プロ野球で起こっている「もう遅い」な問題
「もう遅い」
なろうでよく見かけるセリフの上位に位置する1つですね。
とある理由で集団またはパートナーから放逐され、もしくは離脱せざるを得ない状況に貶められた主人公が新天地で大活躍。一方で追い出した方は主人公の不在により業績(戦績等)が悪化するなどして立場が危うくなり、慌てて戻ってきて欲しいと懇願するものの、冒頭の一言を言われてガックリ肩を落とす。大筋ではこんな展開の話であるかと思います。
『覆水盆に返らず』や、『逃がした魚は大きい』などのように後になって失った物の大きさに気付いて後悔するといった意味の慣用句があるように、現実でも起こり得る話ではありますが、今まさにプロ野球界で起こっている「もう遅い」が、北海道日本ハムファイターズの本拠地問題ではないかと思います。
ご存じない方に概要をご説明すると、現在ファイターズがホーム球場としている「札幌ドーム」の管理者側のあまりの対応の悪さに、別の場所に自前で球場を建てて札幌ドームから出て行くと宣言したところ、それまでファイターズが出て行くわけないと高を括っていた球場側が今さらながら「戻ってきて~」と慌てて対応するも、「いや、もう新球場の計画決まったからムリ」と球団に袖にされたという流れです。
ファイターズは札幌に移転する前まで、ジャイアンツと共同で東京ドームを本拠地としておりました。ただ……客入はあまり良くなかったですね。
覚えているのは1999年4月のことです。当時水道橋の近くの学校に通っていた私は授業帰りに駅に向かうと、何やらドームの方へお客さんがたくさん向かっていた。
「今日は巨人戦だっけ?」
そう疑問に思った私でしたが、すぐに理由が分かりました。
「ああ、デビュー戦か」
その日は日本ハム対西武戦。昨年引退した平成の怪物、松坂大輔投手のデビュー戦だったのです。
なるほどお客さんが来るわけだと納得したのですが、そこは平日の日ハム戦。ならばもしかしたらまだ席が空いているかもとチケット売り場に向かってみると、自由席こそ完売だが内野指定ならまだあるというので大枚叩いて観戦いたしました。(松坂選手引退のニュースのときに、片岡選手が空振りして尻餅付いた映像が散々流れましたが、あの試合です)
……すいません、思い出話がメインじゃありません。要は普通のニュース番組でも取り上げられるほどの話題の選手のデビュー戦ですら、当日券が十分に残っているくらいに当時のファイターズは集客力が無かったということを言いたかっただけです。ファンの方ごめんなさい。当時はそれほど注目されるチームじゃなかったんです。
観客の増加を図るため、本拠地を移したのはそれから5年後の2004年。北海道日本ハムファイターズと名を変え、札幌ドームを本拠地として、地域に根ざした球団を目指したチームは2006,2007年とパリーグを連覇。今では道民の40%(これは野球に興味の無い人を含めての数字なのですごいことです)がファイターズファンという調査結果もあるくらい、北海道に浸透してきた球団がどうして本拠地を移転することとなったのか。それはひとえに球場側の怠慢と言うしかありません。
札幌ドームは札幌市の所有で、市と道内財界各社が出資する第三セクター・株式会社札幌ドームが運営管理を行っており、ファイターズはそこから施設を借りている状態。ちなみにプロ野球12球団のうち、自前もしくは親会社や関連企業が球場を所有しているのがソフトバンク、オリックス、西武、阪神、中日の5球団なので、借りるということ自体が変な話ではない。
ただ、借りると言うことは利用料を払わねばならない。これはまあ当たり前の話なのですが、札幌ドームが他の球場と違うのは、入場料収入の他にグッズ販売や飲食販売など、普通ならば主催する球団の収益とするべきもののほとんどを管理者側が吸い上げるという厳しい条件になっているのです。
球団が公開する資料によると、
・チーム・選手のグッズを販売すると、30%以上の手数料が徴収される仕組み。
・球場飲食の取扱いは一切なし。
・球場内のスポンサー広告は全て札幌ドーム側に帰属。
と、他の球団ならば自分たちの収入に出来る諸々が入ってこない上に使用料も取られるのだからたまったものではありません。
しかもこの札幌ドーム、コンクリートの床に人工芝のロール(しかも相当薄い)を広げただけのフィールド。このような固いフィールドでは、選手はむやみにスライディングもできず、ファイターズの選手のみならず対戦相手からも評判はよくないと聞きます。
