1話 これって、絵本の世界ですか?
コメディが書きたくて
私はある日気づいた。ここは、『人魚姫』の世界で、私は人魚姫の王子を横取りする隣国の姫だと気づいてしまった!
私の住む国ノアール国はとても平和な国である。
美しい海が見え、争いもなく、夏になると観光する外国人が沢山来る国で、皆お土産を売ったりとそれなりに忙しいが、シーズンオフになると農業をしたりとのんびりと暮らしている。
そんなノアール国の姫である私は、黒髪に黒い瞳の美少女だと思う。前世は日本人だったことを今思い出した。なぜなら、入り江で金髪美少女人魚が男の人を介抱しているのを見つけたからだ。
人魚、可愛いなー、あれ、ちょっとデジャブ・・・。
これって、アンデルセンの人魚姫のワンシーンじゃない?
海で溺れた王子を助けたけど、姿を見られないように海に逃げて、岩場から隣国の姫が声をかけるところをそーっと見てる切ない話になるよね。なんで王子の国の浜辺に都合よく隣国の姫がうろうろしてるの?と思ってたけど、別の国の海域で溺れて、助けられてその国の浜辺に放置されたのね。
王子様、正直に言っていい?とても迷惑だわ。他国で船から落ちて溺れて、人魚姫に助けられて。
ハズレな王子様ね。人魚姫、よく考えて。ちょっとヤバめな男よ。ソレ。あ、うっとりして王子を見てる。顔さえ良ければオールオッケーですか?
そして私、ビアンカ・ラ・ノアールは恐ろしいことに気づいてしまった。
私はノアール国の第二王女。もし、ここが『人魚姫』の世界で、王子を助けた人魚姫が去った後、王子を見つけて介抱する姫って、私のことじゃない?
え。迷惑な落とし物。
ノワール国で、何不自由なく育った私は、一応王女として教養も身につけている。公務もやりがいがあり、前世が日本人女性だったからか、結婚に夢を見ていないし、結婚より仕事派だ。だから婚約者もいない。だって、私は十八歳。日本だったら社会人か大学生で自由を謳歌しているわ。どこかの王族と結婚なんて、冗談じゃないわと思って今日も海の視察にきただけなのに、人魚姫の世界だと気づいてしまった。
絵本では、隣国の姫はズルいよ。人魚姫が可哀想と思っていたけど、そういえば絵本には隣国の姫が喜んでいた描写はそんなになかったような気がする。
――そのまま放置したら人としてダメですか?
気づかないフリして去る手もあるけど、下手したら外交問題になるわね。倒れているすぐ傍を通ってスルーしたのを誰かに見られて王子の国の宰相あたりにチクられたら、怖いわね。
色々考えているうちに、人魚姫は海の方へ泳いで行った。
(あなた可愛いんだから、そのままいなさいよ!どうせまた来るんでしょ!)
そんな願いも虚しく、人魚姫の姿はどんどん遠ざかった。
隣国の王女ってよく考えてみたら、悪役令嬢よね。異世界転生ものにある悪役令嬢とは違う意味で、読者に嫌われる「悪役」よね。
皆さん、『人魚姫』の登場人物で好きな人物は?と聞いて「隣国の姫!」と答える人はいないと思う。こいつの登場さえなければ、王子も人魚姫にきっと惹かれてたと思っている人は多いと思う。
(どうしようかしら。とりあえず、人を呼んで、私は退散しよう。うん、それがいいわ!)
辺りを見渡すと、ちょうど浜辺にイチャイチャしにきたカップルを見つけた。走りよって声をかける。
「あそこに人が溺れたのか倒れているみたいなのですが、私、怖くて見に行けません。男の人みたいだし運べないのでお願いできますか?」
「え!そりゃ大変だ!任せてくれ!」
二人を王子の元に案内して、息をしているが、衰弱していることが分かり、カップルに金貨を数枚握らせて後を任せた。
「お金が余ったら、どうかあなたたちの結婚資金にしてください」
「ええ!人助けでお金を頂けませんわ!」
いや、変な正義感ださずに受け取りなさいよ。
「では、余ったらその時どうするかはあなた方で考えて下さい。寄付でめ自分達にでも、どちらでもよいですわ」
そう言いくるめて一目散にその場から逃げ出した。
(見捨ててないから、バレても大丈夫だけど、まず、私の身元がばれることもないよね)
ノアール国の海岸には毎日のように観光客が来ているので、私もその一人だと思われるだろう。ノアール国は黒髪黒目が多い。観光客は王女の顔までは分からないだろう。ましてや視察に来ている為、質素なドレスで来ている。王女だとは思わないだろう。
嫌われ登場人物なんて、絶対に嫌。人魚姫には王子と幸せになってもらいたい。私と王子が上手くいったら、人魚姫の命を奪うもの。
殺魚犯にはなりたくない。
「……無事、結ばれてよね。人魚姫」
✳️✳️✳️
あれから2ヶ月過ぎた頃、父親である国王から話があると執務室に呼ばれた。
(新しい公務のことかしら。またどこかに視察?何にせよ、楽しみだわ)
人魚姫の件があった頃は毎日ビクビクしていたけれど、喉元過ぎればなんとやらで、忙しい日々を過ごしているうちに、だんだんと、もうバレないと安心していた。そう、私は充実した日々を過ごしていた。
執務室の扉をノックし、「ビアンカです」と伝えると、中から、「入りなさい」と返答と共に内側から扉が開かれた。
「父様。用事とは、どのようなことでしょうか?」
執務室の机で書類に目を通している父親が手を止めてビアンカを見た。
「ビアンカ。お前、少し前に海に視察に行ったな。そこで、何かなかったか?男女に会ってないか?」
「何か、とは?男女?」
嫌な予感に鼓動が早くなる。
「隣国の王子が浜辺で倒れ「知りません。私は見てません」」
食いぎみに返答すると、国王はやっぱりな、とうなずいた。
「金貨を渡したのはビアンカだな」
「!!」
「金貨を預かって介抱した男女だが、この城の騎士と侍女だ。二人が王女の手助けをして余ったお金を好きにしてよいと言われたが、人助けをお金で引き受けたことになり、それは騎士道に反すると上司にお釣りを渡したのだ。見てない訳ないだろう」
(あいつら~。余計なことを~!!)
変な正義感を発揮したバカップルのせいで、王子に身バレする危険が高まったじゃない。デートするなら、城下町に行くか他国に行きなさいよ。城の騎士と侍女なら高賃金でしょーが。
「お父様、私は視察中だったので、騎士と侍女と分かった上で任せました。休日に仕事をさせたので、その分の賃金として渡しましたのよ。それに、見てないと言ったのは、本当に忘れてました。あの方、隣国の王子だったのですね」
私の嘘を見抜いているのか、国王は半眼で私を見ている。
「まあよい。その隣国の王子が、是非お前に礼をしたいからと、国に来てほしいと言っている。断る理由もないだろう。行ってきなさい」
(物語の強制力、半端ないわ!このままじゃ、殺魚犯になってしまうわ!どうしよう)
途方にくれたビアンカだったが、あることを思い付いた。
(王子にお礼言われて、仲良くならずにさっさと帰ればいいのよ。もしくは振ってやるわ)
「分かりました。では、行って参りますわ」
よーし。絶対に悪役にはならないから。待ってなさいよ。人魚姫と王子様。二人の邪魔はしないように頑張るわと気合いを入れたビアンカだった。
不定期です。