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第七話 マリア・アーデルハイドの謝罪

 マリアに接触した翌週、アレンは無事にヒューリヒ王立学園への編入の日を迎えていた。


 あの日、もう少しマリアを精神的に追い詰める予定だったが、靴箱にルイーゼが現れるという予定外の事態により、アレンはやや不完全燃焼であった。


 その日、アレンとクロードは共にヒューリヒ王立学園の正門を潜り、校内へと足を踏み入れた。クロードもアレンと共に編入試験に合格し、ルイーゼと同じクラスへの編入を決めていた。これでよりルイーゼの状況を詳細に知ることが出来る。


「何かあったらすぐに連絡をしてくれよ」

「分かってますよ」


 姉を心配しすぎる弟に肩をすくめながらクロードが応える。クロードはすぐにアレンに連絡を入れる事態になるだろうと予想していたが、その予想はいい意味で裏切られることとなる。



◇◇◇


 教室に入ってきたクロードを確認し、頬が少し緩んだルイーゼ。その様子を見逃さなかったクロードも僅かに表情を緩める。クロードもアレン同様、ルイーゼが不遇な立場にあるのであれば救い出したい気持ちでいっぱいなのだ。

 クロードの調査では、第二王子のロベルトから婚約破棄をされて以降、ますますルイーゼに関わろうとする生徒はいなくなり、まるで腫れ物のように扱われているようだ。


 少し観察したところ、ルイーゼは誰とも話すこともなく、教室を移動する際も一人でさっさと移動してしまった。無表情を崩さず、凛とした態度は聞き及んでいた通りである。

 マリアを中心として、何か仕掛けてくるかと警戒したが、今の所誰もルイーゼに絡む様子はなかった。


 そしてお昼休み。

 教室を出て食堂へ向かおうとしたルイーゼを呼び止めたのは、マリアだった。


「る、ルイーゼ様っ!」


 呼び止められたルイーゼはというと、無言でゆっくり振り返りマリアを確認すると、何事かと目を細めながら首を傾げた。

 マリアはというと、胸の前で指を絡めながら何やらモジモジしている様子だ。クロードは自然な動きで二人との距離をつめる。何か起こった時にすぐにルイーゼを庇うためだ。


 マリアはしばらく俯いていたが、意を決したように顔を上げると、


「その…わ、私と一緒に昼食はいかがでしょうか?」


 声を上擦らせながらも、ルイーゼを昼食に誘ったではないか。


 目を丸くしたのはクロードとルイーゼだけではなかった。マリアの様子を遠巻きに見ていたクラスメイト達も、マリアの行動に怪訝な様子である。

 当のマリアはというと、顔を真っ赤にして不安そうにルイーゼを見上げている。


 ルイーゼは困ったように瞳を揺らし、少しの間逡巡した後、小さな声で言った。


「……その、弟のアレンも一緒でよければ」

「っ!も、もちろんです!是非!」


 ルイーゼからの同意を得られたマリアは、パァッと顔を輝かせた。遠巻きに様子を窺っていた他の生徒達にどよめきの波が広がった。マリアは彼らを気に留めず、未だ戸惑うルイーゼを促して食堂へと向かっていった。

 クロードは、チラリとこちらを見たルイーゼに、アレンを連れて行きますと視線で合図をして頷いた。


「…何か企んでいるのか?」


 マリアの不可解な行動にクロードは首を傾げながらも、主人であるアレンの元へと急いだ。



◇◇◇


「それで、これはどういうことかな?」


 クロードに連れられて急いでやってきたアレンは、食堂の隅にある円テーブルに座るルイーゼとマリアを交互に見た。二人はすでにそれぞれオムライスとシチューとバゲットを注文していたようだ。姉さんがオムライス…チョイスが可愛いなと内心ふにゃりと頬を緩めるアレン。


「また姉さんに何かするつもりなら、僕が全力で阻止するけど?」

「違っ…その、信じられないかもしれないけど、本当にルイーゼ様とお昼をご一緒したかっただけなの。靴の件のお礼もまだだったし…」


 アレンの冷ややかな視線に対して慌てて両手を振り否定するマリア。その間も、ちらりちらりとルイーゼの方を盗み見ている。その頬には朱が差している。なんだか気に食わないアレンである。


