3話 アスラ王子は謎王子
――ついに、フレイル国に来てしまった。招待されてから1週間、悩んだけれど仕方ないわ。私は2人を応援するスタンスを貫く。助けてくれた好きな子が分からない王子を押しつけられたくない。
「ビアンカ・ラ・ノワール王女殿下。ようこそフレイル国へ来てくださりました。私はこのフレイル国の宰相を務めさせて頂いておりますカナン・イーリスと申します。殿下が不自由ないように、何でも申しつけてください。」
立派な王宮の応接室にて、私は何故か宰相様にもてなされていた。
(お礼を言いたいと私を呼びつけた王子はどこよ。さっさと終わらせて帰りたいのだけど。全然関係ないけど、このカナン宰相、顔がいいな)
私のとまどいが伝わったのか、――カナン宰相は気遣うように、メイドにお茶とお菓子を用意させた。なかなか来ない王子。これは、何かあったわね。
お茶とお菓子を楽しみながら、王子が来ない理由を考える。もし、人魚姫がすでにこの城にいることを仮定すると……。
(ふーん。王子は人魚姫の所にいるのね。だったらそのまま来なくていいの。私はお菓子を食べたら帰りましょ)
下手に王子と意気投合して仲良くなったら、人魚姫は死ぬ。人の命を奪ってする恋は、したくない。
「……ビアンカ様、間もなくアスラ殿下が参ります。お待たせして申し訳ない」
「…無理に会わなくてもいいわよ。お互いに興味すらないんだから。女の子と会っているんでしょ」
「は?今、なんと」
口から出た言葉にトゲが含まれていることが伝わったのか、カナンが怪訝な様子でビアンカを見据えた。
めんどくさいな、そう思う。ビアンカはお茶を楽しむ手を止めて真っすぐカナンを見つめた。
「私も王族の端くれ。お礼を伝い相手を待たせるのは失礼にあたります。その理由が、かわいい女の子と逢い引きしているのなら、待つ必要はないでしょう。形式だけの礼で結構ですわ」
そう伝え、席を立って扉へ向かう。私の後ろを宰相が慌てて追ってきているのは分かったが、知るものか。
私はさっさと帰るだけ。だが、私が扉を開く前に外から誰かに開かれた。
「待たせてすまない。ビアンカ王女」
――太陽が入ってきた。そう思った。私の容姿は黒目黒髪。ノワール国は夜の王族と呼ばれている。だから、赤い髪にオレンジ色の瞳を見て、自分たちが絶対になれない太陽に見えた。
そして、太陽の腕の中にいる少女、陽光を思わせる金に輝く少女はエメラルドの瞳で不安そうにこちらを見ている。
(お姫様抱っこかーい!)
……フレイル国の王子は常識がないのか。女連れで外交の場に現れるなんて、あり得ないわ。異世界でよかったね。日本で会社の営業に女連れてくる人いないわ。
(まあ、だから間違った相手と結婚するのか)
呆れた目で見る私だが、私と同じ目をしている仲間を見つけた。カナンだ。私より遠い目をしていたが、ハッと意識を取り戻し、王子に詰め寄る。
「殿下。この場にマリン様をお連れするのはいかがかと思われますが。...マリン様も私とお部屋に戻りましょう。殿下は仕事です」
厳しい目をして叱責するカナンに2人はビクついたが、理解したのか王子が甘い目をして腕の中のマリンに言葉をかける。
「……マリン、さみしいのは分かるけれど部屋で待っていなさい。後でまた一緒に散歩か、舟遊びをしよう」
マリンと呼ばれた少女は瞳を潤ませ、ぎゅっと王子の胸に抱きついた。離れたくないとイヤイヤ首を振る。
その光景を、ビアンカとカナンは砂を吐きながら見ていた。
「いい加減にしなさい!!殿下、失礼します」
ベリッと音が聞こえる位力を入れて王子からマリンを引き剥がすとそのままカナンはマリンを連れて部屋を出て行った。
……この国の宰相、ストレスで死ななければいいけど。
人魚姫、マリンと呼ばれてた。あの子、フレイルの王子――アスラ様のことが大好きなのね。
(アスラ王子はあの子のこと、好きなのかしら?)
だが、マリンと宰相が去った後、フレイル国アスラ王子はビアンカに椅子に座るよう促して自ら二人のお茶を入れると改めて頭を下げた。
「海で溺れた私を救助して下さったノワール国王女ビアンカ姫。改めて礼を述べたい。ありがとう」
「! あの、フレイルの王子殿下、何か勘違いされていますわ」
(助けたのはマリン!私は通行人(騎士と侍女)に金貨握らせただけ)
まさか、絵本の通り、隣国の姫が助けたことになっているの?これで婚約とか、そんな話にならないわよね。
――でも、あれ程マリンと仲が良いから大丈夫……。
「私は貴女に救われて、あなたの絵姿を見て恋をしてしまった。よろしければこれも何かの縁。後でノワール国へ婚約を打診したいのだが、よろしいか?」
この人の頭の中はいったいどうなっているのだろう。
先程、婚約を申し込みたい相手の前に別の女をお姫様抱っこして現れて、私が話を受けると思っているのかしら。
……何なのこの王子。宇宙人?
「マリンとかいうあの娘はフレイル国王子殿下の恋人ですよね?」
「…………ぇ?」
(え、じゃないわよ。あれだけ見せつけておいて何が、え?よ)
「いや、あの子、マリンは保護している客人だ。私にしか心を許さないから傍に置いている……そなたが嫌ならば、極力マリンとは距離を置く!」
(いやいやいや)
ビアンカは唖然としてフレイル王子を仰視した。
「保護した客人」と思っているのはあなただけよ。マリンはあなたに恋しちゃってますよと叫びたい。
悪い、無理だわ。この王子。
「私、一目惚れした方がいるのでお断りします」
「その相手は、ノワール国にいるの?調べたけど、君は恋愛に興味ないと報告を見たよ」
ビアンカは毅然とした表情でフレイル王子に告げる。
「私が一目惚れしたのはこの国の宰相、カナン様ですわ」