外交官の勘違い
胃のあたりを押さえたフレデリクトが申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「王子が大変ご無礼を致しました。ここ最近、急に逃げ出したり傲慢な物言いをしたりが続いておりまして……。申し訳ございません」
わたしは何も言わずに笑みを深めて、口から出かかった本音を溜飲と共に押し戻した。
……ハルーム王子は本当に無礼な方でした、なんて言ったら物理的に首が飛ぶよ。
「私は外交官としてウェルスツェーラムに派遣されたフレデリクトと申します。神々のお導きによるご縁を大切にいたしましょう」
へらっと笑ったフレデリクトの雰囲気は驚くことにハルームそっくりだった。よく見れば、糸目から微かにのぞく瞳はハルームと同じ深緑色をしている。この世界では血縁者と瞳の色が似る傾向にあるので、フレデリクトはハルームと血が繋がっているのかもしれない。
すると、わたしに視線を向けたフレデリクトが顔を引き締めて神妙な面持ちになった。あまりにも顔をジロジロと見過ぎてしまった、とわたしは目を逸らす。
「こんな事をお尋ねするのは失礼かもしれませんが、セラヴェルリーネ王女殿下が何故こちらに?」
「ほえ?」
予想外の質問にわたしは思わず気の抜けた声を出してしまった。ウェルマも目を見張って固まっている。
……フレデリクトさん、わたしの顔を見てセラヴェルリーネ王女って言ったよね。はっきり言ったよね。……なんで?
お父様はセラヴェルリーネ王女とわたしの髪や目の色が似ているらしいとは言っていたが、顔立ちが似ているとは言っていなかった。
もしわたしが王族と親戚ならば「顔もそっくり」という最悪の事態が考えられるかもしれない。が、王族と親戚だなんて夢みたいな話は聞いたことがないので違うだろう。きっとフレデリクトはわたしのことを見た目の雰囲気でセラヴェルリーネと判断したのだ。
何も答えずに俯くわたしをフレデリクトは何か答えられない事情があるのだと解釈したらしい。「お忍びでしたか」と困った顔で微笑み、今度はウェルマの方に視線を向けた。
「ウェルマリーゼ嬢」
「……わたくしをご存じなのですか?」
「ウェルマリーゼ嬢とは城で何度か顔を合わせていますよ。短時間だったので覚えていないかもしれませんが、第二王子と面会をした際にお茶を入れてくれたでしょう? とても香りの良いお茶だったのでよく覚えています」
ウェルマの表情が引きつった。なんだか様子がおかしい。少し手が震えているように見える。
……どうしたんだろう。
「行儀見習いを終えて王女殿下の侍女になられたのですね。お茶を入れる機会が減ったのではありませんか?」
緊張しているように見えるウェルマに気を使ったのか、冗談交じりの軽い口調でフレデリクトが尋ねる。しかし、ウェルマは震える声で「もう侍女ではございません」と答えると、それきり俯いてしまった。
フレデリクトはウェルマの様子よりも別な部分に引っかかる所があったようで顎に手を当てながら首を傾げた。
「ウェルマリーゼ嬢が侍女ではないとすると、王女殿下は侍女も連れずに神殿へいらしたと?」
ウェルスツェーラムでは貴族や富豪に仕えている使用人の総称を召使いとし、王族の身の回りの世話をする貴族女性のことを侍女と呼ぶ。つまり、ただの貴族であるわたしに侍女はいない。
「ウェルスツェーラムの下町は貴族が護衛を付けずに歩けると聞きます。しかし、いくら治安が良いからといって一国の王女たる殿下がお一人というのは危険でありませんか?」
確かに、わたしが王女であれば危険だと咎められて当然の行動だろう。だが、わたしは王女ではない。事実、護衛や召使いを連れずに神殿へ来たそんじょそこらのただの貴族だ。
「勘違いされているようですが、わたくしは……」
「フレデリクト様」
男性の声に言葉を遮られた。扉から社交的な笑みを浮かべたお父様と、おどおどとしたエリオスが入ってくる。わたしの言葉を遮ったのはお父様だったようだ。
「ロゼシアント公爵ではございませんか。お元気にしておりましたか?」
「ええ、それなりに。フレデリクト様、ハルーム王子が護衛騎士達を困らせているようですよ。早く行かれた方がよろしいかと」
「……それは大変です。では、私はこれで失礼致します」
フレデリクトは苦笑いをしながら足早に部屋を出ていった。またもや胃を押さえながら。
……な、なんか頑張れ! フレデリクトさん!
