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第九話 ラナのペンダント

 翌日の放課後、ラナは当番のため教室に残って日誌を書いていた。

 すでにクラスメイト達は教室を出ており、今はラナ一人が机に向かってペンを走らせている。


「ふう、できた」


 日誌を書き終わったラナは、鞄に荷物を詰め始める。前屈みになった時、チャリンと首に下げていたロケットペンダントが小さな音を立てて揺れた。


 ラナはペンダントを大事そうに撫でると、開閉式のペンダントトップを開いた。そこには幸せそうに微笑むラナの家族の写真が入れられていた。



 ヒューリヒ王立学園に入学するまでの間、幼少期を田舎の領土で過ごしたラナ。決して裕福な暮らしとは言えなかったが、家族の仲がよく、笑顔に溢れた毎日でそれは幸せな日々であった。

 そんな幼少期によく一緒に遊んでいたメアリーも、ラナにすれば家族のような存在であった。田舎を遠く離れた学園生活は不安がいっぱいであったが、メアリーがいるなら大丈夫、そう思っていた。


 初めの数年は、お互いを支えにしつつも友人にも恵まれ、それなりに充実した学園生活を送っていたのだが…いつしかメアリーの周りには男性の影がちらつき始めた。気づいた頃には、入れ替わり立ち替わり様々な男性と交流を深めていたようだった。

 ラナはメアリーの男性関係をやんわりと諌めたこともあったが、自分にいい人がいないから嫉妬しているのかと笑われて以来、何も言えなくなってしまった。

 癖っ毛の強い赤毛で、頬のそばかすがコンプレックスのラナは、ふんわりとした女らしいメアリーと比べると、どうしても見劣りしてしまうと自身を低く評価してしまっていた。そして、次第にメアリーと一緒にいる時間は減っていった。


 そんな関係性であったのだが、一年ほど前急に、


『ロベルト殿下って素敵よね…なのに婚約者が嫌われ者のルイーゼ様だなんて。私の方がロベルト殿下にふさわしいと思わない?ねぇ、ラナ…協力してくれない?』


とメアリーが背筋がぞくりとするような笑みを浮かべてラナの手を取ったのだった。


 獲物を狩るような瞳に見据えられ、ラナはメアリーの頼みを拒絶することができなかった。


 それ以来、ありもしないルイーゼの悪評を流したり、嫌がらせの中心人物であったマリアと共にルイーゼに小さな嫌がらせを重ねた。


 元々ルイーゼは人付き合いを好まない様子で、入学当時から一人でいることがほとんどだった。ルイーゼは、周りを見下した視線や憮然とした態度で次第に孤立していった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように悪い噂を流したのだ。悪い噂というのは瞬く間に学園中に広がり、益々ルイーゼの評判を落とすこととなった。


 ロベルトからルイーゼに婚約の申し入れをしたと聞き及んでいたが、婚約関係になってからも彼らはほとんど会話もせず、一緒にいるところを見ることはなかった。

 ロベルトはルイーゼの態度に憤りや、一抹の寂しさを感じていたのだが、その心の隙間にメアリーはうまく滑り込んだ。

 メアリーはコロコロ表情を変えてロベルトの話に相槌を打ったり、時には涙を浮かべるほど笑ったり、ルイーゼと対照的なメアリーの笑顔がロベルトの心を溶かすのに、さほど時間はかからなかった。


 二人の仲は次第に深まっていき、気づけばメアリーはロベルトの隣に収まっていた。友人というには近すぎる距離、二人の間に漂う甘い雰囲気。見た人は皆、二人の関係を瞬時に理解できた。

 そして一方で、ロベルトがルイーゼからメアリーに乗り換えたという噂が一気に広まり、簡単に婚約者の隣を奪われたルイーゼは嘲笑の的となった。そしてとうとう進級パーティの場で、ルイーゼはロベルトから婚約破棄を突きつけられてしまった。

 あの時のメアリーの勝ち誇った顔をラナは忘れられないでいた。


 ラナはルイーゼを貶めてきたことに少なからず罪悪感を感じていたし、メアリーの行動が誉められたものではないと心のどこかでは理解していた。だが、それを口にするにはルイーゼの立場は悪すぎた。



 ラナは小さく溜息を吐くと、そっと指で写真をなぞった後、静かにペンダントトップを閉じた。そして、荷物を詰め終わった鞄を肩に掛けて職員室に向かうべく教室を出た。


「あっ!っと、ごめんなさい!」


 すると、出会い頭に誰かとぶつかりそうになったため、咄嗟に謝罪する。


「あっぶなぁい。あれ、なぁんだラナじゃない」


 聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはクスクスと口元に手を当てて笑うメアリーの姿があった。ラナがぶつかりそうになった相手はメアリーだった。