これはこの球場が元々は日韓W杯の会場として作ろうとしたサッカー場なんだけど、サッカーだけでは収支が取れないから野球も出来るようにと設計したかららしいのですが、その入れ替え方法が奇抜で、サッカーを開催する際は外に置いてあるグラウンド(天然芝だから普段はお日様の下に置いてある)をドームの中に入れるため、人工芝のロールを全部取り外さなくてはいけない。これはサッカーのときだけではなく、コンサートなどのイベント時にも同様だそうで、その設置・撤去費用は全部球団持ちらしい。
そんなこんなで球団が管理者側に支払う額は諸々込みで年間20数億円ともいわれ、選手年俸とほぼ同じくらい。日本ハム本社からの広告宣伝費の注入でなんとか黒字とはなっているものの、それが無ければ大赤字です。
そこで球団は選手の年俸査定に細かな基準を設けたり、ある程度成績を残した中堅・ベテラン(=年俸がそこそこ高い)を他球団にトレードしたり、ダルビッシュ選手や大谷翔平選手のようにポスティング制度を使ってメジャーリーグに送ったり(ポスティング制度で入団が決まった場合、元の所属球団に譲渡金が支払われる)と、色々経費節減を試みたものの、やはり球場側に支払う金額をどうにかしないと根本的な解決には至らないということで、市と札幌ドームに対して数々の提案をしていったのです。
まず提案したのは使用料の値下げならびに一部収入の分配額変更など。しかし逆に市は値上げを実施する始末。
そしてそれがダメならと提案したのが、他球団が実施して成功している指定管理者制度の採用。これは同じように自治体が所有している球場を使っている千葉ロッテ、広島、東北楽天などが実施している手法で、ひとことで言うと、公共施設の利用者への対応・建物設備の維持補修を民間に代わりにやってもらうけど、施設をある程度自由に使ってもいいよという制度。
これによって球場の管理を任された球団側はこれまでより自由に集客の施策を展開し収益アップを図ることができ、自治体は維持管理にかかる費用を低減、またはゼロにした上で、契約によってはそこから収益の何%かを納めてもらうことができるというものであるが、今の収入(といってもファイターズから搾り取っているだけだが……)が捨てられない市とドーム側はこの提案も拒否してしまった。
球団としてもマーケットを考えたら大都市・札幌を本拠地にすることのメリットは大きい。だからこそこの先も札幌ドームを継続して利用したいと考えての提案であったが、市は聞く耳を持たずの状態。そこには前述のとおり、年70試合近くもプロ野球興行の出来る球場が道内に無いことから、悪条件でもファイターズが出ていくことは無いと甘く見た市やドーム関係者の驕りがあったのではないかと思われます。
ところがである。ここに来てもうこれ以上協議しても無意味と悟ったのかは分からないが、2016年にファイターズは自前で専用球場を建設する検討を開始し、その候補地の選定に入ることになるとすぐに、札幌市のお隣北広島市がその候補地に名乗りを上げ誘致を開始し始めた。
事ここに至って、ようやくファイターズが本気で出て行くつもりだと気付いた札幌市は、遅ればせながら市内の数カ所を新球場の候補地として提案したものの、広さが足りなかったり地域住民の反対があったりなどでいずれも不採用となり、結局北広島市の提案を受けて移転することとなってしまった。
こうして2020年、きたひろしま総合運動公園の一角で球場の建設が始まり、ネーミングライツによってES CON FIELD HOKKAIDOと名付けられたその球場は来年2023年のシーズンからファイターズの本拠地としてオープンすることになった。
さあこれまで一番の収入源だったプロ野球の開催が無くなってしまった札幌ドームは困ったことになりました。市はコンサートやイベントの誘致、Jリーグ(コンサドーレ札幌)の試合開催、さらにはアマチュア野球の誘致などで難局を乗り切ろうと考えているようですが、少なく見積もっても毎試合万単位のお客さんが足を運ぶ野球の試合が一気に60とか70試合無くなれば収支が悪化するのは素人でも分かりそうなもの。
さすがにヤバいと感じたのか、札幌ドームのホームページにある社長のメッセージで「2023年以降のファイターズ戦のうち、平日ナイターの一部を札幌ドームで開催していただけるようお願いしているところです」なんて書いてありますけど、それこそ「もう遅い」ですよね。
自分たちの理想とする球場を自前で建てたのに、何が悲しくて収益は吸い上げられる上に、カチカチの人工芝の上で試合をせねばならんのかと思えば受けることは無いと思われます。
