第10.5話 『金色』の主は高をくくる(ゴルデン視点)
・失敗賢者よもやま話10.5
『金色の冒険譚』の本拠地は――、
※続きはあとがきで!
僕が冒険者ギルドを訪れたのは、昼をかなり過ぎた頃のことだった。
僕はゴルデン・アドベルム。冒険都市オルダームでも、最高の冒険者だ。
最高という呼称には些かの誇張が感じられるかもしれないが、事実だ。
何故なら僕は、この街で最大のクラン『金色の冒険譚』のトップなのだから。
だが、最近は僕自身が冒険に出る機会もめっきり減ってしまった。
今日とて、街にある幾つかの商会や職人ギルドと折衝を終えて、ここに来たのだ。
僕はもっぱら、前線で活動する後輩達を支える裏方となっていた。
冒険者としての腕は落ちるだろうが、構わない。むしろ命の危険は遠ざかるし。
元々、僕は最初から現実を見ている。
共に『金色の冒険譚』を興した失敗賢者は冒険のロマンに酔っていたが、僕は違う。
僕があいつと組んだのは、そこに現実的な判断があったからだ。
あの男が持つ『大賢者の生まれ変わり』という謳い文句が、必要だったのだ。
その比類なき宣伝効果こそが僕の欲しいもの。でなければ誰があんな無能を組むか。
実際に、それもあって『金色』は順調に人を増やしていった。
それなりに苦難もあったが、僕が全て実力で乗り越えた。レントはただのお飾りだ。
だが『金色』がオルダームのトップになって、そのお飾りも役割を終えた。
これ以上、使えない看板に用はない。だから看板を取り換えた。
使えない看板から、使える看板へ。
レントを追い出して、代わりにルミナを入団させた。
実力もあって意欲も高い彼女を、僕は『新たな大賢者』として売り出す予定だ。
ルミナならば、その重責をしかと果たしてくれるだろう。
やがては冒険者の恥部と呼ばれるワーヴェル家の悪評をも覆すかもしれない。
そうなれば、彼女を見出した僕の名声もさらに高まるだろう。楽しみだ。
「あ、ゴルデンさん! っちゃーっす!」
「ゴルデンさん、おはようございますッ!」
冒険者ギルドの入り口をくぐれば、たむろしていた冒険者達が揃って僕を呼ぶ。
皆、顔に愛想笑いか憧れを浮かべて、僕に見られようとしている。
気持ちがいい。最高だ。ここが自分の王国であると改めて再確認できる。
そう、僕は王だ。この街の頂点に立つ男だ。
誰もがこぞって僕を敬う。それは、僕が敬われるに値する男だからだ。
だが、僕はこんなところで終わるつもりはない。
オルダームの街を制した今、僕は次に王都に打って出ようと画策していた。
王都に集まる利権は、この街の比ではない。
そこに食い込むことができれば、僕の人生はさらに栄華に満ちたものとなる。
だが王都の冒険者ギルドでは、あのワーヴェル家が幅を利かせている。
が、そのためのルミナだ。彼女という殺虫剤で、あの恥さらし共を駆逐してやる。
「おはようございます、ゴルデンさん」
「おはよう、リィシアさん。早速だけど、ギルド長に――」
カウンターで女性職員にアポの確認を取ろうとした時だった。
「御挨拶」
――背後からかけられた、無礼極まるハスキー声。
振り返れば、そこには巨大なハンマーを背負ったドワーフの女がいた。
僕の『金色』に次ぐ第二位のクラン『靭たる一団』の棟梁、リュリだった。
「これはこれは、リュリ女史じゃないか。こんなところで会うとは奇遇だね」
「おう、確かに奇遇だな。何だい、依頼の物色かい?」
「いや、ギルド長との打ち合わせがこのあとあってね」
「ハッ、打ち合わせ、ねぇ。すっかり裏方気取りじゃねぇの」
表面は笑みを保ったまま、だが、僕はのどの奥で舌を打つ。
この女は、物言いからして品がない。容姿こそ整っているが、中身が下劣だ。
「今の僕は裏方で十分さ」
「そりゃそうか。他を奉仕させるのがおまえさんの仕事だモンな」
……くっ、この女。
「僕は、忙しくてね。世間話の時間も惜しいくらいなんだ。失礼するよ」
「実はよぉ、アタシもさっき依頼の打ち合わせをしてきたトコなんだ」
話を聞け、この低能女。
僕は、忙しいと言っているだろうが。
「へぇ、依頼の打ち合わせ、か。また遠征かい?」
「否、今回はアタシが依頼主さ。指名依頼だよ」
何? リュリ・デュランドが、名指しでの依頼だって?
「お、表情が変わったな。そんなに興味津々かい?」
「そうだね。後学のために、聞いておきたいな」
「なぁに、依頼内容は至極簡単さ。ドラゴン素材の調達だよ」
「……また、随分と思い切った依頼を出したね。誰に頼んだんだい?」
果たして、誰にそれを依頼したか、そこが問題だ。
もしや、僕のところのルミナのように、有望株を見出したとでもいうのか。
「レント・ワーヴェル」
思いがけない返答に、固まってしまった。
僕は彼女に「それは何の冗談かな?」と改めて尋ねる。
「冗談なモンかい! この『靭たる一団』の三代目棟梁のアタシが、レント・ワーヴェルにドラゴン素材の調達を依頼したっつってんだよ!」
「……バカな」
冗談じゃないのならば、それは狂気の沙汰だ。完全に常軌を逸している。
「あんな男に、そんな大それた依頼が果たせるワケがない」
「疑問符。結果が出るまではわからんぜ?」
何故そこで自信ありげに笑えるんだ、この女は。全く理解できない。
「あの、ゴルデンさん? ギルド長が部屋でお待ちですけれど……」
「あ、ああ。すまない。すぐに行くとお伝えいただきたい」
女性職員に声をかけられ、僕は笑みを繕ってそう応じた。
僕は踵を返し、リュリに背を向ける。
「打ち合わせがあるから、これで失礼するよ」
「ああ、またな」
あっさりとした別れだが、これが金輪際のものとなるだろう。
リュリ・デュランドはおかしくなった。その噂はすぐにでも広まるはずだ。
――終わったな。
この街の最後の脅威であった『靭たる一団』が、まさか自滅するとは。
ちょっとした寂寥感すら覚えつつ、僕はギルド建物の奥へと歩みを進めていく。
これで、オルダームは完全に僕の手に落ちた。
次はいよいよ王都だ。未来を見据えて、僕の思考は様々に巡り始めていた。
凶報が舞い込んできたのは、それからすぐのことだった。
・失敗賢者よもやま話10.5
――結構広い中庭がある!
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