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第4話 絢爛の悪夢

 夜といっても、深夜ではない。

 そんな刻限、西宮の主のフロアこそ人の気配はないが、夜会の席の女主人が去ったあとの広間のあるあたりは、いまだ宮廷人たちの人脈工作の最中であった。

 国王が実権を取り戻しつつある今、王太后派の貴族、議員、それに続く者らを集めて宴の席は、慎ましやかにならざるを得なかった。

 昼間の元老議会に、国王、ならびに王国教会教主が列席するため、公の場で派閥としての政治工作がままならず、もはや夜会の席が、王太后の実質的な政治の場となってしまった。

 最初のうちは、王太后の側の権勢も強かったが、王国教会の再興が現実のものとなり、教会の発足の前に、王国教会教主であるグランヴィル大司教が元老議員として正式に議席に着くと、王太后の周囲の風向きもやや変わってきた。

 大方は静観しようと、議席についている間は無難に目を閉じて時を過ごし、そして議会が終われば、さっさと宮廷を退出する。

 その外側では、おそらく、静観派としての宮廷活動が行われているのだろうが、徐々にではあるが、確実に、宮廷の勢力は二分されようとしていた。

 ダール公爵は、女主人の忘れた手袋を取りに戻ったシドに云った。

「リン=ガーレンディラもお悩み深くおいでである。

 おまえが誠心誠意お仕えしているからこそ、リン=ガーレンディラもお心を保っておられるのだ。

 そなたも、気苦労の多い務めとは思うが、我らでは、いかに王太后様の心労を思えども、お癒しする手立てとて叶わぬ。

 我らに出来ることは、そなたが余念なくリン=ガーレンディラに奉職できるように、援助を惜しまぬ事ぐらいだ。

 何かあったら、わしを頼れ。精一杯の事をしよう」

 王太后派の筆頭である彼自身が、シドにそのように申し出てくること自体、異例ともいえた。 現実の世界に倦み疲れた王太后は、このごろでは様々な要件は、シドに仲介させて伝えさせる。シドが王太后の意向を、大臣らに伝える前に、まずダール公爵自身に伝わるように画策したいのだろう。その事から、配下と思われていた今の閣僚の面々にも、態度を変えつつある者が現れたということだろうか。

 睦言の最中におねだりするのは、愛人の特権である。これまでもその歓心を引こうと、様々な者たちの誘惑の言葉を耳元で囁かれた。

 それを、吹き過ぎる風のように受け流していたのは、シド自身にまったく欲が無いからである。

 あるのは、破滅の欲。

 まだ二十歳をいくらも過ぎぬ身で、どうしてこれほどの厭世観にとらわれているのか。

 一刻も早く抜け出して一族の下へ戻り、アギール族の伯爵としての職務を全うし、いくらでも可愛い女の子を抱けばいいと、シドの理性は説得を続けるが、もう容易に抜け出せぬところまできてしまった。


 シドは、王太后の裸身を、後ろからそっと抱きしめ、耳元で云った。

「リン=ガーレンディラ、もうお止しください。

 過ぎれば毒でございます」

 夜の帳の中で、縋るように薬を煽り、その幻影の中に暮らす哀れな女を醜いとは思わなかった。国を腐らせ、心中するように落ちてゆくその姿を抱きしめたまま、共に落ちてゆくも、自らのみが浮かび上がるかも決められぬ。いまは、片手で支えているその手を離せずに共に宙ぶらりんになりながら、すべての決定を先延ばしにする。

 するりとその場からシドが消えたところで、シドの正体を誰も知らぬのだから、それでかまわぬのに、どうしてその女の堕落に自ら付き随わねばならぬのか。

 愛しているのか、と自らに問うが、愛なら、もっと他のものを望むだろう。

 シドは、微塵も幸せを、その共に落ちる関係の先の自分の時間を生きる希望さえ抱いていない。

 腕の中で甘える女主人に尽くし、悦楽の中ですべてを忘れさせてやるのが今の彼のすべてだった。

 悪夢の中で生きる日々は、歪んだ、唾棄すべき醜悪な夢。

 どれほど穢れた行為だとしても、何もかもが頭の中から失われ、愉悦の果てに疲れて眠るその時間が、王太后にとってただひとつの逃げ場所なのだとシドは知っている。

 そして、その逃避の時間こそがすべてとなり、自分を蝕み、そして魂を枯らせる。

 ならば、好きなだけ薬を煽らせて、行き着く先まで行かせればいい。

 なのに、なぜこんな風に、止める真似をする。

 愛しているのか、と再び自分に問う。

 問いながら、薬に手を伸ばそうとする女主人の手に愛撫し、口づけして逝かせる。

 愛しているんじゃない。

 いじらしい、のだ。

 哀れなかつての少女の心がか?

 その瞼に滲む涙を嘗めとってしまう自分がか?

 

 ……女など、世界にはいくらでもいる。

 あの男は云った。



【作者コメント】

ミスチアさん、17才の王様の母親と見ると、おばさんみたいでキモイかもしれません。しかし、彼女はまだ30才になったばかりです。シドとは7つぐらいしか違いません。

それから、シドはもしかするとモデルは黒執事の歌の人かと思いがちですが、シドは十五年前からシドという設定でございました。ちょっと仕事は違うけど。というかBL?

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