だからと言って他の球団に何試合か札幌で試合しませんかと持ちかけることも出来ない。何故かというとプロ野球には地域保護権といって、他球団の保護地域となっている都道府県で試合を開催する場合は、その球団の許諾を得なくてはならない。つまり北海道で試合を開催するには、ファイターズの許可が必要になるから。
昔は毎年北海道シリーズと言ってジャイアンツが年に何試合か札幌とか旭川で試合をしていましたが、ファイターズが地域に根付いたここ10年くらいは公式戦はやっていない。セパ交流戦で2年に1回は遠征してくるので、わざわざホームゲームをこちらで開催する必要もないといったところでしょうか。仮にやるとしてファイターズにお伺いを立てれば、「ウチの球場使っていいよ」とか言いそうなので、余計に札幌ドームは選択肢に入らないでしょう。
もちろん市やドーム側にも言い分はあるでしょうが、伝え聞く情報で判断する限り、何度も協議をお願いされているのに改善らしい点は見当たらず、いざ移転が本気なのだと分かってから取って付けたように対応しだしたところを見ても、完全に球団側をナメていたのでは? と思わざるを得ません。
……と、ここまで経緯をざっと書いてみたわけですが、なんとなく「もう遅い」のテンプレに似てませんか? 書くとしたら札幌市が王国の重臣、ドームが冒険者ギルド、ファイターズが冒険者パーティー、で札幌市民が国王ってところですかね。
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王国の深遠にある町は山中から定期的にモンスターが現われては里を襲っていた。そこで冒険者ギルドは討伐のために人を集め、数多くの冒険者がモンスター討伐に向かう中、一際目覚ましい成果を上げたのは、石つぶての投擲、棍棒での打撃をもってモンスターをなぎ倒す地元の腕利き戦士の集団ファイターズ。
しかし、彼らに与えられたのはクエストの達成報酬のみで、手に入れたお宝やモンスターの牙や革など素材として高く売れそうなものは「王国の領地内で手に入れた物なのだから、その所有は王国に帰属する」とかいわれて全部没収されてしまう。
他の冒険者もそうなのかと思えば、蹴り技を極めた武道家「ドサンコ」や、歌うように魔法を展開して敵を卒倒させる魔術師「ストーム」などには、ファイターズより成果が少ないにもかかわらず手厚い報酬が与えられ、あまつさえ戦利品も与えられている。
これを見て待遇が違いすぎるじゃないかと抗議するものの、嫌ならクエストに参加しなくてもいいと横柄に言い放つギルマス。郷土愛の強い彼らがこの地を見捨てるわけがないと考え、王国の偉い人と共謀して彼らへ与えるはずの報酬をピンハネしていたのだ。
武具も食料も全て自前で用意するのに僅かな報酬でこき使われる日々。このままではやっていけないとある者はよその町へと移住し、またある者は新天地を求めて海を渡っていき、メンバーは次第に経験の少ない若手ばかりで戦力ダウンは明らかだった。
「どうしたものか……」
ボスと呼ばれている若手のまとめ役が力なくそう呟く。今の惨状に打開策もなく途方に暮れていると、森の方から争う声が聞こえた。
「何をしている!」
見れば若い娘がならず者に襲われそうになっていたので思わず助けに入った。引退したとは言え、彼もかつては腕利きの戦士として名を上げた男、苦も無くならず者を蹴散らすと、助けた娘は隣国ノルドインゼルの王女であった。
「もしよろしければ、我が国に来てはくれませんか」
ノルドインゼルはこの山の向こうにある隣国。ここと同様モンスターの襲撃に悩まされているが、あまり裕福な国ではないため腕利きの冒険者を雇えず困っていたが、そうも言っていられないので、少ない供を連れてこれと見込んだ戦士をスカウトしにやって来たのだという。
「こちらほどの待遇がお約束できるかは分かりませんが」
「いや、こちらの待遇にはほとほと愛想が尽きた。私たちでよければお力になりましょう」
こうしてファイターズは隣国に向かうことになり大活躍。一方で戦力が大幅にダウンしたこちらの国のギルドが後になってアタフタして手を打たんとするものの時既に遅し。ギルマスと重臣が国王に処罰されたのはまた後の話である……
うん、何か書けそうだな。面白いかどうかは分からないけど……
お読みいただきありがとうございました。
新球場は色々と盛りだくさんなボールパークになるみたいのなので、機会があれば足を運んでみたいですね。(飛行機の距離なのでそう簡単には行けませんけど……)