第三話:涙も恨み言も枯れ果てたようで
その後、男は説明を始めた。要点をまとめると
『椅子にしている女性が万司の世界を管理する者であったが、ある時万司の世界に繋がる枝に別世界の枝が近づき、融合してしまった。』
『実はその事象、最初の世界開闢からの記録にも載っていない初めての事であったこと。其れ故に彼女も、いや誰もその危険性を把握できなかった』
『彼女は男が管理していた世界で生前、自力で会社を起こし急成長させたほどもともと上昇志向が強い性格で、死後にスカウトしたが管理が容易な万司の世界のみを扱うことに不満を示していた』
『故に彼女はこれをチャンスと思ってしまい、融合箇所から別世界の管理権を密かに得ようと画策した。当時、男は自身が直接管理する世界で星間戦争が起こっており、そちらに掛かりきりで管轄全体の監視をする仕事を彼女へ割り振っていた』
『更に運が悪いことに、融合してきた枝は成長しきった飽和世界から分岐したのではなく、ifの世界線、先程万司の言ったパラレルワールド的な物であったためその発生は突発的なもの。分岐自体にも気付けなかったという事実が重なった』
「だから…私が気づいた時には全ては手遅れだった。いや、何を言っても許されることではないですがね」
そう、男は自嘲気味に笑うが万司の表情は話の途中から能面のように固まっていた。声も発さずじっと此方を見つめる万司に男はさもありなん、と頷く。自分のような愚かな者に掛ける言葉はないだろう、そう判断し男は続けた。
「無論、全ての世界は繋がっているし互いに影響を与えることもある。其れこそも根本から吸われた水分が全体に行き渡るようにです。だが通常なら枝の中にフィルターを設置して別世界に問題あるものが流れ込むのを防いでいる。たまにどうしても小さな物が流れ着きますが」
与太雑誌に語られるオーパーツとかあるでしょう、そう呟くも万司の反応はない。それでも男は言葉を紡いだ。
「彼女も一応、接合箇所にフィルターを置いたようですが設置が杜撰で…かなり隙間があったようです。そして、其処から万司さんの世界へ別世界からあるものが流入してしまった…先程したオリジン・タグの話、覚えていますか?」
頷く万司に男も頷き返す。
「其れがなければその世界で魔法を行使することが出来ない、それでもそんな世界へ魔法のもととなる魔力が流れ込んでしまったら?」
「…つまりは俺の世界のようになる、と」
「お察しの通り、万司さんの世界を滅亡の危機へ追いやったのは別世界から流れ込んだ…魔力です。魔法がある世界では当たり前にあるものです、逆になければ生物が死滅するほどに」
「ですが魔法が根本的に存在しない世界では毒でしか無い、酸素を必要としない生物にとって其れが毒であるように」
其処まで語って男はチラリ、と万司を見る。すぐに視線を外し続けた。
「恥ずかしながら事を知ったのは警報が鳴ったからです、第二種世界崩壊警報…『即座に対応しなければ知的生命体が滅びるレベルの災厄』、それでやっと気づいた。その時には既に万司さんの世界に魔力は届き、あまつさえ生物に浸透しつつあって。リムーバーによる除去も空気中ならまだしも生物に入ってしまっては不可能です」
「正直打つ手なし、世界の切り捨ても視野に入れ始めたときです、その…」
男の向ける弱々しい視線に、万司は呻くように口を開けた。
「俺に気づいた、と」
「はい…」
沈黙が二人の間に降りた、それを破ったのは万司の方。
「一つ、聞かせろ」
「どうぞ」
「俺の意志に、何かしら介入したか?」
再びの沈黙、だがそれが既に答えだということはお互いに気づいていた。
「そうか…」
「言い訳に聞こえるかもしれませんが、魔力を集めさせようと仕向けたことは一度も。自暴自棄にならないように狂気耐性を上げさせては貰いましたが、行動の決定権はあくまで万司さん、貴方に」
目をつむり、黙って考える万司だったがそっと目を開き漏らした言葉はただ一言
「分かった」
だけだった。
