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未練タラタラ鈍足少女

初めての投稿になります!

どうぞ、お楽しみください。


追記・大幅に加筆修正しました。

 心地よい春の日差しが窓から降り注ぎ、遠くの方でウグイスが元気よく鳴いている。絶好の快眠日和だ。しかし、わたしにはそれを妨害しようとする魔の手が迫っていた。ドンドンドンドン、と部屋のドアがしきりに叩かれ、少ししてからガチャりとドアが開いた音がする。


「ちょっと、今何時だと思ってんのよ」


 ……今日は土曜日じゃない。学校も休みだし、昼まで寝てたって別にいいでしょ?


 休みの日ならいくら寝ていても怒らない母親が、今日に限ってガミガミと言ってくる。正直耳障りだ。


「いつまで寝てる気? 早く起きなさい」


 グラグラと肩を揺すられて勝手に目が覚めてきた。まだ寝ていたいが、わたしを揺する母の手がそれを許さない。だが、わたしにも負けられない戦いがある。ここで起きてしまったら負けだ。抵抗してなんぼの朝なのだ。優雅な睡眠を勝ち取るべく、わたしは指先に力を込めて必死に布団を掴んだ。


 ……気持ちよく寝ている人を起こすなんて酷いよ。あと三十分は寝たい。


「ふわぁああ。いいじゃない。まだ八時ぐらいでしょ?」


 大きく欠伸をしたわたしに対して、母は大きな溜息をついた。こちらに向けられた鋭い視線。これは来る。わたしは咄嗟に布団を頭まで被って耳を塞いだ。


「まだ八時、じゃないでしょ!!」


 ドゴーン、と雷にも勝る母の大声が響く。耳を塞いでも貫通してくる声のデカさは本当に怪物並みだと思う。

 しかしながら「まだ八時」ではないとすると一体何時だろうか。現在の時刻が八時より早いならば母が怒る理由はないので、八時より遅い、もしくはわたしが用事か何かを忘れているということになる。

 わたしは枕元に置いている日付も表示される便利な目覚まし時計にそっと目を移し、頭を抱えた。


 …………今日、わたしの好きなゲームの原作小説を書いた先生の講演会だ。そうだそうだ。わたしの愛するルステルード様の等身大パネルを拝んで、制作秘話を聞きに行くんだった。うんうん。でも、あと三十分くらいは寝てても……。


「あと三十分で友重ちゃんと待ち合わせの時間でしょ? 今日は講演会だかに行くんじゃなかったの? そんな顔したって時間は進むんだから急いで準備しなさいよ」


 母の答え合わせで時間ギリギリという非常にマズイ状況を証明され、わたしは逃げ場を失った。

 別に本気で寝たかった訳では無い。ただの現実逃避である。それでも、嘘だと思う時間すら与えてくれない高等テクニックを使ってくるなんて、この母は鬼なのか? そうなんだな!?


「なんで起こしてくれなかったの!」


 わたしは勢いよく布団から飛び起きた。母は「何度も声をかけたわよ」と呆れた顔をして部屋を出ていったが、わたし的には一言も声をかけられた覚えはない。多分、何回も起こしに来てくれていたとは思うのだが認めたくない。負けを認めてしまったらそこで試合終了なのだ……。


 ……だって大事なイベントの日に寝坊とか恥ずかしいじゃん。


 本音はこうである。


 パジャマを脱ぎ捨て、椅子にかけておいたワンピースを取る。オシャレに関して全く興味はないが、推しのイベントなのでお小遣い四ヶ月分のブランド物だ。おしゃれさんの姉が選んでくれた黄色のヒラヒラのフリフリだ。目が飛び出るかと思うくらい高かった。


「どうなってんのよ、これ」


 普段パジャマと学校指定のジャージしか着ないわたしにとっては着るだけで高難易度マスター級である。体が硬い為に背中のチャックに手が届かず閉められないという事件まで発生しているが、とりあえずは開けっぱなしで準備だ。

 脛丈のワンピースの裾を少し持ち上げてノコノコと階段を降りる。今、ちょっぴりお姫様気分であることは自分だけの秘密だ。


 時間がないので洗面所へ直進しようとリビングの扉をスルーすると、母が「ご飯は?」と声をかけてきた。壁一枚をも貫通するデカい声には感服するが、わたしにそんな時間はない。ご飯を食べていたら確実に間に合わない。

 無視して進むわたしの両肩に母のガッチリとした手が置かれる。


「ちょっ、お母さん手離してよ。間に合わないって」

「自業自得。前に友重ちゃんのお母さんの前でお腹の音鳴らして恥ずかしい思いしたの忘れたの? 何かしら食べていきなさい」


 それを言われると反論出来ない。あれは超恥ずかしかった。初対面でぐぅーっと鳴ったのは今でもトラウマだ。

 リビングへと足を返して、用意してあった味噌汁を吸う。ベーコンの入った味噌汁。わたしが幼い頃から一番よく分からないと思っていた料理だ。一応一般的にもレシピとして存在するらしいが味噌汁なのにベーコン。和に洋。わたしは和洋折衷ということで折り合いを付けている。


