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第十一話 メアリーの苛立ち

 メアリーはとても苛立っていた。


 ここ最近、ルイーゼを取り巻く環境に変化が見られるのだ。

 ロベルトの元婚約者であるルイーゼ・ヴァンブルクは、嫌われ者の悪役令嬢であるはずだった。それなのに、今まで嫌がらせの筆頭であったマリアを始め、メアリーの友人のラナまでもがルイーゼと行動を共にしているのだ。

 それだけでなく、他の生徒のルイーゼを見る目にも変化が生じていた。これまで表情がなく、氷のような女だと揶揄されていたルイーゼが、少しずつではあるが微笑みを見せたり、雰囲気が柔らかくなったりと近付きやすくなったため、チラホラと挨拶や会話をする生徒が増えて来ていた。


 元々容姿端麗なルイーゼである。その可憐な微笑みに充てられて、多くの生徒は頬を紅潮させて、熱っぽい眼差しでルイーゼを見つめていた。これまでとのギャップも相まって、ルイーゼへの評価がガラリと変わりつつあった。今では男女問わずに多くの生徒が、ルイーゼの貴重な笑顔を拝もうと、彼女を遠巻きに眺めていた。

 その手のひらを返したような周りの態度に、メアリーは不満を抱かざるを得なかった。


 自分以外がチヤホヤされることも気に食わないが、何よりその相手が今まで目の敵にしてきたルイーゼであることがメアリーを苛立たせていた。

 由緒ある家の出であり、頭脳明晰で美しく、第二王子であるロベルトの婚約者だったルイーゼ。田舎の小さな男爵家で育ったメアリーにとって、ルイーゼは自分が欲しいものを全て持っている疎ましい存在であった。


 表立ってはいないが、メアリーはラナや他の生徒をうまく扇動し、ルイーゼの悪評を流させていた。

 そして頃合いを見てロベルトに近づき、ルイーゼにキツく当たられただの、ルイーゼが陰でロベルトの悪口を言っていただの、有りもしないことをロベルトに吹き込み、うまく懐に入り込んでいった。あの日、晴れてロベルトの婚約者の座を奪い取った時には、内心笑いが止まらなかった。パーティの場で笑いを堪えるのに苦労したものだった。


 それなのに、昨日メアリーの耳に飛び込んできたのは驚くべき一報であった。なんとマリアを中心として、密かにルイーゼのファンクラブなるものが設立されたという。ルイーゼの知らぬところでその会員は着実に人数を増やしているのだとか。



 そして今、メアリーは近頃の鬱憤を晴らすために街へ買い物に来ていた。新しいドレスを購入しようと、ロベルトを引き連れて街一番のドレス専門店を訪れたのだが。


「何よ!どういうことなのよ!?」


 語気を荒げるメアリーの目の前には、黒いスーツを身に纏った屈強な男性二人が立ちはだかっている。店のSPと思しき彼らは後ろ手を組んで仁王立ちをし、店の入り口に立ち塞がっていた。

 ここはメアリーがロベルトと何度も訪れたお気に入りの店である。なぜ今、自分達が店に入ることを止められているのか理解ができなかった。

 ロベルトも驚きを隠せないようで、怪訝な顔で眉間に皺を寄せている。


「申し訳ございません。とあるお方からあなた方を店に入れるなとの指示が入っております。恐れ入りますがお引き取りください」

「なっ…俺が誰だか分かって言っているのか!?命令だ、今すぐそこを退け」

「いくら殿下とはいえ、それは致しかねます。どうぞお引き取りください」

「ぐっ…」


 ロベルトの言葉にも顔色ひとつ変えず、男達は断固としてその場を動こうとしない。ロベルトもぎりりと歯を食いしばっている。


「なんでよ!?私たちがこの店でどれだけドレスを買ってきたと思ってるの!?急に出入り禁止だなんて納得できないわ!誰なのよ!私たちを店に入れるなって言ったやつは!今すぐここに連れて来なさいよ!」


 メアリーも怒りが治らない様子で、キャンキャン甲高い声で叫ぶ。男達はうるさそうに僅かに顔を顰めながら答えた。


「この店のアドバイザー様です。その方の手腕により、この店は王都で一番のドレス専門店の地位を確立しました。その方のご命令は最優先事項でございます。いくらあなた方がここで喚こうと、私たちが道を開けることはありません」


 何を言っても動じない意志が男達から感じられた。

 一流のドレス専門店前での騒ぎに、いつの間にか周りには野次馬が集まって来ていた。ロベルトは、流石に体裁が悪いと悟ったのか、諦めたように息を吐くと、メアリーの腰に手を添えて帰りを促した。が、納得のいかないメアリーはロベルトの手を振り払い、目を釣り上げながら尚も喚き続ける。


