2話 王子side 溺れた私を助けた君は、何処にいる。
――これは、不味い。
身体が海中に沈んでいく。酸素がなくなり、頭が朦朧する。
今、死の間際に立たされている僕はフレイル国の第一王子アスラだ。
つい先ほど、船上パーティーをしていた中、人に酔ったため、甲板に出て休もうとしたところ、花火の音によろめいて、そのまま海に投げ出された。別に、誰かに押されたのではなく、本当に自損事故だ。愚かな自分に呆れる。
――これは、不味い。こんなことで死んだら笑い者だ。
もしこれが他人事だったら、僕だったら確実に笑う。泳げないのかー? とか、ドジっ子だな、格好悪いと馬鹿にするかもしれない。
意識が薄れ行く中、美しい金髪の女の子が僕を助けようと必死に泳いでいる幻覚を見た。彼女の姿はまるで、どこかのお姫様みたいに美しかった。
それからの意識はない。気づいたら男女のカップルに介抱されていた。浜辺に1人で倒れていたため、医者の所に運び、治療費まで払ってくれた善人カップルだった。
ただ僕は、夢に見た『金髪の美少女』が助けてくれたのだと感じた。海から浜辺まで運んでくれたのは彼女だ。会ってお礼をして、恋人になりたい。
『王子』には普通、決められた婚約者がいるが、隣国との外交も安定し、ここ200年は戦争がない。平和で結婚を急がないからか、王族もゆったりとした恋愛婚が多い。僕も20歳だが、婚約者も作らずに運命の相手を探している。
だからこの出会いに僕はとても運命を感じている。助けてそのまま姿を、消したなら、何か理由があるのは分かっている。
――それでも欲しいものは手に入れるのが僕の主義だ。
だけど、手がかりが全くない中、僕を介抱してくれたカップルの身元が診てくれた医者から教えて貰えたため、その二人を訪ね、倒れていた僕の傍に誰か居なかったかを聞くことができた。
どうやら二人に僕が倒れていることを教えてくれた人がいたが、金髪ではなく黒髪の女性、しかも、隣国の王女だったらしい。
隣国の王女と聞いた時、不思議とその人物が全てを知っているのではないかという直感めいたものを感じた。
(何故、自分が助けたと吹聴しない。倒れていたのが隣国の王子だと知っていたはずだ。恩を売るチャンスを逃すのはおかしい)
王族は、近隣諸国の王族の顔を覚えているはずだ。それに、僕はフレイル国の第一王子。赤い髪とオレンジの瞳でかなり目立つことを自負している。それを知らなかったで通すなら、ノワールのビアンカ姫の王族としての資質を疑う。
一度、会ってみるか。色々と聞けるからな。
しかし、王族名鑑でノワール国のビアンカ姫の絵姿をを確認のために見た瞬間、黒目黒髪の美少女にうっかり惚れてしまった。
美しいであろう金髪の命の恩人が、頭からふっとぶ位美少女だったからだ。
(画家が盛っているだろう!こんな美少女が存在するのか?)
ほっそりとした色白な輪郭にぱっちりとした長い睫毛と大きな黒い瞳。小さな可愛い唇。ウェーブのかかったふわふわとした流れるような黒髪の女神だった。
そして、その眼差しはとても教養が高く見える。一瞬で僕の胸は射ぬかれてしまった。
(これは、好きになってしまったかもしれない)
運命だと感じた金髪の美少女の顔をまだ見ていないから何とも言えないが、ノワール国の姫君に……恋をしてしまった。
――とにかく!彼女に会わなくては先に進まない。隣国は友好国だ。父上に話してみるか。
父上にこれまでのことを報告し、是非隣国の姫を招いてお礼、もてなしをしたいと伝えると、父上はこれまで婚約者がいなかった僕の裏の意図を正確に把握し、すぐに隣国に使者を送ってくれた。
(まだどう転ぶかは分からないけどね)
いずれ婚約者は選らばなくてはならないし、結婚は嫌でもしなければならない。それでも恋愛婚は王族にも許された少ない自由だ。それなのに、僕にはそんな愛だの恋だの微塵もそんな素振りはないからな。父上はようやく相手を決めたのかと内心喜んでいるだろう。
ーーそんな時、わが国の浜辺で1人の少女が保護された。
報告では、容姿は金髪碧眼の美しい少女とされている。僕を助けてくれた夢の少女なのではないかと、保護されている診療所まで行くと、震えて所なさげにしている少女が小さな身体を更に小さくしていた。
