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第28話 波乱 5

 少年にとって、新皇帝ティムジン八世の即位式典は、ルーサザン公爵位に就任し修道騎士団長の任について最初の公式な場であった。

 数日前に帝都に到着して一旦は帝国教会の学生寮に落ち着いたが、結局、即位式前日の式典のあと、マルファル公爵に望まれて即位式典の間宮殿内にある公爵家の控えの間で数日を過ごした。

 控えの間とはいえ、公爵家に与えられた部屋は、執事室、召使い室を備え、寝室が三つ、リビングが大小二つあり、今回のような大きな行事で式典が続く際にも、数日を過ごすに充分なしつらえがある。

 滞在中、マルファル公爵夫人は少年にとても親切にしてくれた。

 少年がベッドに入る頃合いを見計らい、空調は寒すぎないか、寝具の肌触りはどうだろう、パジャマは気に入ってくれたのか、そんなふうな事を聞く。それから、少年がベッドに入るのを見届け、お休みを云い、シルクの掛け物を掛け直して、まるでメイドがしそうな事を自身でしてくれた。

「いえ、自分でできます」

 ギルが恐縮してそう云うと

「気にしないで。いつも、うちで子供たちにそうしてあげる習慣だから、やっぱりやらないと私の気が済まないの。子供を見たら、自然にそう行動してしまうのよ、お母さんだから。

 ルーサザン公爵となられたあなたには、少し煙たいかもしれないけど、どうか付き合ってくださいな」

 優雅に微笑む公爵夫人は、そう言い残して部屋を出て行った。


 修道会という環境で育ったので、こんなふうに地位のある大人の女性に尽くしてもらうことには不慣れで、少し居心地悪かったけど。女性に、小さな事までいろいろと気配りしてもらって良いのかと。

 ルーサザン公爵家とて、女執事はいるけれども、そういうものとは全く違う存在だった。

 この優しさを温かいとするなら、少年の母親が生きていたのだとしたら、やっぱりこんな風に温まるような気持ちにさせてくれるのだろう。


 環境が急変して以来、身体に重く残る疲労感とささくれた心の緊張感に苛まれていたが、久しぶりに温かい気持ちで、その日は眠りに落ちることができた。


 翌日の即位・婚礼の一連の行事の後、夜会が設定されていたが、少年は夕刻の公式行事の合間の時間、馴れない大人とのやりとりの中ですっかり疲れてしまい、少し仮眠をとることにした。

 携帯端末を一時間にセットして、寝過ごさないようにと思って目をとじたが、次の瞬間にはもう眠ってしまったのだろう、大した時間の経過を実感することもなく、アラームに起こされた。

「若様、お目覚めでございますか、執事でございます」

 ルーサザン家の執事の声である。少年は入室を許可した。

「グラーノ殿下がお待ちでございます。お支度をお願い致します」

 少年が身支度を調えて居間につながる扉を開けると、グラーノ殿下はすでに起床して夜会用の仕度をしていた。

「お呼びですか、殿下」

 少年が背中を向けて座っているグラーノ殿下に声をかけると、グラーノ殿下は椅子に座したままギルのほうを振り返って云った。

「少しは休めた? ルーサザン公。きみにお迎えが来ているよ」

 グラーノの座した向こうに、アーサーが待機していた。

 執事室への扉が開け放たれて、マルファル公爵家の執事や秘書が慌ただしく出入りし、グラーノ殿下にメモを手渡したりしている。

 少年を書類が散乱するテーブルの対面に座らせ、グラーノ殿下は話し出した。

 執事が手早く書類を片脇にかたづけ、そこにメイドがお茶を運んで来た。

「公式行事の途中だが、ラーフェドラス王宮で有事があった。現状は予断を許さず、継承権二位と三位が同じ場所にいることは今後の事態への影響も鑑み、避けなければならない事態だ。

 現在のところ、まだ市民レベルに公にされていることではない。

 陛下が、どのような状況においでなのかは帝国領内から詳しく知りようもないが、命を危ぶまれる大怪我をなさった。現在のところ、予断は許さないが一命は取り留めているらしい。楽観は許されない状況だろうがね。

 まだろくに話してもいないのに、こんなことになって残念だが、私はこのままここでの公式行事に臨むことにする。きみは修道会の保護の許にあるべきだ。身分も修道士であり、まだ成年ではないから、夜会なんて出なくても誰も不審に思うこともないだろう。

 明日には報道管制もだろうから、私もラーフェドラス王族のひとりとして、公式行事への参加はとりやめ、情勢を見守るつもりだ。

 陛下はミスチア王太后陛下の身元にあり、国王陛下との間には、明らかな確執も存在する。何が起きてもおかしくない状況にあるんだよ、我々にはね。

 幸いなことに現在は、ラーフェドラスアストレーデが他の者に開示された話も聞かないので、陛下の身に万一のことは無いだろう。

 しかし一方で、アストレーデの継承が開示されないままなのだとしたら、継承権順に玉座が与えられることになるのだろう。暫く、我々は煙たがられる存在だろうから、身の振り方は修道会に一任したほうがよさそうだね。私は帝国になんとか保護してもらうことにしよう。

 こんなことなら、ノーダヴィダ大公位をとっとと継承しておくんだった。国同士の緩衝材に使われるのが嫌で断ってきたが、少なくともこの忌まわしい身分から解放されたものを」

 グラーノ殿下はそれから、少年がお茶を飲み終えるまでの間に、それらのことを話した。


 少年はアーサー・レイノルズとともに帝国教会騎士団に到着するまでの間、グラーノが言外に云おうとしたことの意味を考えた。 

 もし、陛下に万一のことがあるか、それとも政治の場にこのまま参画できな状態となるのであれば、ランディラ公ガーレンは現在十五才。摂政の必要な年頃だから、ミスチア様の摂政位は安泰となる。


 ミスチア派は、ただ、少年と、王妃、グラーノ殿下の三名を、王国領内に入らせなければ済むことなのだ。何かの罪をでっち上げて。


 グラーノ殿下は、ミスチア王太后派がこの状況を利用して極端な行動にでるかもしれないと示唆したのだろうか。


 でも、ミスチア王太后は、カーレルの母親である。


 母親というものは、命を投げ出して子を守るものだ。


 少年の近くには、死が沢山ありすぎる。父を失ったばかりだというのに、自分を唯一の友と呼ぶ孤独な魂が今、死の淵にある。


 先だっての父の死で、少年は今回、それほど大きな衝撃こそうけなかったが、その知らせで全身から嫌な汗が噴き出すように感じた。

 恐怖が、少年の心を支配していくのだ。


 星々と、そしてカーレルの嘆きが聞こえたと思った。


 湧きあがる胸の熱さに息が詰まるかと思った。

 ただ、修道騎士団のオフィスの廊下を歩いているだけであるのに、足の下に輝く多くの星々と命の光が透けて見えるような気がして、その一つ一つの輝きが愛おしくてたまらないと感じた。


 確かに、何かの光が、少年の魂に宿ったのだ。


 帝国教会は、総教主より継承権第三位であるルーサザン公爵を保護せよの命を受けて、早速少年を騎士団司令部に保護、用意されていた騎士団長室を少年の居室として、当分学院のほうに帰ることを保留にさせた。

 それから少年は、当分の間、騎士団の建物より外に出ることを禁じられた。

 

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