第二話 姉と弟
アレンは会場を飛び出して、辺りをキョロキョロと見回した。するとすぐに、馬車の停留所に向かって真っ直ぐに歩いて行くルイーゼの後ろ姿を捉えた。
「姉さん!待ってよ、姉さんっ!」
アレンはルイーゼに駆け寄り、その華奢な腕を掴んだ。
腕を掴んで初めて、アレンはルイーゼが小刻みに震えていることに気がついた。腕を掴まれたルイーゼはびくりと肩を震わせると反射的にアレンの方を振り向いた。
「っ!」
振り向いた拍子に、アメジスト色の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。その表情は依然として無表情であり、涙と表情が実にアンバランスであった。
「アレン…そっか、来てたのね」
ルイーゼはアレンを確認すると、すんと小さく鼻を啜り、無表情を崩してニコリと柔らかく微笑んだ。その笑顔は弟であるアレンも思わず見惚れるほどに美しかった。
「ごめんなさい。格好悪いところを見せちゃったわね」
「そんなことないよ!姉さんは何も悪くないじゃないか!」
「…ありがとう。味方になってくれるのはアナタだけよ」
そう言って優しくアレンの頭を撫でるルイーゼ。慈しみに溢れたその視線や表情は、先ほど会場でロベルトに非難された姿とは乖離していた。
アレンはつい先ほどの出来事を思い出し、悔しそうに歯を食いしばりながら、ポケットからハンカチを取り出してルイーゼの目元を拭った。
「ありがとう」
「姉さん…大丈夫?」
アレンは他にかける言葉が見つからず、月並みな言葉しかルイーゼに伝えることができなかった。ルイーゼは何も言わずに微笑みを返した。その笑顔に哀しさの影を感じ、アレンは心臓を鷲掴みにされたように胸が苦しくなる。
その時、くちゅんとルイーゼが小さくくしゃみをした。
ルイーゼは着のみ着のままパーティ会場を後にしたため、コートも羽織っておらず春先の夜風を凌ぐには何とも心許ない。このままだと身体を冷やしてしまうので、アレンは自分の上着を脱ぐと、ルイーゼの肩にかけた。
「さあ、いつまでもこんなところにいたら風邪を引いちゃうよ。馬車に乗って家へ帰ろう」
「ええ、そうね」
アレンはルイーゼに手を差し出し、ヴァンブルク家所有の馬車までエスコートした。ルイーゼはアレンの流れるような所作に驚いた顔を見せたが、嬉しそうに微笑んでアレンの手を取った。
二人が乗り込み並んで座ったことを確認すると、馬車はゆっくりとヴァンブルク家へと向けて動き始めた。
「ふふ、アレンもいつの間にか立派な紳士になったのね」
「……そうだよ。僕ももう15歳なんだから。姉さんのことだって守れるよ」
「あら、素敵な騎士さんだこと」
クスクスと手で口元を隠しながら笑うルイーゼ。
笑顔を見せてくれることにホッとしつつも、その尊い笑顔を陰らせたロベルトや、ルイーゼを嘲笑った会場の令嬢令息達に改めて怒りを感じる。
「誰が何と言おうと、僕は姉さんの味方だからね」
そっと隣に座るルイーゼの手に、自らの手を重ねて誓うアレン。ルイーゼも微笑みながらもう一方の手をアレンの手に重ねた。
ーーー許さない。
誰よりも優しく慈愛に満ちた姉さんを傷つけた奴は、僕が許さない。
アレンは密かに復讐心を燃やし、段々と小さくなっていくパーティ会場のホールを馬車の窓から睨みつけていた。
ここまでがプロローグって感じです。
次話から深掘りしていきますのでよければ3話もぜひ!
この後14時に更新です。