「この店が客を追い出すような横暴な店だって言いふらしてやるんだから!」

「ええ、構いませんよ。そんなそよ風のような風評なんて痛くも痒くもありませんから」


 悔し紛れに喚いたメアリーの言葉に返事をしたのは、目の前に立ち塞がる男達ではなかった。キッと睨みつけるように声の方を振り返ると、いつの間にか背後に藍色の髪の青年が佇んでいた。後ろに従者と思われる人物を連れている。


「…誰なの?」

「アレン様!わざわざご足労いただいたのですか!?」

「うん、やっぱり気になってね。僕の指示通りにしてくれてありがとう。ご苦労様」

「とんでもございません!」


 メアリーの問いかけに青年が答えるより早く、SPの男達が慌てた様子で藍色の髪の青年に頭を下げた。アレンと呼ばれた青年は、メアリーとロベルトには目もくれず、悠然とした態度で男達の隣まで歩を進め、彼らに労いの言葉をかけた。


「ちょっと!?無視しないでくれる!?」


 メアリーが怒りのままにアレンへと手を伸ばそうとしたが、その手を従者の男がペチンと叩いた。そのことに絶句したのはメアリー当人である。醜く顔を歪めて従者を睨みつけるが、従者はどこ吹く風である。


「穢らわしい手で僕に触らないでくれますか?僕に触っていいのはルイーゼ姉さんだけなので」


 にこりと爽やかな笑顔で答えるアレンの言葉に、メアリーの表情が強張る。


「ルイーゼ、姉さん…?あんた、まさか」

「ええ、ルイーゼの弟のアレン・ヴァンブルクです。ああ、以後お見知り置きしなくて結構ですよ。あなたと話すのはこれっきりでしょうし」


 ニコニコと無垢な笑顔で毒を吐くアレン。侮辱されていると悟ったメアリーはギュッと拳を握りしめる。怒りのあまり肩は震え、血管が切れるのではないかと思うほど、顔が真っ赤になっている。

 メアリーの様子に顔を青くしているのはロベルトである。ロベルトの前ではいつもは小動物のような愛らしい笑顔のメアリーが、今は鬼のような形相をしているのだから当然ではあるのだが。


「さて、そろそろ帰ってくれませんか?他のお客様の迷惑です」

「あんた何様のつもり!?」

「おや?さっき聞いてなかったんですか?この店は僕がプロデュースしてるんですよ。だから僕が売らないと言った客には商品は絶対に売りませんし、そもそも僕が客と認めない人を中に入れるわけにはいきません。業務妨害ですのでそろそろお引き取り願えませんか?」


 笑顔を崩さず、帰り道の方向を指差し帰りを促すアレン。頑としてその場を動こうとしないメアリーに見切りをつけ、アレンはロベルトと向き合った。


「ロベルト殿下。いいんですか?こんなにも人が集まって来ています。今どう行動するのが最善か、頭の弱いあなたでもこれぐらいは分かりますよね?」

「ぐ……メアリー今日はこれで帰ろう」

「嫌よ!!何で私がこんな扱いを受けないといけないわけ!?私はロベルト殿下の婚約者なのよ!?」

「メアリー!!頼むからこれ以上恥をかかせないでくれ!」

「ろ、ロベルト殿下…」


 思わずメアリーを怒鳴りつけたロベルト。そこでハッと我に返ったメアリーは、周りを見回してようやく自分の置かれる状況を理解したようだ。黙り込んだメアリーにロベルトはホッと息をつくと、アレンをキツく睨みつけたままのメアリーの手を引いて逃げるようにその場を後にした。


「やれやれ。品性のカケラもないな。姉さんの爪の垢でも煎じて飲めばいいものを」


 アレンは呆れたように二人を見送ると、SP二人に感謝を伝えて持ち場に戻るように指示をした。野次馬も揉め事が落ち着いたと判断し、パラパラと各所へと散っていった。


 アレンはクロードの方を向くと、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「さて、と。頼んでいた件の調査はもう済んでるよね?」


 完了していることが前提の問いかけに、クロードは苦笑しつつも頷いた。


「ええ、もちろんです」


 その返事に満足そうに口角を上げるアレン。


「流石だね。よし、じゃああの女の件については目処が立ったし、いよいよ大本命といこうか」


 そう言ってアレンが懐から取り出したのは、一通の手紙であった。ヴァンブルク家の家紋で封がされている。


「レオ君に手紙を出したいんだけど、お願い出来るかな?」


 アレンの頼みを聞き、クロードは頬をひくつかせた。


「はぁ…いつも言ってますけどその呼び方はやめた方がいいかと」

「えーだってレオ君がそのままでいいって言うんだもん」

「…分かりましたよ。許可を頂いているのならもう何も言いませんよ」


 クロードは溜め息をつきながら、アレンに手渡された手紙を持ってとある場所へと向かった。

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