第二話:土下座かと思いきや椅子でした
まずは何が起きたかの説明です、報連相は大事ですからね。
そのまま何もせずに放り出すのはよくありません。
「そうして貴方は世界で唯一の結晶を除去できる人間として政府の保護下に置かれ、その力の解明が開始されました。ですが一向にその研究は遅々として進まず、感染者の数が日本総人口の1/3を占めるに至り関係者から倫理が失われていきます」
「過度な薬物投入で酷い嘔吐感から一睡もできない日々が続き、ボロボロの貴方に看護師の一人が同情を示して逃亡に力を貸してくれました。ただ、その女性も某国の工作員で貴方を本国へ連れ帰る任務を受けただけ、全ては演技で同情は欠片もなかった」
「あわや国外へ、というところで今度は日本に根づく裏組織が其れに気づき貴方を奪おうと某国工作員らを襲撃。銃撃戦となりそんな中、心身ともに疲弊しきった貴方は感情赴くままに力を解放し、最初の…止めましょうか」
「それから貴方はたった一人で戦い始めます、己の力を使いこなし追っ手を退けながら貴方は心に決めた。この世界から全ての結晶体を無くそうと」
「数年の間、戦い続け遂に貴方は最後の結晶体…終末思想なカルト教団が神体としていた其れを吸収、目的は達成されました。その後は直ぐにその力を使い、大気圏外へ己の体を放逐…宇宙の塵となる覚悟を決められた」
書類から顔を上げ、細めの男は首を少し傾ける。
「相違ないでしょうか」
「有りはしないが、そうやって言葉にされると何というかこう…ムズかゆいな」
「そうですか」
万司の返事に男は其処までの感慨も示さず、また書類へと目を落とし、すぐに書類を机へと投げ出した、其れ以上は特に書いていなかったらしい。
「さて、万司さん」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「何でしょう?」
そのまま話を続けようとした男を慌てて万司は遮る、特にそのことには男は不快感を示すこと無く続きを促す。
「多分、色々とこれから説明してくれるとは思うけど貴方は?その、神様とかそういった類い、か?」
「神、ですか。」
ふむ、と顎を撫ぜた男は暫し瞑目し
「そうですね…世界を管理している存在も其処に分類するのなら、そういうことになるのでしょうかね」
そう、何処か力なく自嘲する。其れは神と自称する割にはあまりにも不釣り合いなものだった
「貴方も言った通り、色々とお話したいことはあります。多少は長くなると思いますのでどうかお座りください」
「其れは願ってもないが何処に?」
「おや?そちらに…ない、ですね」
どうやら椅子があると思っていたらしい、だが男が覗き込む万司の側には一切其れはない。
「ない、な。いや無くても構わんぞ?立ったままでも拘束着を着けられたままベッドに縛り付けられ天井を見上げ続けるよりかは大分楽だし」
「自覚はないでしょうけど、そうテクニカルに此方の良心を抉らないでもらえますか?」
別にそういう腹づもりはなかったのだが、胸を抑えて顔をしかめる男に万司は軽く驚きを覚えていた、神も感じることがあるんだなと。其れをその権能かはたまた別のなにかか、で読み取った男は溜め息をこぼす。
「神とて不感症というわけではありませんよ…信頼してもらえるとは思っていませんが」
「いや、そのくらいは信じるさ」
「そう、ですか…んん!しかしいくら何でも立ちっぱなしは此方の精神上宜しくないので」
少し嬉しそうな顔をした男に思わずほっこりしてしまった万司、其れを感じてか少し恥ずかしげに咳払いで誤魔化す男の視線は先程から蚊帳の外、と言うか床の上で土下座を続ける女性へと向かう。1つ頷き口を開いた。
「丁度いい、君、彼の椅子になりなさい」
「は?」
突っ込む間もなく女性は土下座の体勢を解き、四つん這いの姿勢でカサカサと机と万司の間に入り、其処で止まった。
「さ、どうぞ」
「いや、さぁって…えぇ」
「遠慮なさらず」
笑顔で、其れもめちゃくちゃ良い笑顔で勧めてくる男に万司は軽くドン引いた。ちらりと視線だけやればプルプルと震える女性は首を動かすこと無く目線だけ此方に向ける。それには拒否は当然として、明らかに此方を見下す、下に見ているような其れが含まれていた。
恐らくは男、神の同僚なのだろう。つまりはこうやっているが彼女も神の一柱で、何らかの強制力で縛られ彼の椅子になろうとしている。そんな存在に腰掛けるほどの度胸は万司にはなく、誠意だけ受け取りやはり立ったままでいようと
「結論だけ申しますと、貴方の世界にかの病が蔓延した原因は彼女です」
「あ、では遠慮なく」
「どうぞどうぞ」