 ……キムチの味噌汁もあるらしいし、世の中って広い。


 味噌汁を飲んだら白米が食べたくなるのは世の常だろう、多分。炊飯器から零れるお米の良い香りが腹の虫を誘う。食べていたら間に合わないが、究極にお米が食べたい。生粋のお米派のわたしの体はほかほかの白米を求めている。


「あー、ダメだ。我慢出来ない。米ー!」

「はいはい。そう言うと思って分けといたから早く食べちゃって」

「お母さん、天才! ありがとう。はぁ、お米……」


 お茶碗と箸を手に取り、ツヤツヤと輝く炊きたてのお米を口に運ぶ。口に残った味噌汁の風味と合わさったこの味はわたしがこの世で一番好きな味だ。どうやら母は少なめに分けてくれていたようで食べ終わるのにそれほど時間はかからなかった。


「ごちそうさまでした」

「さぁさぁ、急いで準備してらっしゃい」


 洗面所に駆け込み、歯を磨き、顔を洗う。そして、友重に叩き込まれた化粧をしていく。世の中のレディ達はこんなにも細かい事を毎日やっているのかと思うと涙が出そうだ。ビューラーで瞼を挟んで痛い訳では無い。


「うん。こんなものかな」


 良くも悪くも平凡と言われるわたしの顔も、少しはましになったと思う。化粧の出来がアレなので、友重にお手本を見せてもらった時の様に綺麗にはならなかった。


 ……お化粧初心者のわたしには及第点。きっとそう。口紅が盛大にはみ出たけど、気にしない、気にしない。


 わたしははみ出た部分をそっとティッシュで拭って、母に借りた化粧道具をポーチの中に片付けた。




 玄関へ向かって歩きながら廊下の壁にかけてある時計を見ると長針が二を指していた。マズイ。あと二十分で友重と待ち合わせをしている駅のベンチまで行かねばならない。小走りで行けば間に合うだろうか。


「お母さん、行ってきます!」


 玄関からリビングに居るであろう母に声をかける。滅多に履かない厚底の靴に足を押し込んでドアノブに手をかけると、後ろから「待て」と母がわたしを引き止めた。


「バッグはどうしたの?」


 ……すっかり忘れてたよ!


 わたしは焦り過ぎて荷物一つ持たずに家を出ようとしてしまったようだ。今回の講演会は電子チケットで入場する為、スマホが必須だ。わたしが友重の分のチケットも纏めて取っているので、危うく信頼関係にヒビが入る所だった。


「あと、後ろのチャック開きっぱなしだから閉めなさいよ」


 ……これも忘れてたよ。


 わたしの体がめちゃくちゃ硬い事をよく知る母が気を利かせてチャックを閉めてくれたおかげで、現役女子高生のわたしが背中全開で出かけるなんて醜態を晒さずに済んだ。


 ……お母さんナイス!


 急いでいるとはいえ流石に忘れすぎではないか、と自分に嫌気がさす。ゲームばかりしている代償だとは思いたくない。

 母がわたしにバッグを手渡しながら「最近事故が多いから気をつけなよ。特にあの大通り」と注意を促した。


「分かってるって。行ってきます」


 小走りで家を出た。駅まではそんなに遠くはないのだが、わたしは五十メートル走十三秒代の超鈍足である。下手をしたら隣の家のおばあちゃんが乗っているシニアカーよりも遅いかもしれない。自分で言うのもなんだが、デバフでも付いているのかと疑う程だ。


 ……至って健康なはずなんだけど、なんでこんなに遅いんだろうね。走り方が悪いのかな。ともちゃんみたいに足が速くなりたいよ、とほほ。


 友重は小学一年生から六年生まで毎年選抜リレーの選手に選ばれていたし、中学に上がってからは陸上部の顧問に何度もスカウトされるくらいの駿足の持ち主だ。わたしとは比べ物にならない。

 慣れない厚底の靴を履いているのも相まって今のわたしのスピードは赤ちゃんのヨタヨタ歩きレベル。遅いくせにゼェゼェと呼吸が荒いので小さい子供に指を指されたりもしたが、集合時間には間に合いそうなので良しとしよう。


「はぁ、疲れた」


 十五分歩いてやっと駅に着いた。待ち合わせ場所は駅の入口付近に設置してある青いベンチだ。いつも二十分前に来る友重はもう着いているかな、と思ったけれどまだ来ていないようだった。


