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土下座から始まる異世界譚  作者: アルフン
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第一話:世界は蒼い結晶に覆われ死にかけてるようです

数年前にふと思い立った設定をふと思い出し、なんとなく投稿してみました


とりあえず、転移後辺りまでは一気に投稿する予定ですのでよろしければお付き合いください。

「は?」


目の前の光景を頭で処理できず、やっとの事で絞り出したその声が部屋にこだました。其処はオフィスビルの一室を思わせる造りで、良く見れば白壁にシミが目立ち、また床のカーペットも方々でほつれ毛玉となり、壁際では薄っすらとホコリが積もっていた。


光量のない蛍光灯で照らされたその部屋には真ん中にはこれまたよく見るスチール机が置かれており、上には乱雑に書類が置いてある。其れを挟み、彼の目の前には二人の人物がいた。


一人は椅子に座る無精髭の目立つ細目の中年、とまでは行かないが青年とも言い難い30歳後半くらいの男性。一言で言い表せば()()()()()男だ、結び目が解けそうなネクタイやシワの寄ったカッターシャツを見れば十人中九人はそう評すだろう。


もう一人は女性、リクルートスーツを着ていると言うかは()()()()()()との印象だ、入社して半年程度の新人かな?と彼は勝手に想像した、社会人として働いた経験はなかったので。


髪は立てば首筋が隠れる程度だろう、顔は…分からない。何故なら彼女は今、床の上で


()()()()()()()()()()()


先程の第一声も気付けばこの部屋にいたからではない、女性がこうして土下座していることから浮かんだ言葉でもある。



「え?」



もう一度、呟いてみる。だが当然其れで事態が解決するというわけはなく。彼、神宮万司はどうすることも出来ないまま、立ち尽くし続けた。そんな彼を細めの男はチラリと見るだけで特に声をかけること無く机に置かれた書類を手に取った。



・・・

・・



「死なないで!姉さん!_」


「万司…ごめんなさいね」



手を握りしめ、恥も外聞もなく泣き叫ぶ万司に彼の姉である千寿は弱々しく微笑み、謝罪を繰り返すだけだった。未だ見える右目からは涙をハラハラと零しながら。自分が死ねば天涯孤独となってしまう弟を置いて逝かねばならない理不尽に怒りを覚えたか、忌々しげに空いた手を左目へ。


そっと触れれば柔らかい皮膚の感触の代わりに硬い、鉱物に触れたかのような其れを彼女の手は伝えた。其処にはあるべき目の代わりに瑠璃色に輝く結晶が貼り付いていた。


蒼玉(そうぎょく)彫花(ちょうか)症候群(しょうこうぐん)」…万司が謎の部屋に出現する数年前、世界は滅亡の危機に瀕していた。何時の間にか世界中に蔓延したこの病はありとあらゆる生物へと感染し、その体表に瑠璃色をした結晶を生み出す。


そうなると患者は少しずつ、だが確実に衰弱していく。個体差はあるが体表の半分を覆われて生き延びた患者はいない、数ヶ月掛けて己の体を覆っていく其れを患者は恐怖しながら見守るしかないのだ。


そうして亡くなった患者の上、結晶は哀しくも美しい青い花を咲かす。その結晶体の形から名付けられた病名だが人々は弔花病、またはその色から勿忘草病と呼び、その身に結晶が付着することを畏れ、そうならないことを祈った。


外科的処置での切除は不可能、全身麻酔をしても切り離そうとする痛みに患者は目を開き、叫び声を上げる。結晶自体を削ることも不可能、ダイヤモンドを使った工具でも傷一つ付くことはなかった。


細菌なのかウィルスか、はたまた寄生虫?化学物質?未知の生物なのか?原因は突き止められること無く、人類はその首に当てられた死神の鎌を嫌でも感じていた…


そんな病に姉の千寿が感染してると分かったのが4ヶ月前、医師の諦めきった顔の治療が功を奏すことはなく容態は悪化の一途。右手は万司が握る手のひら以外は既に結晶に覆われ、病院着で見えないが背中や腹部も内側から妙に突っ張ったように見える。


