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第2話 善なる者への祝福


 少年は、騎士団での正式な葬儀が済んでしまってからも、ひきも切らずに訪れる異星からの弔問客との応対と、公爵家の当主としての仕事の引き継ぎのために、ずっと学院にも戻らず、ホージュオン島に留まっていなければならなかった。

弔問客との応対といっても、まだ十五才の少年の仕事は通りいっぺんのあいさつと、決まりきった質問に決まりきった答えを返すだけである。

 実際の応対は筆頭親族のガラナ候爵と、叔父のビュルジッド伯爵がやってくれていた。

それに、葬儀より一ヶ月後の、服喪明けの頃には、辺境の星域や外国の客などがちらほらある程度だったので、少年は早速学院に戻った。

 当面は事業経営の一切をこれまでどおり家令のザリムが行い、公爵としての領地での公務は、これまで通りビュルジッド伯爵が分担する事となった。


 結局、航行実習をクラスメイトと一緒に行うことはかなわなかった。

 予定よりずいぶん遅れたが、第八番艦隊司令官の従卒として航行実習を行いながらカルバート星に向かうことになった。

 守護院の総長である後任のマーブリック大司教、並びに艦隊総司令官は、帝国教会から選任された。そして、新任総司令官直下の三個艦隊が修道会本院配属となり、代わりに本院から、三個艦隊が帝国教会に転属になる。少年が乗り組む第八艦隊は、その転属になる艦隊の一つだった。

 その支度のために、この一ヶ月は、昼間は講義と基礎体力づくり、そして就寝前は喪に服していた間の勉強の遅れを補うための個人講義を受けなければならなかった。

 警備上の問題が理由であり、父の死の直後からずっと、騎士団長室が少年の私室として与えられていた。それは、喪が明けてから後も同様だった。

 少年が現在の騎士団長であるから、この部屋を使ってしかるべきであるが、少年はまだ、その事に馴れなかった。学院のある本院と騎士団は距離があり、移動が結構面倒だったし、それに、常に気心のしれた誰かの気配のある、狭い学寮の自分の空間のほうが、きっとここよりずっと落ち着いた。

 急に世界が変わってしまったので、ついつい余計な事を考えてしまう。そんな時、同室に友人たちがいれば、下らない馬鹿話でも、気晴らしのゲームでもできるだろうに。

 帝国教会に移籍になれば、ここのように学寮に入れるのだろうか。

 公爵家の別邸は、帝国教会の近くにある。公爵としての執務の拠点はそちらに移り、ザリムが行ったりきたりする事になるのだろう。


 出発を翌日に控えた夜。

 新しい環境に臨む不安と、実習への緊張感と、それから住み慣れた世界から去りゆく思いがない交ぜになり、ベッドに入ってもなかなか眠れないでいた。

 思えば、祖父母、両親、いずれも自然な死ではない。

 幼い頃、母が亡くなった時、あれは実は少年自身を狙ったテロではなかったのかと、今になって思う。

 継承位三位の自分なら、ミスチア王太后派、および、その背後にあるラジサンドラ王国にとっては、存在そのものが十分目障りだろう。

 いかに、前国王の妹として、宮廷の女主人のごとく振る舞ったという噂話を信じるとしても、一度臣下に降りた姫に、亡き者にすべき理由は見あたらない。その頃はすでに父は、宮廷内の権力抗争の渦中を自ら退き、「形ばかりの」騎士団長ではなく、本来の意味の騎士団長の座にふさわしくなるべく、実戦経験を積んでいた期間である。

 両親のうち、どちらかを狙ったとしても、誰が得をするとも思えない。


 とりたてて考えなくてもよい事ばかりが頭の中をよぎり、何度も寝返りをうったが、少しも眠気は訪れない。

 ようやく浅い眠りが訪れたが、じきにその眠りも覚まされた。

 早朝礼拝の支度を告げる予鈴が鳴った。

 よろよろと起き上がり、支度をする。

 少年の起きた気配に、ザリムが隣室から入ってきた。

「公爵様、おはようございます」

 ザリムは少年に頭を下げた。

 騎士団長室の一角は、修道会内にありながら、公爵家の占有であり、騎士団長としての執務室の他に、書斎、寝室があり、隣接して公爵家の使用人の控え室と事務室がある。

 少年は、修道宣誓を行っているので、家令がいようと、執事がいようと、修道士としての身の回りの一切と寝室の掃除は自分で行う。生きることの一切が修道士としての修練であるから。

「お休みになれませんでしたか」

「まあね。

 でも、今日から訓練が始まれば、きっと嫌でも眠れるよ」

 ザリムは、ベッドのサイドテーブルに、スパイスの香りのする茶を置いた。

「僕は修道士だから、自分の事は自分でしなきゃ」

「いえ、これは家令としての仕事ではありません。

 神々にお仕えし、祈る方に捧げるささやかな寄進でございます。

 心を澄まして礼拝に臨まれませ。

 ……それとも、信者ではない者が寄進してはいけませんか」

 少年はその言葉に、和らいだ笑みで応えた。

「では、お受けします。

 神々のお慈悲が、善なる者にあまねく降り注ぎますように」

 祈りの一言を添えて、少年はカップに口をつけた。


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