 ……ともちゃんが来るまで座って休もうっと。普段体育でしか体を動かさないからもう筋肉痛になりそうだよ。


 明日襲ってくるであろう筋肉痛のことは考えたくないが、足がバッキバキになって湿布を頼り、痛みから寝返りも億劫になる自分の姿が見える。

 多少ワンピースに似合わなくともいつも履いているスニーカーを履いてくるべきだった。せめてこの靴を履き慣らしていれば多少マシになっていたかもしれないが、後悔先に立たずだ。


 待ち合わせの時間になったが、友重はまだ来ない。十分、二十分と時は過ぎていき、乗るはずだったバスを一本、二本と見送った。余裕を持ってバスに乗れるように集合時間を早めに設定していたのだが、これでは講演会の開始時刻にギリギリ間に合うかどうかだ。友重に限ってこんなにも遅刻するなんて珍しい。


「おかしいな。もしかしてともちゃん、待ち合わせ場所間違えてる?」


 わたしが待ち合わせ場所を指定したので、わたしが間違えていることはないと言える。ちゃんと「駅の入口前のベンチ」と直接学校で伝えた。()()()()()()()()は一つしかないので間違うとは思えない。


「連絡は……つかないよね」


 友重はスマホを買ってもらって三年も経つというのに未だに使えない、電話すら出られないという致命的な機械音痴だ。家族にはお飾りスマホと呼ばれているらしい。その為、連絡を取る手段はないに等しい。そう考えると不安になってきた。ここと間違えそうな場所がないか、思考を巡らす。


「あっ! そうだ。大通りの向こう側にも駅の入口があって、そこにもベンチがあったはずじゃない! あぁ、ちゃんとバス停前って言えば良かった」


 バスに乗って行くのだからバス停前のベンチだ、というわたしの固定観念がいけなかった。友重は裕福な家に生まれたお嬢様みたいな人だ。バスに乗るのは遠足くらいだ、と前に話していたではないか。


「あー、もう講演会の開始時刻には間に合わないよね」


 ……仕方ない。詳しく説明しなかった自分の責任だもの。


 わたしは小さく溜息をつきながら立ち上がり、友重がいるであろう場所へ向かった。




 大通りの横断歩道を渡ろうとした時、向こう側に友重らしき人がいるのが見えた。溢れる気品と艶やかな長い黒髪は目立つ。あんなにもお嬢様然とした人は中々いない。


「あ、やっぱりあっちにいたんだ」


 歩行者信号が青に変わる。わたしは友重の方へ駆け寄ろうと足を踏み出したが、横から男の子が飛び出したことに驚いて少しよろけてしまった。


「おっと。危な……」


 よろけた先で、ふと、視線の先に違和感を感じる。


 ……あれ? あの車、おかしい。


 車側の信号は赤だというのに、わたしの視線の先の白い軽トラックはスピードを緩めずに走ってきている。そればかりか、スピードがどんどん上がっているように見える。不審に思って目を凝らして見れば、運転席に人が乗っていない。


 ……どういうこと? って、このままだと男の子が轢かれちゃうよ!


 わたしは無意識のうちに男の子の方へ走っていた。


「危ない!」

「ぶつかる!!」


 わたしと誰かの声が重なり、見慣れた顔が男の子を押し出した。男の子は彼女が走ってきた歩道の方に投げ出されて車に轢かれる危機は脱したが、助けた彼女は――友重はバランスを崩してそのまま転倒してしまった。

 わたしは必死に走って、足に怪我を負って動けなくなっている友重に手を伸ばした。


「あーちゃん、ダメです!」


 わたしの足は想像以上に遅かった。わたしが助からなくども、友重は、友重だけは押し出せるはずだった。よく考えれば分かったことだろう。シニアカーが軽トラックに勝てる訳がない。

 わたしが「ごめん!」と叫んだ直後、一瞬だけ友重が伸ばした手の指先とわたしの指先が触れ、強い衝撃と共に意識が遠のいた。




 ガタガタと体が揺れている。揺らされている。


「分かってないじゃない。危ないって言ったのに。なんにも分かってないじゃない!」


 母の声が聞こえた気がした。わたしの前で一度も涙を流さなかった母が、泣いている気がした。幻聴が聞こえるなんて、嫌でも助からなかったことが分かる。

 頭に浮かぶのは、家族や良くしてくれたお隣さんや友重の顔。そして、今日行くはずだった講演会。


 ……わたし、まだルステルード様の等身大パネルを拝んでないし、制作秘話も聞いてない。長生き、したかった。こんな所で死ぬなんて、無念だよ。


 こうして、未練タラタラのわたしは十六年の短い人生に幕を閉じた――はずだったのだが、無念が相当強かったのか、それとも短い人生を哀れんだ神様からの贈り物か。


 何故かわたしは転生した。

次話から転生後のお話が始まります。

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