布団の下にある足も、もう…医者ももう慣れきってしまったのだろう、「後一ヶ月、保つかどうか…力になれず申し訳ない」そう本人も何度言ったか分からないであろう定型文を万司に抑揚無く告げてきたのがついさっき。


万司自身も覚悟はしているつもりだった、本人に会っても心配させまいと笑顔でいるつもりだった。そんな虚勢も1分もせずに剥がれたわけだが。先にも言ったがもうこの姉弟には身内はいない、それなりの資産家だった両親は病気が流行りだす前に事故で他界。


その後に起こった資産相続の交々は口にも出したくない、姉が成人していなかったらどうなっただろうとだけ。やっとそれらが落ち着いたと思った矢先の感染発覚、神がいるのなら胸倉掴んで何か恨みがあるのかと怒鳴りつけたい気分だった。


「大丈夫、ちゃんとお金は彼奴等の手出しができないようにしてるから。ね?」

「姉さん、俺が欲しいのはお金なんかじゃ…」


続く言葉は飲み込む、姉をただ困らせるだけだ。だが千寿はお見通しとばかりに微笑む、哀しそうに。


「一緒にいれず、ごめ…ケホッ、ゲホッ!」


万司が握っていた手を離せば其れで口元を覆い激しく咳き込む千寿、ようやく治まって荒い呼吸、力なく落ちる手のひらは血で真っ赤に染まっていた。畏れていたことが起こった、恐らくは結晶が体表面だけでなく内部組織まで覆い始めたのだろう、彼女の場合まずは肺から。この病気の最終段階である。


「そんな!姉さん!先生、来て!!」


慌ててナースコールを連打する万司、そうする間も千寿の顔からは血の気がみるみる引いていく。


「姉さん!姉さん!」


ナースコールを投げ出し備え付けのタオルで口元の血を拭う、少しでも楽になるように。何をしても無駄と理性は言っているが感情が其れを許さない。そう慌てる弟を優しげに見やり、震える手を伸ばす。そっと頬に添えれば万司は壊れ物に触れるかのように自身の手を重ねた。姉の血が付くことなど厭わない。


「ごめん、ね。ほんとうに、ごめ…」

「姉さん、そんな…嫌だよ!」

「駄目な、お姉ちゃん、だ、ッタ…ケホッ」


ゴポリと嫌な音がした、姉の口から粘着質な赤い液体が垂れる。其れには瑠璃色の結晶の細片が混じって見える、美しい青い悪魔が。


「う、あ…嫌、だ…嫌だああああああ!!!」


叫び、姉の体を抱きしめる。背に回した手に感じる結晶の硬さ、其れが確実に育っているのを感じながら其れも構わずに。喉も裂けよと叫ぶ、誰かに、何かに聞こえるかのように。


そして


「え?」


奇しくも其れは何処かの何かに届いたのか、それともただの偶然だったのか。パリン、となにか割れる音が聞こえた万司は恐る恐る姉から離れ、その顔を見る。同時に姉もまた彼を見ていた


()()()()()


既に結晶に覆われていたはずの左目の辺りを呆然となぞる千寿、その手にもあった筈の結晶は欠片も見えない。背中や足も同様だろう、皮膚の突っ張った感覚は完全に消えていた。


「姉、さん?…あ、ああ!!」


呆然としたままの姉に弟は言葉もなく抱きつき、ただただ歓喜の涙を流す。確かにこれは奇跡で実に素晴らしいことなのだろう、弟の純粋な願いの通り姉の命は助かったのだから。だが、これはハッピーエンドで終わる物語ではないと千寿は気づいていた。


あの一瞬、砕けた瑠璃色の欠片が青い煙のような状態となり其れが弟の心臓の付近へと吸い込まれていったのを見たから。そして、ナースコールで呼ばれた看護師がその一部始終を見ていたのに気づいていたから。


我に返った看護師が医者の名前を連呼しながら走っていく背中を彼女は憂鬱な瞳で見送った。これから騒動の渦中へと放り出されるであろう弟の頭を撫ぜながら。

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