「アレン、マリア様に失礼よ」


 アレンが合流し、ルイーゼも少し安心した様子で、会話に参加してきた。


「ルイーゼ様……」


 アレンを諌めるルイーゼをうっとりしたようにマリアが見つめる。そしてモジモジしながら、


「その…私のことは、マリアとお呼びください」


 と言った。


 ルイーゼは瞳を揺らして躊躇った後、小さな声で答えた。


「で、では、マリアさん…とお呼びしても?」

「はっ、はい!!」


 マリアはパァッと顔を明るくしてコクコク頷いている。またまたなんだか気に食わないアレンである。

 ブスッと頬を膨らませていると、アレンの分も注文してきてくれていたクロードが両手にトレイを持って席へと戻ってきたので、食事を始めることにした。アレンはハヤシライス、クロードはサンドイッチを注文した。


 しばらく沈黙のまま食べ進めていたが、痺れを切らしたようにマリアがスプーンを置き、ルイーゼに向き合った。そして覚悟を決めたように拳を握り締めて立ち上がると、深々と頭を下げた。


「ルイーゼ様!先日は一緒に靴を探してくださりありがとうございました…!そして、今までの数々の愚行、心よりお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした!」


 当のルイーゼは吃驚して目を瞬かせている。気が強いことで有名なマリアだ。そんな彼女が自分に頭を下げるなんて…


 一方のアレンはというと、相変わらずの冷たい視線をマリアに向けて言い放つ。


「ねぇ、謝れば済むとでも思ってるの?一体どれほどの間姉さんを馬鹿にしてきたか分かってる?」

「そ、それは…分かってるつもりよ…」


 マリアはぎゅっと歯を食い締めて更に深く頭を下げる。

 ルイーゼも静かに立ち上がると、何も言わずにマリアの体を起こさせた。


「顔を上げて。とりあえず座りましょう」

「で、ですが…」


 食い下がるマリアにルイーゼは静かに首を振った。そして渋々ながらマリアは席に座り直した。


「今更謝罪してマリアさんは何がしたいわけ?」


 尚も冷たく言い放つアレン。マリアは困ったように眉根を下げつつ、覚悟を決めたようにルイーゼに言った。


「私、ルイーゼ様のことを大いに勘違いしておりました。恥ずかしながらようやくそのことに気付いたのです。ルイーゼ様は本当はとても心優しくて素敵な方だって…その、それで…わっ、私と…おっおっお友達になってくださいませんか?」


 マリアは祈るように胸の前で両手を組み、顔を真っ赤にしている。その様子をしばらくポカンとして見つめていたルイーゼは、目を優しく細めて小さく口元を綻ばせた。


「…嬉しいわ。私、この学園でお友達が出来たの初めてよ」


 ルイーゼは嬉し恥ずかしといった調子で長くてサラサラの髪を一房指でくるくる遊ばせながら頬を染めている。ルイーゼの返事に、マリアはパァと顔を明るくし、アレンは不満そうに唇を尖らせた。クロードはそんな様子を横目で見ながら、黙々とサンドイッチを口へと運んでいる。


「私、ご存知の通り人付き合いが苦手で…うまくクラスにも溶け込めなくて、一人でいるのは平気だったけどやっぱりこうしてお友達とお昼を食べたり談笑したり…憧れていたの」

「ルイーゼ様…」


 ルイーゼの言葉に、マリアは改めて自分の行いを深く反省する。そう簡単に今までルイーゼにしてきた嫌がらせやありもしない噂話を流した罪は消えないが、もう二度とルイーゼが悲しむ行いをしないと心に誓った。


「ふふ、アレンも学園へ編入してきてくれたし、これからは何だか素敵な学園生活を送れそうな気がするわ」


 花のように微笑むルイーゼに、マリアはクラクラと額に手を当てながら椅子へもたれかかり、アレンは鼻息荒く身を乗り出してルイーゼの両手を握った。


「姉さんに何かあったら僕が全力で守るからね!!だから安心して!!姉さんを苦しめる奴は僕が何とかするから!!」

「アレン…無茶なことはしないでね?あなたは昔からやり過ぎるタチなんだから」


 アレンの勢いに苦笑しつつも、どこか嬉しそうにルイーゼは微笑んだ。


 こうしてルイーゼに初めて友達と言える存在ができたのであった。

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