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第3話 最終報告

 


 エドワード・ストレイカー少佐は、総教主ザエルの元を訪れた。

「調査業務の最終報告書です」

 ザエルは、机上に置かれた書類の束をパラパラとめくった。

「ご苦労。だいぶ枚数が増えたようだが」

 エドワードは跪礼の姿勢のまま、頭を総教主に向けた。

「ええ。前回の報告に経歴の精査を加えてみました。

 現在の修道会は、ファーマムール王国教会とは完全な対立関係にございます。

 かの国の離反は、かの国の王家の干渉からでございました。従って、本院、帝国教会などに所属するファーマムール王国出身者の立場は当然鑑みる必要はございましょう。修道会、騎士団の双方にいえることですが。

 また、現状のこの国の状況ですが、ミスチア王太后のお立場には、前国王の在位中から同情の声は大きい。この頃の噂こそ芳しくありませんが、あの時代を知るラジサンドラ王国の者たちには、亡きルーサザン公爵の強行な姿勢に反感を持つ者もあって当然と考えるべきでしょう。

 それに加え、ラジザンドラ、ファーマムールの両国は、自然戒律の遵守に重きを置いておりますが、昨今の本院の帝国教会寄りの状況に、全アストレーデを統べる立場にある本院の戒律に対する見解の公式な見直しを求める声も聞こえております。

 それを加味した上で、親族の血縁関係、出身機関の上下関係まで洗ったら、もう対象は膨大な数に。

 むろん、修道会、あるいは騎士団として、各国の事情に流されず、中立的な立場にある事に誇りを感じている、信頼すべき者たちも多数おります。

 そして、本当に事を起こすつもりの者は、行動の気配を消して、交友関係にも気を配り、息を潜めてじっと待つのではないでしょうか」

「つまり?」

「もう、誰が本当に危険な輩なのかわからない、という事になりました」

「見事な無能っぷりだな」

 ザエルがあきれて文書を机上に置く。

「猊下もお疑いでしょう。

 一番危険なのは、俺たち、つまり亡きマーブリック大司教の一派である事を」

「そうだな。だが、そなたらは、『あれ』から、息子の身辺を守るべく厳命を受けているのではないのか。あの子が修道会を後見とする限り、お主らが、修道会に不利益をもたらすわけが無い」

「ご信頼いただいて感謝します。では、アーサーに、全教会のセキュリティシステム精査をやらせれば、もっと確定的な事実が分かりますよ」

「あれの『電脳』にか?

 それこそ、戒律違反になる。あれは、連邦の無人化艦隊に対抗するために、艦隊運用に関してのみ認めた事だ」

「ですが、彼に『シンラ』を与えたということは、ネットワーク上にあるすべてのシステムに侵入、操作が可能である、という事です。

 彼は終身修道宣誓をしております。修道会の方針には忠実だと思いますが、修道会には外部からの強制アクセスを遮断する攻性防壁を作る技術がない以上、逆ハッキングされる危険もあります。

 猊下がどこまであのアーサーの無人化戦術システムをご理解の上で、『あの方』に丸め込まれたのかは存じませんが、いかに現状のアストレーデ教圏の自然戒律における技術倫理が遵守されるものであっても、連邦、あるいは反アストレーデ政治組織の存在をお忘れなきように」

 エドワードは、再び頭を下げる。

「鬱陶しい態度だな。

 よい、跪礼を解くがよい。

 ここからは、私人としての話をしよう。

 そこに座れ」

 ザエルは、斜め前に置かれた椅子を示した。

「おまえは今まで、アーサーの特殊な性質のために、一緒にいたのだろう。

 なら、なぜおまえは今、騎士団を去る」

「ブルジェキラ公爵夫人の副官を孕ませたんで。公爵夫人に休業補償を迫られたら仕方ないじゃないですか。

 それに、システムのメンテナンスが、おおっぴらに修道会でできるようになったんならお互いに独立しなきゃ」

「騎士団の将校が、そんな事で犬猫のごとくやりとりされる訳はあるまい。

『あれ』の意志はまだ健在なのだな」

「あの方の例の事件が、あの方の悪巧みの一つだとしても、その件に関しては、俺にはなんのご指示もなさいませんでしたよ。俺もアーサーも、知っていたら止めます。

 俺が命じられたのは、ファーマムール王国に関係した者を洗い出す事です。

 そのついでに、あくまで修道会内に潜伏する王太后派の息のかかった、王国教会の再建についての障害になると目される者の究明と、ついでに修道会・騎士団内の総監査業務を行っていますが。

 我々、あの方と親しくしているた者たちは誰も、あの事件の真相を知る者などいません。ルーサザン家の家令、ザリム・ウィラート以外は。

 ご信用いただけませんか」

「ストレイカー少佐、私は君を信頼しているよ。だから、きみの監査役の許可を出した。

 今の修道会には、むしろアストレーデにおいては第三者としての視点にあるきみの存在は有益なのだがね」

「それは、慰留してくださっている、と受け取ってよろしいのですか」

「そうだ」

「せっかくですが、俺はもう行くことにしましたから」

「そうか。決心は固いようだ」

 総教主は、嘆息した。

「帝国親衛隊に再就職しても、最低一年は研修で地上勤務でしょう。

 休日に坊やのおもりぐらいは出来ると思います。

 さて、坊やの専任教官として、今からの乗艦実習に同行します。

 帝国に到着したら、私の騎士団員としての仕事は終わりです」

 エドワードは椅子を立ち、総教主に再び跪礼の姿勢を取った。

「これまでの、ご厚意、誠に感謝します。

 アーサーについては、今後とも、どうか宜しくお願いします。

 ……儀礼的な言葉しか出ませんが、誠にありがとうございました」

 深い礼を捧げ、エドワードは退出した。

 

 そのあと、ザエルは席を立ち、窓辺から外を見た。

 遠くに、騎士団の着水型艦船用の宇宙港が見える。

 その周りを小さな地上艇が羽虫のごとく飛び回り、出航まえの慌ただしさが、この場所からも充分伺える。

 昨日、夕刻に出立の挨拶に来た少年を思い、ザエルは無性に寂しくなった。

 新しい騎士団長となった少年が去ってしまえば、もう何も残らないではないか。

「これが、今日まで世話になった者に対する仕打ちか」

 老いたな、とザエルは自嘲した。


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