎて役に立たないが、基本的なプロフィール部分はしっかりと纏められていた。書いた人は相当優秀だ。

 ゼルトウェード王の配偶者は二人書いてある。最初の王妃は亡くなっていると聞いていたが、どちらの王妃も名前を見るのは初めてだ。前王妃は第一王子の産後すぐに亡くなったブローツェ家出身のベイローネ、その後に嫁いできたのがロゼシアント家出身のミラルリーナ、と書いてある。


 ……んん? ロゼシアント家って、ウチじゃない?


「シャルエット、ミラルリーナ王妃の実家がロゼシアント家だとあるんだけど、わたしの親戚?」

「お嬢様の叔母様ではありませんか。ご存じないのですか?」


 シャルエットが首をコテっと傾げた。


「……初耳」


 ……公爵家だし王族の外戚になっててもおかしくないとは思ってたけど、まさかの叔母様。近っ!


「お坊っちゃま方は王子と友好な関係を築いているとお聞きしておりましたが、お嬢様はそもそもご存じなかったのですね。驚きました」

「わたしも驚いたわ」


 坊っちゃまとは、わたしの二人の兄のことだろう。実の所、兄達との交流は全くないので顔も名前もうっすらとしか覚えていない。今ここで名前を答えろと言われても困るありさまだ。

 よくよく考えてみれば、わたしは親族との関わりが極端に少ない。お父様以外の家族の顔を覚えていないのも中々にマズイし、深窓の令嬢などというレベルではないのではないだろうか。


 ……会った時に覚えれば良いんだし、まぁ、いっか。


「シャルエット、次の本に替えてもらえる?」

「かしこまりました」


 次の本はウェルスツェーラムとソルステルラの交流の記録だった。これも書き足せるようになっていて日誌に近い。城の文官が書いている物らしく、ページ毎に筆跡が違う。どのページも一貫して綺麗な字だが、人によってに癖があったりするので面白い。


 ……ふふ。この人は数字の書き方に癖があるみたい。人一倍文字は綺麗だけど、数字だけは(いびつ)。あ、こっちのページも同じ人かも。


「この本、ほとんど交易に関する記録だね」


 ウェルスツェーラムからは食料、ソルステルラからは宝飾品や調度品というのがいつものパターンで、パシェという果物も毎回取引されている。


「ソルステルラは広大な国土と大陸一の人口を持つ国です。家具や宝石の加工技術は優れていても食料が間に合っていないらしく、ウェルスツェーラムからの輸入に頼りきりのようですよ。資源の豊富さでウェルスツェーラムにかなう国はありませんから当然の流れでしょう」

「へぇ、そうなのね。あ、婚姻の記録もある」


 ウェルスツェーラムとの関係を確固たるものにする為にソルステルラから嫁いできた王女が、ジークヴェード王の妻フォーランデだそうだ。

 王女を一目見ようと道の端に大勢の人が並び、馬に乗った騎士や従者の行列はとても華やかだった、という走り書きに近い文章から文官の興奮が読み取れる。

 フォーランデを筆頭に、次々にソルステルラからの花嫁が嫁いできたようだ。皆フォーランデの取り巻きの令嬢だった者達で、フォーランデが寂しくないようにというソルステルラ側の配慮だと書いてある。ウェルスツェーラムは準備に追われて大変だったようだ。


「婚姻と言えば、奥様もソルステルラから嫁がれた方ですから、どこかにお名前が載っていらっしゃるかもしれません」

「本当? 探してみるね」


 婚姻によって交易が今まで以上に盛んになり、国同士の繋がりが強固なものになって数十年が経過。第二王子だったゼルトウェードが若くして即位し、ベイローネを娶ったのと同時期にわたしの母エリフィアーナの名前を見つけた。……目を疑う一文と共に。


「お母様がフォーランデ様の姪だと書いてある気がするんだけれど、気のせいだよね?」

「書いてあるのでしたら気のせいとは言えませんよ、お嬢様。奥様は確かにフォーランデ様の御令姪(ごれいめい)様です」


 ……えぇ!?


 シャルエットは何度も指でなぞったり首を傾げたりしているわたしを見て、呆れたようにぎこちなく微笑んだ。

本を読むミリアディーナ。驚きがいっぱいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