年齢は、15歳位だろうか。貴族でデビュタントを終えていたのなら、夜会で見かけるはずだが、この少女は見たことがないため、まだ社交界デビューしていない。そう思う程、少女の容姿は貴族の女性のものだった。
腰まで流れる、周囲に光を振り撒くような金髪に、震える緑の瞳。庇護欲を掻き立てる雰囲気をしている。彼女の視線は途方にくれていた。
「……君は誰?どうして浜辺で倒れていたんだい?」
「……」
やはり、報告にあったが、この少女は言葉を失っている。
――やはり、ショックで話すことができないか。これ程可愛らしい少女だ。誘拐されて、他国へ連れて行かれる船から落ちたのか? 僕とは事情は違うだろうな。
僕は少女が安心できるように絵顔を浮かべると、膝を折って手を差し出した。
「行くところがないなら、国が保護しよう。おいで」
「……」
ーー名前がないのは不便だな。
「とりあえずマリンって呼んでいいかい?海から来た女の子だからマリン。嫌だったら、首を横にふって?OKだったら、手をとってほしいな」
少女は少し考える素振りをみせたが、おずおずと僕の手を取って立とうとした・・・が、
ガターン
座っていた椅子から膝から落ちてしまった。足が痛いのか、顔をしかめている。船から落ちた時、足を痛めたのかもしれない。城でもう一度医者に診てもらおう。
「失礼するよ。嫌かもしれないけど、運ぶためだから我慢して」
そう言うと、マリンを抱き上げた。怖いくらい軽い。マリンは怖いのか、恥ずかしいのか真っ赤になって僕の胸にしがみついている。
「じゃあ、行こうか」
マリンは真っ赤になったまま頷いた。可愛い。しかし、話せない、歩けないとなると、やはり城で保護しながら両親を探す必要がある。また誘拐されないよう、しっかり守らなくては。
そんなことを考えて馬車に戻ると、マリンは馬をみて驚いて少し暴れた。
「マリン、大丈夫だって。馬だよ馬。この馬車の中に入って城に行くから、安心して」
「……」
「ずっと抱いているから、怖がらなくて大丈夫」
「……」
馬車に乗り込んで、抱っこ状態のマリンに一方的だが話を続けた。話をする方が、きっと安心するだろうと思ったからだ。この国のこと、自分が王子でマリンと同じように船から落ちたこと。……マリンに似た人に助けられた幻覚を見たことなど、話は尽きなかった。
マリンは嬉しそうに時折頷いたり、驚いた表情を見せてくれたが、隣国の姫を少し好きになったことを伝えると、プイッと横を向いてしまった。絵姿だけで、会ったこともない女性に恋をするなんてバカな男だと思われたかもしれない。
そうこうする間に城に到着した。急なことだったため、マリンの部屋は用意できなかったらしく、取り敢えず僕の隣の部屋を使うことにした。王子妃用だが、まだ婚約者もいないし、誰も使う予定もないからよいだろう。ミランが勘違いすることもないだろう。
ただ、話せない、歩けない、知り合いもいないのは、相当つらいはずだ。知り合い程度になれた僕が力になってあげたい。
取り敢えず、マリンに侍女を数名つけて執務室に戻ろうとすると、不安げな様子なマリンに気付き、微笑む。
「大丈夫だよ。仕事に行くだけ。また後で会いに行くから待ってて。それでも不安なら、このペンダントに会いたいと気持ちを込めて僕を呼んで。ーー君が願えば、僕は必ずマリンの元へ行くからね」
そう伝え、ペンダントを手渡す。万が一、僕が誘拐された時の非常時用のものだが、今はマリンの方が持つべきだ。ペンダントは願う相手に声が届く。話せない彼女の安心材料の一つになればいい。
ペンダントを握りしめてマリンが目を閉じる。
すると、僕の頭に声が聞こえた。
『アスラ様。ありがとう』
目を開けたマリンは太陽のような笑顔を見せていた。
(え、あれ。ペンダントで話せるなら、名前聞いた方がいいかな)
『アスラ様。私は自分のことを、ほとんど覚えてない。だけど、安心できました。ありがとう』
マリンはまさかの記憶喪失だった。
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