廊下にフレデリクトの姿が見えなくなったことを確認すると、お父様はわたしと顔色の悪いウェルマを見て眉をひそめた。
「ミリアディーナ、どうしてここにハルーム王子とフレデリクト様が? ウェルスツェーラムへ来るとは聞いていたが、神殿にいるとは……」
わたしは、ハルームが突然部屋に入ってきたこと、無知な無礼者扱いをされたけど許されたこと、フレデリクトがハルームを探しにこの部屋へ来たことを簡潔に説明した。お父様は最初驚いた顔をしていたが、途中から先程のフレデリクトと同じような苦笑いをしていた。
「……衝撃的な体験だっただろう。嫌な思いはしていないかい?」
わたしは首を振って否定した。権力を笠に着る子供なんて世の中にはたくさんいるはずだし、ハルームはまだ敬語が使えるだけ良い子だと思う。敬語も使えない、ちょっと前までのわたしよりもまだマシだ。
「嫌な思いはしていませんが、わたくし、フレデリクト様にセラヴェルリーネ王女と勘違いされたようです。ハルーム王子が入ってきたことも驚きましたけど、こっちの方が衝撃でした」
「……廊下で少々聞かせてもらったよ」
お父様は腕を組んで少し考え込む素振りを見せると、深い溜息を吐いた。お父様もフレデリクトに負けないくらい後始末に追われる身のようだ。
「神官と巫女よ。今日のことは他言無用とする」
威厳を含んだ声でお父様がそう告げると、ウェルマとエリオスが目を瞑って跪いた。
「え? え? 何事ですか?」
「ああ、ミリアディーナは初めてかな。目を瞑って跪く行為は簡単に言えば、約束を守りますという意思表示だ。ミリアディーナも覚えておくと良いよ」
……ほへぇ。知らなかった。でも、破ったら針千本飲まされるとか、そんな物騒なものじゃなさそうだね。
そんなわたしの気安もつかの間で、お父様が悪戯を仕掛ける少年のような悪い顔でニヤッと笑った。
「もしその約束事を破れば、相手に切り殺されても文句は言えないよ。ミリアディーナ」
「ええっ、そんな!」
……めっちゃ物騒。代償が指切りげんまん並に物騒だよ!
お父様は笑いながらわたしの頭を撫でて身をかがめた。
「きちんと守れば良い話だ。まあ、ミリアディーナを切り殺そう者がいるならば私が真っ先に芽を摘むので安心しなさい」
「さらっと恐ろしいことを言わないでください!」
カランカラン……。
どこかで鐘が鳴ったかと思うと、廊下が扉の開く音や足音でバタバタと騒がしくなってきた。エリオスが立ち上がる。
「申し訳ございません。報告会の知らせです」
「……そうか。では我々は帰るとするよ。ミリアディーナ、手を」
「はい、お父様」
お父様と手を繋ぎ、馬車の止まっている入口まで歩いて来た。そういえば、ウェルマに神話を読んでもらったお礼をしていない。わたしはお見送りをすると言ってついて来てくれたウェルマの方を振り返る。
「ウェルマ、今日は色々と教えて頂いてありがとうございました。さっきは顔色が悪いようでしたけど、大丈夫ですか?」
「恐れ入ります。……問題ありませんよ」
ウェルマはどこか寂しそうな顔ではにかんだ。片手で抑えているが、先程からずっと手が震えている。わたしに原因は分からないけれど、問題ないだなんて嘘だろう。
わたしはわざとらしく「コホン」と咳き込んで、ウェルマの愛らしい桃色の瞳を見上げる。
「ウェルマにはまたお話を聞かせてもらうんですからね。待っててください」
「ええ。もちろんです。ミリアディーナ様」
ウェルマは顔を綻ばせながら、うふふと笑った。手の震えも治まったようだ。
……うんうん。ウェルマはこうでなくっちゃね。
わたしとお父様はウェルマとエリオスに見送られ、馬車に乗って神殿を出た。
フレデリクトはミリアディーナをセラヴェルリーネ王女と勘違いしてしまいました。そして、ウェルマの様子がおかしいことに気が付きます。
次回は明かされるウェルマリーゼの過去です。