「恨み言の一つも漏らさないんですね」
「意外か?」
「正直、はい。胸倉掴まれて殴られる覚悟はしていましたから」
どこか戸惑い気味の男に万司は笑いをこぼす、それは決してまだ20歳を超えた若者がするものではなく。
「そうだな、最初の頃なら胸倉掴んでそうしてたろう。真ん中あたりなら足に縋ってそれは良いから殺してくれと泣き叫んだ、かな。今となってはもう、な」
肩をすくめ、言い放つ。
「もう、全てがどうでも良いや」
そんな万司を前に男は唇を黙って噛みしめる。その様子に気づかぬふりをし、万司はそれでと言葉を紡ぐ。
「俺はこの後どうなる?」
廃棄か?消滅させられるのか?と続けるかとも思ったがこれ以上、男の胃を痛めつけても意味がないのでやめておく。胃があるのかは知らないが。
「選択肢は実質一つです。まずは元いた世界へ戻れません」
「だろうな、頼まれても嫌だけど」
「心情的にもそうですが、今の万司さんは魔力を吸収し続けたことによりその心臓が、逆に魔力を発生させる炉心のような状態になってるんです」
「…マジで?」
「マジです、恒星が生まれる時のように魔力が一気に圧縮されたのが原因と思われますが。ですので万司さん貴方には魔力があることが普通の世界、貴方の世界に接近した別世界へ転移して頂きます」
矢張りか、万司は顔を上げて天井を睨む。なんとなく察しはしていたが言葉にされるとこう、来るものがある。
「なにせその世界へ行くはずの魔力が万司さんの世界へ行ってしまい、あちらの世界は魔力が枯渇とまでは行きませんが濃度が低下しています。それを解決するためにも心臓が魔力炉心となった万司さんが行って頂けると非常に助かるのです」
「そちらの都合だな」
「そうですね、それは認めます。ですのでサポートはさせて頂きますよ」
万司の苦言をあっさり認め、書類をガサガサと漁りだす男。見つかったのかそれを手に説明を再開する。
「まずは翻訳能力、会話は当然として読み書きも含まれます。意思の疎通ができなければ困りますから。それから無限収蔵庫…アイテムボックスといったほうが通じるでしょうか?」
そちらの世界のライトノベルでもあったでしょう?そう続ける男に万司は曖昧な笑みを浮かべる
「いや…ここ数年はそんな気分じゃなくて、ってすまん!そんなつもりじゃないんだ!いやうん、ネットで見かけたかな〜?」
「い、いえ。大丈夫です、大丈夫ですから」
特に考えなしの言葉に、今度は胸を抑えて顔を歪める男に慌てる万司。本当に他意はないんだがとなんとか話をそらそうとする。
「で、そのアイテムボックスはどんな感じなんだ?」
「は、はい。さっきも述べたとおりに無限に収納できます。他にもソート機能や検索機能、解説機能にブックマーク機能が…」
「ブラウザかよ」
「あ、はは…中にはお詫びというわけではありませんが食料や道具、あちらの通貨を入れておきましたのでご活用頂ければと。細かな確認は後でなさってください、ヘルプ機能もありますので使い方がわからなくても大丈夫ですよ」
思わず突っ込んだ万司に男が苦笑いを返す。ヘルプ機能ね、その手のソフトに付いてるので役に立ったことはあまり無いんだが。若干の不安もあるが口には出すまい、と万司は飲み込んだ。それりよりももう、決断のときだろう。相手は神、低姿勢に出てはいるがごねて機嫌を損ねるかもしれない。
どちらにしろもう、自分には選択肢も希望も、どちらもないのだから。万司はため息を一つ、同時にポロリとこぼした。
「分かった」
「ッツ!あ、有難うございます!でも、その…何と言って良いのか」
「いいさ、まぁ正直なところ自分でも驚いているよ。異世界に行けると知って少しワクワクしてる部分があるんだ。そんな心、もう無くしたと思ってたんだけどな」
「…向こうも悪くないですよ、今の貴方なきっと。いえ、私が言う資格はないですね」
一瞬の歓喜を済まなそうに隠す男に万司は笑いかける、其れは少し心から笑っているかのように男には感じられた。