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第7話 清貧の聖堂


 マルファル公爵グラーノ・カレルナは、自由交易惑星タリアンファットにあるエストリダ教会を訪れた。

 エストリダ難民居住区と歓楽街のちょうど合間のディーンストリートにあり、エストリダ難民は、その街で小さな商売をするか、それともその店に雇われるかで、まだ仕事のある者はいいが、そうでない者は、様々な手段で、その日の糧を得る生活である。

 グラーノは、貴族らしい仕立ての良い服ではなく、ややくたびれた感じの古着を着て、同じような格好のボディーガードを伴って、徒歩で市街地を抜けてきた。

「お遅いお付きで。

 迎えに行こうかと思っていました」

 黒い合成皮革のいつもの服を着たジョーイ・ルイスが、ディーンストリートの入り口で待っていた。

「こういう所は珍しくて、ついついあちこち道草をしてしまった」

 グラーノは、現ラーフェドラス国王カーレルの立太子まで、王弟として皇太子の地位に居た。皇太子の地位を降り、現在は古家としての称号も婚家のものであるとはいえ、殿下という呼称はいまだ許されている。

 ジョーイには、王侯貴族に対して敬うという概念が無い。

 立ったままで頭も下げず、少し手を挙げて合図した程度である。

「お気を付けください。

 あまり治安のいい場所じゃありませんから」

 取ってつけた様だが、一応敬語もどきは使う。

「そうだね。以後、気をつけよう。

 ところで、ユーリの具合はどうだい。

 通信で話す限りは、意外に元気そうだったけど」

 グラーノは、打ち解けた友人に対する様子で気さくに話す。

「今週あたりから、だいぶ良くなりましたよ。

 馬鹿な人が、馬鹿な真似をするから、しばらく心穏やかではない感じでしたけど」

「……もっと早く来たかったんだけどね。

 僕の立場さえ許せば」


 現国王カーレルが三歳で立太子すると、グラーノは帝国大学に留学した。

 それは、次子も嫡男として誕生し、皇位継承権が三位となったグラーノは、宮廷では微妙な立場となった。元々穏和な性格なので、自身が宮廷工作の対象になる事を怖れ、自分でそのような進路をとり、現在は空席のノーダヴィダ大公の臨時代行として帝国大学の総長を務める。

 そして、ミスチアが王太后として権勢をふるうようになってからは、入国すら許されない身となった。

 少年時代、カーレルの学友をラヴィロアが務めていたこともあり、二人はその若き日を悪友コンビとして宮廷では知られていた。


 二人はとある古いビルの前に来た。

 入り口に、「聖エストリダ教会」と板に手書きの看板がある。

 ロビーを過ぎた奥のホールが礼拝堂になっている。

 元は倒産してずいぶん経った劇場で、教会にしては天井も低く、祭壇は作り付けではなく後付けで聖具を並べたものだ。床に敷かれた五体投地用のカーペットも、量販店で売ってる安物で、くるくると巻いて運び出せるし、次の場所で形が合わなければいつでも買い足しができる。

 明日、礼拝堂を別のビルの中に引っ越すといえば、すぐ出来るシンプルな作りだった。

 これでも、修道会内部の公式文書では「大聖堂」と記載され、大司教が置かれる。

 修道会としては、決して維持費をけちってるわけではない。ちゃんと、他の大聖堂の維持の額相当の金額が支出されている。

 だが、エストリダ大司教ユルジサンドは、祈りの場は荘厳さではないとして、わずかの維持費で最低限の物件を賃借し、そして残りの金は、エストリダ難民の無利子融資にあてている。融資といっても、取り立てがあるわけではないが。

 裏の司教室で、ユルジサンドはグラーノを迎えた。

 大聖堂だが、聖職者はユルジサンドと、エストリダ人の見習い修道士三人ほど。エストリダ教会としての機能を維持するには、人手不足なほどだ。

「やあ、ユーリ、気分はどう。

 この前の通信では、元気が無かったから心配したよ」

「お久しぶりです。グラーノ」

 ユルジサンドは、素顔で対面した。

 彼が、生々しい後遺症の残る素顔を隠すことなく対面する相手は、ラヴィロアと、グラーノ、そして甲斐甲斐しく世話を焼くジョーイぐらいのものだ。 

「ラヴィ抜きで会うのは、何度目かな。

 すごく珍しいことだよ」

 グラーノは云った。

「これからは、そう珍しい事ではなくなるでしょう」

「私たちが三人で最初に会ったのは、十五の時だったよね。

 いつも間にラヴィロアがいて、彼を介する友人関係だった。

 ……帝国大学に関しては、その限りではないけど」

 話題は、どうしてもラヴィロアの事になる。

 痛々しい顔が陰る。

「事の真相は、ラヴィロアにしか分からない。

 でも、ユーリ、あなたは聖典魔術師として、薄々真相を知っている。

 だから、弔問もしないし、弔意も示さない

 ……私は、親友として、彼が生きていると信じてもいいんだね」

 ユルジサンドは淡々と云った。

「彼の亡骸は本人のものです。

 修道会が確認しています」

「なら、どうして弔意を示さない。

 きみは、ラヴィの死に対して、不本意な気持ちを抱いている証拠じゃないか。

 ……答えられないなら、いいけど。

 僕がその事に対して希望を抱くのは自由だろう」

 ユルジサンドは、それに沈黙で答えた。

「もうよそう、この話は。

 それよりギルは、大丈夫だろうか。修道会で、何か聞いた?」

 グラーノは、話題を変えた。

「総教主猊下のお話では、ずいぶん立ち直り、いつも通り学業に専念しているそうです」

「でも、もうすぐ帝国に移籍するんだろう」

「ええ。でも、私のほうから会いにゆくのは少し先になりそうです。

 しばらくここを離れられない」

「なら、こちらに慣れるまで、私が見守ることにしよう。

 シェラ姫も、輿入れなされば当面は寂しいだろうから、妻のサロンにお誘いする折にでも、話し相手によんだりしてみるよ。

 私もギル本人に会うのは、妹が亡くなって以来だ。

 とんだ箱入り息子だよな。

 ……まあ、ラヴィロアにしてみれば、家族のほとんどが暗殺の標的にされたから、十重二十重に守りたかった気持ちはわかるけど。

 ところで、カリーンにあるルーサザン家の別邸に、何かギルの喜びそうなものを届けたいんだけと、何がいいか知らない?

 シェラ姫も来るし、僕は故国に帰れなくて少し寂しい思いをしていたけど、これからはちょっと楽しくなるなって」

 思い悩むくらいなら、ぱっと楽しく。

 それが、幼い頃より難しい立場に立たされてきたこの男の生き方だった。

「そうですね。

 ギルのためなら、私も何かしてあげたい」

 ユルジサンドは、重い口を開いた。

 大きな変動が近づいている。

 その事に気づいているのに、自分は何もしない。

 ユルジサンドの意志に従うなら、真相を語らねばならない。

 だが、身の内の神が許さない。

 ただ沈黙をと。

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