思ったが彼の言葉で即座に彼女、全ての元凶の背に腰を下ろした。かなり勢いよく座ったため、グエッとか潰される蛙のような声を漏らしたが万司は力の限り無視した、男の方も満足げに頷いている。
「では寛いでもらった所で説明を始めさせて頂きます。少々長くはなるとは思いますが、お付き合いください。質問は適宜、お受け致します」
よろしいですか?と目で問うてくる男に万司は頷く。では、と男は続ける。
「今から遥か昔、人が作り出した兆や京、ましてや無量大数すらついこの間と言えるほどの昔に一つの世界が誕生しました」
其処から?と顔を歪める万司にまぁまぁと手で抑える男、ついでにとその手を机にかざす。其処にポゥッと光る楕円状の光が浮かぶ、覗き込めば中に銀河のように光り輝く光点の塊が見えた、話に出た世界の図ということなのだろう。
「同時にその世界を管理する者もまた生まれました、その方は試行錯誤し時には失敗しつつも最終的にはこの世界を生命溢れる世界へと成長させました」
覗き込む万司の目には巨大な惑星サイズの宇宙船が飛び交い、その間を似たようなサイズのドラゴンが飛翔する映像が映し出される。
「其処には全てがあります、人間が想像する以上の物が。超科学、魔法、超能力、細かく言い出せば切りがありませんがね。人種もまた数千万を超え総数ではもう幾らいるのか…星間戦争となれば軽く億を超える人的被害が出る、それでも微々たるものだと思えるほどの発展を遂げました」
「これ以上の発展は難しい、その方が思ったときでした。その世界から枝葉のようなものが伸び始めたのです」
楕円の光からスッと木の幹のようなものが伸び始める、其処から正に枝分かれしていく枝、その先には果実のような丸いものが実り出し…万司はふと、思ったことを口にする。
「パラレルワールド?」
「少し、違いますね。これは成長です、世界の。飽和しきった世界は更に広がろうとこのように別世界を子供のように作り出すのです」
万司さんの言うような増え方もすることはありますが…男は呟く。そうこうする内に枝はどんどんと伸び、葉や実を付けていく。それでも成長は止まること無くいつしか木は大樹と呼べるほどにまで広がった。部屋の天井近くまで伸びつつある其れを、突き抜けるんじゃないかと万司は危惧する。
実際はそういう事はなく、成長は止まりその枝の一部が机の上までに移動し、拡大される。
「元の世界の子であるこうした世界、それは元の世界の影響を受けます。そうした因子は世界の法則の根の部分に書き込まれ変更することは出来ません。其れを我々はオリジン・タグと呼称しています」
「それはその世界に生きる生物の生態にも関わるもので、例えば魔法。このタグが世界のリソースに書き込まれていればその世界の生物は大なり小なり魔法の行使が可能となります、逆になければどう足掻いても行使できません」
後付でそれっぽいことは出来るようにはなりますが、と付け加えた男はさっと手をふる。拡大が更に進み一つの世界が見えてきた、大本の世界よりも星の輝は少なく、輝き自体も弱い。だがその中心に映し出された青い星は万司の心を打った。
「地球…」
「はい、万司さんが暮らしていた星。そして世界です」
「結構、端っこなんだな」
「そうですね、技術ツリーには化学のみ。知的生命体も全宇宙で人間のみとなっている比較的管理が容易な世界です」
「え、人間だけ?エイリアンいない?」
「はい、バクテリアレベルならいたかもしれませんが…後、幽霊や妖怪と言った怪異も一切存在しえません。全ては創作、錯覚です」
「まさかこうして真実を知るとは…ある意味では知りとうなかったわ」
妖怪の仕業はなかったか~、そう呟く万司を微笑ましく見た男だったが居住まいを正す。万司も其れを感じ取り、組んでいた足を戻して尻を上げ座り直す。またヒキガエルの鳴き声のようなものが聞こえたが無論、二人は意図して無視した。
「ここから何が起こったかをお話します、其処の…」
チラリと万司の足元の方へと視線を机越しにやる男、椅子にしている女性を呼ぼうとして躊躇したかのように万司は感じた。それでふと気づいた、そう言えば男の名前を聞いていないことに。
理由はわからないが神なのだ、何か制約があるのだろうと万司は勝手に納得しておく。同時に話も進まないので助け船を出す。
「椅子ちゃんがどうした?」
「椅子、ちゃん…まぁそうですね。其れでいいでしょう、椅子ちゃんがやらかした顛末をお話します」
ピクピクと痙攣する口元は万司のネーミングセンスへの反応だろう、だが男は其れを口にすることはなく。変わりに今度は不満を表すためだろう、むごーとかいう呻き声が上がった。言うまでもなく誰も相手にしなかったが。