「…今日はよく会うわね」

「そぉねぇ。ラナは…ああ、日誌を届けに行くのね。私は今からロベルト殿下に寮まで送って貰うところなの。うふふ」


 遠方から学園に入学した生徒達は、王立学園専用の学生寮に入寮していた。メアリーとラナもそのうちの一人である。


「そう。私は職員室に行かないといけないから、じゃあね」


 ラナはぎゅっと胸元のロケットペンダントを握り締めて、その場を去ろうとした。が、その様子に気づいたメアリーは鼻で笑うと、


「そのペンダント、昔からずっと付けてるわよね。ふふっ、安っぽくて見窄らしいったらありゃしない。貧乏くさい貴女によくお似合いね」

「なっ!?」

「やぁだ怖い顔。そんなんだから婚約者の一人も出来ないのよ。じゃあロベルト殿下を待たせてるから私は行くわね」


 拳を握りしめるラナを横目に、クスクスと笑いながらメアリーは靴箱の方へと去っていった。


 メアリーは、幼い頃は相手を思いやれる心優しい子だったはず。何が彼女をここまで歪めてしまったのだろう。

 ペンダントを馬鹿にされ、故郷の家族までも揶揄されたような気持ちになり、ラナの心は深く沈む。やり場のない憤りや虚無感を抱え、ラナは靴箱と逆方向にある職員室に向かうべく勢いよく振り返ったのだが、背後に誰かが居たようで振り向き際にぶつかってしまった。


「んもうっ!ごめんなさい…えっ」


 鼻を押さえて相手を確認したラナは、ポカンと口を開けてその相手を見上げた。


 そこにはラナを見下ろすルイーゼの姿があった。ルイーゼは女子生徒の中でも背が高い部類で、ラナよりも10センチほど背が高い。そのため、ルイーゼのアメジスト色の瞳は見下ろすようにラナを見据えていた。


 この長身もルイーゼが見下した態度を取っていると揶揄される原因の一つだな、とぼんやりと考えるラナ。


 なぜかルイーゼはその場を立ち去らず、ぼーっとするラナをじっと見つめている。

 相変わらず目はキツめであるが、近くで見ると美しい人だなとラナは内心で感嘆する。そういえば、近くでじっくりルイーゼを見たことがなかったなと働かない頭で考えていると、思いがけずルイーゼがラナに向かって手を伸ばしてきた。


「っ!」


 ハッと我に返ったラナは、後退りしようとしたが、それよりも早くルイーゼがラナの胸元で光るペンダントトップに触れた。


「……………わ、私はこのペンダント、素敵だと思うわ」

「え……」


 消えいるような細い声であったが、確かにルイーゼはラナのペンダントを褒めているようだ。どうやらメアリーとの会話を聞かれてしまっていたらしい。ラナが驚いて目を瞬かせていると、ルイーゼは変わらず無表情であるが、躊躇いがちに言葉を続けた。


「その…中には大事な写真が…?」

「あ、えっと、家族の写真を…」

「そう」


 家族の写真と聞いて、ルイーゼはわずかに目元を和ませ、口元には笑みが浮かんだ。


「…大切にしてね」


 そう言うと、ルイーゼは長い髪を靡かせながら、スタスタと靴箱に向かって歩いて行ってしまった。


 ポカンとルイーゼの後ろ姿を見つめるラナ。

 かつて親友だと思っていたメアリーに貶されたラナの宝物を、ルイーゼは素直な言葉で褒めてくれた。


 沈んだ心を引き上げられたようで、なんだか無性に泣きたくなってきたラナは、キュッと唇を引き結び涙を堪えた。


 さっきまで、メアリーと昔のように仲良くできるという希望を持ち続けていたが、ラナを傷つけることばかり言うメアリーにこれ以上固執する必要はないのではないか。


 ラナは、マリアがルイーゼに対する態度を改めた理由が少し分かった気がした。


「……私も、変われるかな」


 去って行ったルイーゼの後ろ姿が見えなくなるまで、ラナはその凜とした姿をじっと見つめていた。




◇◇◇


「…ねぇ、僕がやりたかったことを姉さんがしてるんだけど何でかな?」

「知りませんよ。姉弟だからじゃないですか」

「っ!!!?僕と姉さんは考えることや起こす行動まで一緒…一心同体なんだね!?ハァァァァ…尊いぃ…」

「ほんと気持ち悪いですよ」


 柱の影からラナに接触するタイミングを見計らっているうちに、ルイーゼが現れて咄嗟に身を隠したアレンとクロードは、小声でコソコソ話をしていた。

 アレンはラナに近づき、心の隙間を埋めて癒すことで懐に入り込む魂胆であったのだが、その役割を全てルイーゼに奪われてしまったようだ。


「まあ、姉さんの評判が良くなるんだったら文句はないんだけどさぁ」


 マリアの件と言い、なんとも消化不良が続き、唇を尖らせるアレンであった。

アレンくん、出番なし!笑

最後には大活躍してくれる…はず。


王立学園に日誌とは不釣り合いかと思いますが、ご勘弁くだせえ…

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